ル・マンで“目標達成”のコッツォリーノ/辻子/横溝組「チェッカーを受けた瞬間に景色が変わった」

 2023年のWEC世界耐久選手権第4戦ル・マン24時間レースに、日本人ドライバー3名のトリオでエントリーしたケッセル・レーシングの74号車フェラーリ488 GTE Evo。ル・マン出場経験があるのはケイ・コッツォリーノのみ、元GT300王者の横溝直輝とジェントルマンドライバーの辻子依旦にとっては初めての大舞台となったが、目標としていた“完走”を見事に達成した。

 じつはテストデー翌日の取材の際、「走ることに集中したいので、レースウイーク中の取材は遠慮してほしい」旨、チームから申し出があった。初めてのサルト・サーキットに、彼らは凄まじい緊張感と集中力をもって臨んでいたのだ。

 決勝レース後、ようやくリラックスした雰囲気が広がるなかで、3人にレースを振り返ってもらった。

■サルト・サーキットの“魔力”を実感

「本当に完走できてよかったです」と辻子は心の底から安堵しているようだった。

「本当にすごいプレッシャーでした。大雨のなかのドライブもあり、何がなんでも(マシンを)持って帰らないといけなかったので……ちょっと泥臭い言い方になりますが、無事にみんなの想いを形にできてよかったです」

 決勝中、目立ったアクシデントは1回だけ。路面が濡れているコンディションのなか、第1シケイン(デイトナシケイン)の立ち上がりでラインを外してしまい、バリアに軽くヒット。右のドアミラーを失ってしまったという。

「ちょっと外側にラインを外してしまったらそこが濡れていて。完全にドライならそのまま立ち上がれたところだったと思います。トラブルはそれくらいでしたね」

 初の大舞台を走り切った辻子は、レースウイークを通じてサルト・サーキットの“魔力”に触れることとなった。

「どこか『テンションが上がってしまう』というか、『行きすぎてはいけないと分かっていても、行ってしまいそういなる』という感覚が分かりました。完走しなくてはいけないのですが、どうしても攻めてしまうというサーキットですよね。そこはなんとか抑えないとと思って、みんなの思いを統一させて『クルマをゴールに運ぼう』という感じでしたね」

 残り1時間半、マシンには辻子が乗り込んだ。フィニッシュドライバーという大役に、「チェッカーを迎えるまで、一瞬でも気を抜いたらダメだと思っていた」と辻子。最後まで、完走に向けた気持ちは緩むことがなかった。

「集中してミスするなら自分としてはまだ納得できますが、浮ついた気持ちでミスしてしまったら誰に対してもダメだなと思い、本当にひとつひとつのコーナーに集中して走りました」

「でも、チェッカーを受けた瞬間、本当に景色がスッと変わりました。マーシャルの方々がコースに出てきて祝福してくれるなかで1周して帰ってくるとき、結構ウルっときてしまいまして……こみ上げてくるものがありましたね」

 GTEマシンでのレースも、サルト・サーキットでの走行も初。そんな、一見無謀にも思える挑戦も、努力と集中力で目標を達成した辻子。またル・マンに出場してみたいか、と尋ねるとこう答えた。

「出られるものなら、出たいですね。もちろん、まだ消化不良なところもいっぱいありますし、(さらなる)目標はいくらでもあるので、そこを目指してやりたいなと思います」

ケッセル・レーシング74号車の(左から)横溝直輝/辻子依旦/ケイ・コッツォリーノ

■「日本の若手にも、ここで腕試ししてもらいたい」

 同じくル・マン初挑戦の横溝もまた、サルト・サーキットの“魔力”を体感していた。

「想像をかなり上回るレベルの過酷さや、ドライバーが試されている感じを痛感しました。1周のなかで雨もドライもあって、そのなかでクルマを持ち帰らなきゃいけない、でも速く走らなきゃいけないというプレッシャーもありました。そこは自分との戦いでしたね」

 横溝いわく、サルト・サーキットは「“守りに入る”とやられてしまうコース」。上位クラスに抜かれる際にラインを外してタイヤかすを拾ってしまうと、それを取るのに苦労したという。

「今回この経験をさせていただいて、すごく勉強になりました。いろいろなレース経験してきましたけど、ル・マンはル・マンなんだな、というのがいま終わっての実感ですね。若いときに挑戦していたらどうだったのかな、と考えましたし、いま日本で活躍している若いドライバーにも、ここで腕試ししてもらいたいなと感じました」

ケッセル・レーシングの74号車フェラーリ488 GTE Evo

 一方、2019年に木村武史とともに出場してル・マンへデビューを果たしていたコッツォリーノは、今回はル・マン未経験のふたりを引っ張る立場にあった。

「今回の目標がしっかり完走することだったので、まずは無事に完走できたのがとても嬉しいです。2019年は僕もルーキーで苦戦しましたけど、今回は僕が持っている知識をすべて彼らに渡して、しっかりサポートしました」

 ル・マン“経験者”のコッツォリーノは、辻子と横溝の負担を減らすために、今回の決勝では多くの走行時間を担当。その累計は10時間18分に及んだという。そして、その担当スティントも決して平穏に過ぎていったわけではない。

「スタートも荒れましたし、夜の間に自分の目の前でも何回もアクシデントがありました。自分がバトルしていたポルシェがクラッシュしたりもしました」

 このPONOS RacingとしてのWEC/ル・マンのプログラムが将来的にどうなっていくかは未定のようだが、「1年目はとにかく完走。2年目以降から、リザルトを残すためにはどうしたらいいかを考えることが重要だと、僕は思っています」とコッツォリーノ。

 初挑戦で大きな成果を手にした彼らに、“その先”のプログラムがあることを期待したい。

ケッセル・レーシングの74号車フェラーリ488 GTE Evo

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