iDeCo加入者にはデメリットに…退職所得控除が変更になったらどうなるのか

政府は6月中に策定する経済財政運営と改革の基本方針に、退職所得を計算する際の勤続年数による税優遇格差を是正する方針を盛り込むとされています。これが決まればiDeCo加入者にとっては大きなデメリットとなりえますので解説します。


iDeCoの受け取り方

税制優遇がある資産運用の仕組みの代表例としてiDeCoとNISAがありますが、実際それぞれの特徴は異なります。特に運用益に対し税金がかからないという表現については、注意が必要です。

NISAについては、運用益非課税という表現は妥当です。いつ売却しても、NISA口座で生まれた利益については課税されません。これは、新NISAになっても同様です。

しかし、企業型DCであっても個人型のiDeCoであっても確定拠出年金では、この口座で生まれた利益について、運用期間中は課税がされませんが、その運用益は繰り延べられ受け取りの際に課税されます。

ただそれでも、退職所得控除や公的年金等控除という有利な税制が選択できるので、結果的に税金を引かれることなく、確定拠出年金で築いた財産を受け取れたケースが多かったともいえます。

iDeCoの受け取り方法は3種類あります。

・一括で受け取る
・分割で受け取る
・一括と分割を併用する

この時、一括部分については「退職所得控除」が適用され、分割部分には「公的年金等控除」が適用されます。控除というのは「差し引く」という意味です。ここでは課税対象から差し引く、つまり課税対象から外すという意味です。従って控除の額が大きくなればその分税金が減り、iDeCo加入者にとってはメリットが大きくなります。

今回変更が検討されているのは「退職所得控除」ですので、以後は退職所得控除にフォーカスを当てて解説をします。

退職所得控除とは

iDeCoを一括で受け取る、あるいは併用時の一括部分について、加入期間を勤続年数と読み替えて退職所得控除を計算します。20年までの加入期間については1年あたり40万円、20年を超えた加入期間については1年あたり70万円の控除が作られます。

つまり、20年iDeCoに加入すると800万円がiDeCoで作った資産から、税金がかからない枠として差し引かれますし、30年加入すると1,500万円が非課税の枠として差し引かれるのです。

もともと退職金というのは長期勤続の慰労といった意味合いで、所得税があまり負担にならないように設計されています。実際所得は10種類に分類され、それぞれの特徴により税のかかり方が異なります。

例えば、会社員が給与で得た収入からは、みなし経費として給与所得控除が差し引かれます。これは給与を会社員の売上とすると、通勤にかかる費用とか会社員として働くことにかかる費用を、概算して経費とし、売上から差し引いたもうけに課税するための仕組みです。

他にも一時所得や事業所得、不動産所得など、私たちが得る利益はそれを得るためのプロセスが異なるので、それにあわせて課税のプロセスが異なるようになっています。

退職金に関しては、いわゆる年功序列終身雇用の流れから、長く勤めた人がより多くの非課税メリットを受けられるように、と退職所得控除が設けられているのです。さらに、退職所得控除を差し引いた残りについては、2分の1のみ課税対象となり、分離課税が適用されます。

分離課税というのも、実はかなり特別な仕組みです。分離課税というのは、他の所得とは別に税金の計算をするという意味です。課税の方法としては、分離課税の他総合課税というものもあります。

例えば、定年退職が7月だとしましょう。すると、退職金以外にもそれまでの給与収入があり、それぞれ退職所得控除、および給与所得控除が適用され、退職所得、給与所得となります。もし退職所得が分離課税ではなく総合課税であれば、給与所得と合算されるので、より高い税率の対象となります。

日本は超過累進課税なので、所得が195万円未満までについては税率5%、それ以上330万円未満までは10%、さらに650万円未満までは20%と階段式であがり、最高45%の税率が適用されます。

したがって退職所得が100万円、給与所得が300万円で総合課税であれば課税所得は400万円となり、最高20%の税率が適用になりますが、分離課税であれば退職所得が100万円に対して5%、給与所得300万円に対して最高10%の税率となり、納税額を低く抑えることができます。

退職所得控除が変更になったらどうなるのか

今回議論されている点は、この退職所得控除を計算する際の、20年超の部分です。つまり、それまでの期間については1年あたり40万円で計算するところ、一気に70万円になる点が終身雇用前提の仕組みで現代に合わないというのです。

同時に、退職金は長期間働いた人に払うものという解釈から、勤続年数が短いと退職金を払わないという慣行があり、退職所得控除にメスを入れることにより労働市場を柔軟にし、成長産業に人材が移動するよう促したい模様です。

極端な例ではありますが、勤続20年の優秀な人材が、さらに1年勤続すると退職所得控除が800万円から870万円に拡大しますが、その時点で転職してしまうと退職所得控除の計算の元となる勤続年数が0に戻ってしまい、これが労働市場の硬直化の要因のひとつだと言っているようなものです。

もちろん退職所得控除の計算方法が変更されたら、iDeCoの一括受け取りも同様となります。加入期間30年であれば、退職所得控除が1,500万円から1,200万円の縮小となります。加入期間が35年であれば、退職所得控除が1,850万円から1,400万円への縮小、加入期間が40年であれば退職所得控除が2,200万円から1,600万円に縮小します。

つまり、長期運用をすればするほど、現行と比較して不利益が大きくなるということです。もちろん退職所得控除を差し引いて、残った退職所得の半分のみが分離課税ですから、他の所得と比べてまだまだ有利な仕組みと言えますが、iDeCo加入者にとってのデメリット感は否めません。

ましてや、NISAが恒久化され非課税期間も無期限となると、特に掛金所得控除に対するメリットがそれほど多くない方、例えば給与水準がまだ低い若年層や、扶養控除や住宅ローン控除を受けていて、そもそも課税所得が少ない方にとって、NISAと比較してiDeCoの魅力が薄れてしまう懸念があります。

自分で創る退職金の重要性

確かに企業からの退職金は、労働市場の硬直化の一因になっているかも知れませんが、一方で転職が当たり前の時代になっていることを考えると、確定拠出年金のように「会社に依存せず自分で創る退職金」の重要性がますます高まっている、と言えるのではないでしょうか。

iDeCoの場合、加入期間が勤続年数と読み替えられますから、会社を転職しても退職所得控除はリセットされず、長く加入すればするほど受け取る際の非課税枠が大きくなります。また、企業型DCを転職によりiDeCoに移換した場合でも、加入期間は通算されますから、やはり長期運用がメリットを受ける仕組みです。

報道を見る限り、退職所得控除の計算式のみ議論されているようですが、実際に退職金扱いとなるものは、いわゆる会社からの退職一時金のほか、iDeCo以外にもDBと呼ばれる確定給付企業年金や自営業者等が利用する小規模企業共済も含まれます。

労働市場の流動性を高め、成長分野への労働移動の円滑化を目指すのであれば、むしろiDeCoのように自分で創る退職金を優遇するべきなのではないか、と筆者は考えています。いずれにしろ、今後の動きには注視していきたいところです。

© 株式会社マネーフォワード