「なぜ捨てた」と「原則廃棄」。裁判所の内外で違う価値基準 記録廃棄への対応ににじんだ「終わった話」

有識者委員会の意見を踏まえた調査報告書を公表し、司法の不備を謝罪する最高裁判所の小野寺真也総務局長(中央)ら=25日午後、東京都千代田区、最高裁判所(撮影・風斗雅博)

 裁判所は当初、問題への対応を甘く見ていた節がある。神戸新聞が神戸連続児童殺傷事件の全記録廃棄を報じたのは、昨年10月20日。神戸家裁は「適切ではなかった」とコメントしたが、「現在の特別保存(永久保存)の運用からすると」と、あえて前置きした。最高裁も「当時は特別保存の選定手順などを具体的に定めた運用要領はなかった」と強調した。記録廃棄問題は、「既に終わった話」とする思惑がにじんでいた。

### ■解決済み

 事件記録の廃棄を巡っては、過去に2度、問題となった。最初は1992年。最高裁が内規を変更し、明治期以来の膨大な民事裁判の判決原本が捨てられそうになった。この時は、学者らが尽力し、間一髪で救われた。

 次に廃棄問題が表面化したのは、2019年。憲法判断が争われた重要な民事裁判記録の大量廃棄が報道機関の取材で判明した。「主要日刊紙2紙以上に掲載」などと、永久保存の客観的基準を設けた東京地裁をモデルに、最高裁は全国の裁判所に運用要領を作らせた。これにより永久保存される事件が急増し、評価する声もあった。最高裁関係者は今回の問題が発覚した後、取材に「こういうところ(少年事件)が残っていたのか」と率直に語った。 ### ■世論反発

 少年事件記録はこれまで、99%以上が永久保存に選定されず捨てられてきた。犯罪白書によると、21年の1年間に全国で保護処分を受けた少年は1万人以上。この数に対し、これまで永久保存された少年事件記録は、全国で15件に過ぎない。内規で定められた「原則廃棄」は、ある意味で徹底されていた。

 ところが今回の問題が判明すると、厳しい批判が相次いだ。「見落とされていた分野」という最高裁の受け止めに冷や水が浴びせられた。法律家が重視する民事裁判の判例と比べ、未成年が人命を奪った少年事件をより重大と感じる人が少なくなかったとも言える。

 調査報告書は、連続児童殺傷事件の記録廃棄について、「報道機関の取材を通じて最高裁も知るところとなった」と記した。記録保存の認識の薄さが象徴されていた。 ### ■判断権者

 「廃棄」の指示は首席書記官。「保存」の判断は、裁判官会議や裁判所長。報告書からは、責任が別々にあることが浮き彫りになった。また、連続児童殺傷事件の調査では、廃棄を担当する管理職が所長を含む複数の職員に話を持ちかけたのに、所長は自らが永久保存を判断する立場だという認識がなく、明確な判断を示さなかったと指摘された。

 さらに、廃棄事案があった多くの家裁で、重大事件記録が保存されているという認識さえなかったとの調査結果も示された。責任の所在があいまいなまま、記録の中身を意識することなく、機械的に廃棄が進められていたことになる。

 最高裁は、永久保存する記録の基準や選定プロセスも見直すとした。そして、対象を「重大事件」とは書かず、「社会の耳目を集めた少年事件」と表現した。その言い回しからは、裁判所と社会の見方は必ずしも同じではない、という自省が透けて見えた。

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 「大切な資料と分かるのに、なぜ捨てたのか」。神戸連続児童殺傷事件の全記録廃棄を報じた当初、多くの人が裁判所の内と外で価値基準が違うと驚いた。重要な少年事件記録は今後、本当に残るのか。最高裁の調査報告書を検証する。(霍見真一郎)

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