スポーツの地域格差なくしたい…思いを追究した大学院生が「手帳」開発 あえて紙媒体にこだわる理由は?

運動に関する情報の地域格差を埋めようと、アイデアを形にした田中良樹さん=神戸市中央区東川崎町1、神戸新聞社

 京都大大学院の田中良樹さん(25)らが、練習内容や自己評価などを日記のようにつけるジュニアアスリート向けの「アスリート手帳」を開発した。将来的には、プロのコーチとオンライン上で日々のデータを共有し、どこにいても指導を仰げる仕組みを整える予定。運動の機会や情報の地域格差をなくしたいという願いと、デジタル機器に頼るあまりおざなりになりがちな、自分で考える時間も大切にしてもらいたいという思いを形にした。(大橋凜太郎)

 田中さんは兵庫県豊岡市日高町出身。幼い頃から運動に親しみ、短距離走などの陸上や柔道に打ち込んだが、スマートフォンもない当時は情報が乏しく、専門のコーチも周囲にいない。ハンマー投げをしたかったが、進学先には陸上部すらなく、運動から完全に離れた。

 神戸大医学部保健学科に進み、都市部で育った学生の話に驚いた。「好きな習い事をさせてもらえた」。機会や情報の格差という、幼い頃に抱いた疑問に立ち戻り「どの地域でも、子どもがやりたいと思える競技に取り組める環境を提供したい」との思いが募った。

 大学3年時に、学内で同じような考えを持っていた同大大学院経営学研究科の学生と出会い、格差を埋めるアイデアを具現化しようと動き出した。アプリや教本といった案も出たが、デジタル端末を使えない人でも扱えるように-と手帳をつくることにし、商品化に向けて動き始めた。

 完成した試作品では、食事や練習、就寝の時間を記入し、モチベーションやコンディションなどの自己評価はグラフ化。体重、食欲、水分摂取量といった細かな項目もあり、1日、1週間単位で目標を設定する仕組みになっている。

 将来的には手帳のページを写真に収め、クラウドサービスなどでプロの指導者と共有することを想定している。指導者が写真を見てデータを分析し、フィードバック。翌日の練習に生かす仕組みだ。アプリも開発予定で、利用者の情報を一括管理し、指導や練習のノウハウをビッグデータで蓄積、公開する腹案もある。

 2020~21年度には、スキージャンプや水球のジュニアチームの強豪で使ってもらった。4~6週間程度の実証実験では、体重の増加など体づくりに効果が表れ、生活リズムが整うことでパフォーマンスも上がったという。こまめに記録しないと有益なデータが得られないという課題も見つかったが、指導者にはおおむね好評だったという。

 22年度には経済学研究科の学生として大学院に在籍しながら、商品化に向けて内容を洗練させた。より見やすく、記入しやすいようにレイアウトを変え、水にぬれても大丈夫な紙質にするなど実用性を追求。ネット販売も始めた。

 あえて紙媒体にこだわるのは、今のジュニアアスリートは機器に頼るあまり思考停止に陥りがちなのでは-との危機感にある。機械や人工知能(AI)で最適解を求めるのは簡単だが、それだけでは上達につながらないと実感。「ジュニア世代に考える時間を提供したい」と力を込める。

 少子高齢化が進む故郷への思いも。独居老人の増加を憂慮し、高齢者向け手帳をつくり、シニア世代に生かしてほしいという。「アスリート以外にも使ってもらえる仕組み。アナログとデジタルの融合で医療にも貢献したい」と意気込む。

 B5判、10ページで千円。販売サイト(https://zine.mount.co.jp/39)で購入する。田中さん(kobeuniv.athlete.project2021@gmail.com)。

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