【イベント報告】人道援助コングレス東京2023「顧みられない危機に光を」

MSFとICRCが共催した人道援助コングレス東京2023。今年も登壇者が世界各地からオンラインで参加し、人道援助活動の現状や課題について活発な議論を行った。

人道援助をめぐるさまざまな問題を共に考える場をつくりたいとの思いから、国境なき医師団(MSF)と赤十字国際委員会(ICRC)が2021年から共同で開催している「人道援助コングレス東京」。4回目となる2023年は、「顧みられない危機に光を」をテーマに、ハイブリッド形式のプレセッションに加え、4つのトピックについてオンラインで議論が行われた。

開会挨拶

「現在、世界で起きている紛争、人道危機」と聞いて、多くの方がウクライナとロシアの紛争を思い浮かべるのではないか。しかし、世界ではミャンマー、アフガニスタン、シリア、イエメン、パレスチナ、南スーダンなどで、長期化した紛争・人道危機が、気候変動の影響も受け、より複雑かつ深刻になっている。

こう問題提起したのは、赤十字国際委員会(ICRC)のジョルディ・ライク駐日代表。ライク代表は、「どれだけの人がウクライナとロシアの紛争が始まったのは2014年だと理解しているでしょう。8年もの間、この紛争は世界から顧みられなかった忘れられていたのです。私たちが関心を持ち続けていれば、紛争は起きなかったかもしれません」と重大な投げかけをし、コングレス開会を宣言した。

ハイブリッドセッション:世界的な注目を集める紛争と集めない紛争。その違いはいかに生まれ、どのような影響をもたらしているのか。

上段左から、ジョルディ・ライク氏(ICRC駐日代表)、 村田慎二郎(MSF日本事務局長)下段左から、モデレーターを務めた山本理夏氏(ピースウィンズ・ジャパン海外事業部長)、秌場聖治氏(TBS報道局外信部長)、舟越美夏氏(ジャーナリスト、龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員)、逢沢一郎氏(衆議院議員)、金澤伶氏(Youth UNHCR 代表、東京大学3年)   © MSF

ハイブリッドセッションでは、「顧みられない危機に光を」というコングレスの2023年のテーマを受け、世界的な注目を集める紛争と集めない紛争の違いが生まれる背景や要因、その影響について話し合いがされた。モデレーターを務めたのはピースウィンズ・ジャパン海外事業部長の山本理夏氏。

最初に登壇したのは、MSF日本の村田慎二郎事務局長。MSFのプレスリリースの件数と、メディアに取り上げられた数を比較するデータを紹介し、日本との接点がない人道危機は注目されにくい現実を指摘した。MSFは書籍、展示、トークイベントなどさまざまなチャネルを通して証言活動を行っているが、若い世代の情報源が大きく変化する中、「若い世代に関心を持ってもらうために何をすべきか試行錯誤中」だと語った。

続いて、ICRCライク代表が、「関心格差」が人道支援活動の資金にどう影響し、苦しんでいる人びとに何をもたらすかについて講演した。2022年には、紛争や気候変動や経済不安により、53カ国で2億2200万もの人びとが緊急食料援助を必要とした。しかし、ウクライナとロシアの紛争やコロナ禍、気候変動の影響で、国家を主要なドナーとするICRCでも資金が集まりにくくなっており、その結果として紛争当事国で犯罪が増加するなど悪循環が起きていることが伝えられた。

次のセッションでは、逢沢一郎衆議院議員、TBSテレビ報道局外信部長の秌場聖治氏、ジャーナリストの舟越美夏氏、Youth UNHCR代表で東京大学3年生の金澤伶氏の4人がパネリストとして登壇。

国際報道の現場も多く訪れてきた秌場氏は、紛争における「関心格差」についてメディアの観点から話をした。ウクライナが注目される理由として、世界中の人びとに与える影響の大きさ、紛争の構図のわかりやすさ、メディアが比較的入りやすいことなどを挙げた。注目されにくい紛争は、ウクライナとは逆の条件が多いという。ただ、「状況が厳しくても記者やディレクターの熱意で取材できることもあり、報道に携わる者として工夫を続けていきたい」と語った。

続いて、新聞やネットでの報道について舟越氏が話をした。在籍していた共同通信では、現場の記者がニュースを判断して記事を書くが、ニュースの大きさは東京本社が決めて配信する、と説明した。中国、北朝鮮・韓国を除くアジアのニュースは扱いが小さいが、背景には、米国の動きを中心とし、日本政府の意向に追随しがちな日本の国際報道の傾向があるのではないかと述べた。という。また「他者の生きる権利や尊厳を守ることは、自分の権利を守ることにつながるという意識を一人ひとりが持つことが大切ではないか」と訴えた。

金澤氏は高校生の時、紛争鉱物問題を通じて、自分の幸せな生活が特定の人びとの犠牲のうえに成り立つと自覚したことが人道支援に興味を持ったきっかけだという。同世代の若者が人道援助など「外」のことについて関心を持つのかという問いを立て、情報収集や関心の持ち方という観点から分析。教育を通して強制的に話題を共有し、自分ごととして考えてもらう機会を提供することも大事ではないかと述べた。

逢沢議員は、国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子氏との出会いもあり、難民問題に長く取り組んできた。80億人が暮らす世界において、より広く、より深刻な問題に向き合うことの必要性を伝えた。そのためにも、関心を持っている人がSNSで発信してうねりを起こせば大きな効果があること、また人道支援のために市民から多額の寄付がされていることの重要性にもふれた。

その後、パネリスト間で、関心が集まりにくい人道危機に対して何をすべきかを議論した。秌場氏はニュース番組だけでなく、YouTubeなどを使った発信も試みており、思った以上に見られていることに新たな発見があったと述べた。それに対し金澤さんから、既存メディアはネットに載せた映像の短縮版を載せることで、ユースリーダーがそれを発信し、それがフックとなってユースの関心を呼ぶことができるのではないかとの提案があがった。また、既存の新聞等のメディアは古い体質から離れることが難しいが、若い世代がどういう報道を見たいのか直接新聞社などに伝えることで変わるきっかけになるのではと舟越氏は語った。

井土和志氏(外務省国際協力局緊急・人道支援課長)   © MSF

最後に、外務省国際協力局 緊急・人道支援課長の井土和志氏がコメントとして、政府として注目を集めない紛争に対しても支援をしっかりと行っていくとの考えが述べられた。

開会の挨拶およびハイブリッドセッションの動画はこちら(1時間45分)
※本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります。

セッション1 :顧みられない熱帯病に立ち向かう

上段左から、モデレーターを務めた中谷香氏(DNDi Japan事務局代表)、シュゼット・カミンク(MSFパキスタンプロジェクト、皮膚リーシュマニア症アドバイザー)、下段左から、吉岡浩太氏(長崎大学熱帯医学 グローバルヘルス研究科准教授)、飛弾隆之氏(エーザイ株式会社 サステナビリティ部 副部長)   © MSF

本セッションは「顧みられない熱帯病(以下、NTDs)」をテーマに行われ、顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)の日本事務局、DNDi Japan代表の中谷香氏がモデレーターを務めた。

登壇者は、MSFのパキスタンプロジェクトで皮膚リーシュマニア症アドバイザーを務めるシュゼット・カミンク、長崎大学大学院熱帯医学グローバルヘルス研究科准教授の吉岡浩太氏、エーザイ株式会社サステナビリティ部副部長の飛弾隆之氏。

初めに、中谷氏からNTDsに関する説明があった。NTDsは、毎年16億人以上の人びとを苦しめている20の感染症を中心とした疾患群であり、特に低中所得国の貧しいコミュニティに多くの影響を与えている。ただ、NTDsに苦しむ多くの人は貧困層であるため、製薬会社は利益を上げることが難しく、治療薬がほとんど開発されてこなかった。そうした治療薬開発におけるギャップを解消し、NTDsを含む顧みられない病気で苦しむ患者を救うためにDNDiが設立された。世界中の200以上のパートナーと連携し、新薬の研究開発を行い、必要としている患者に医薬品を届けるところまでを担っている。設立以来20年間で、6つの致命的な病気に対して12種類の治療薬・治療法を開発し、何百万人の命を救ってきた。コロナ禍が起きて以降も、「NTDsが忘れられないよう関係者が手を取り合うことが必要だ」と訴えた。

次に、カミンクが、パキスタンでの皮膚リーシュマニア症の状況を、患者の症状の写真も見せながら話した。皮膚リーシュマニア症は、サシチョウバエを媒介して伝染し、パキスタンでは毎年1万7000〜2万7000件の感染が報告されている。皮膚の損傷が現れるため、感染者は差別や孤立などで精神的にも苦しみ、手が動かしづらくなって失業することもあるという。パキスタンで有効な治療薬は1種類しかなく、高価で痛みをともなうため、素人判断で不適切な治療をして症状が悪化することも。MSFやDNDiは現在、短期間で効果の高い新しい治療法開発に取り組んでおり、改善の兆しもあるという報告をもって話を終えた。

続いて、吉岡氏からシャーガス病についての報告があった。シャーガス病は寄生虫疾患で、感染した当初は無症状でその後数十年潜伏することもあり、感染者は気づかないことが多い。その後発症すると、心不全などを引き起こし、死に至ることも。中南米を中心に世界で600万〜700万人の感染者がいると推測され、国内でも2000〜4500人の感染者がいると推測されている。ただ、日本で薬にアクセスできる感染者は極めて限られている。その原因を吉岡氏は調査し、状況改善のために特定臨床研究の立ち上げや地域の中核病院による患者受入など、幅広い関係者の協力が欠かせないと訴えた。最後に、マイノリティが抱える医療ニーズへいかに対応するかという医療行政全体に対する問いかけがされた。

4人目に、飛弾氏がNTDsの治療薬をどう患者へ届けるかというテーマで話した。最初に、「貧困な生活・環境をどこまで想像できていますか」という投げかけがされた。近くに学校も病院もなく、水や食料にも事欠く現実。特に、教育や医療に関する知識がないため、声を上げることもできない根本的な問題がある。エーザイはリンパ系フィラリア症の薬を開発し、WHOが主導するプログラム全体で17カ国が疾患の制圧につながったという。マイセトーマの事例も紹介された。製薬会社として薬を作るだけでなく、患者が置かれた厳しい状況を理解し、医療に関する正しい知識をコミュニティ全体に伝えることの重要性を訴えた。最後に、日本企業が連携してNTDsに取り組み、G7で問題提起できるよう日本政府に提出した提言を紹介した。

その後、質疑応答が行われた。NTDsに関して患者が声を上げられる状況にあるのかという質問に対し、「MSFは患者さんが話をできる機会を作ろうとしており、今後も続けたい」とカミンク氏が答えた。次に少数者の医療問題をアピールするためにどんな取り組みが必要かという問いに対し、「健康は誰もが持つ権利だと意識することが大切だ」と吉岡氏が回答。非医療系NPOの役割については、「それぞれのNPOは得意なアプローチがあるので、まずは現地のコミュニティに入ってニーズを理解することが大切だ」と飛弾氏が語り、セッションを締めくくった。

セッション1の動画はこちら
(1時間28分)
※本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります。

セッション2 :ミャンマーの今を探る

上段左から、モデレーターを務めた今村真央氏(山形大学人文社会科学部教授)、斎藤紋子氏(東京外国語大学非常勤講師)、森岡慎也(MSF救急医)、下段左から、野際紗綾子氏(AAR Japan[難民を助ける会]支援事業部マネージャー 兼 アドボカシーマネージャー)、三田真秀氏(ICRC 国際要員) © MSF

本セッションは「ミャンマーの今を探る」をテーマに行われた。モデレーターは、山形大学人文社会科学部教授の今村真央氏。

国軍による空爆という痛ましい状況が続くミャンマーでは、人道的危機が泥沼化している。専門家の間で対策についての意見が対立することも多い同国の人道援助について、本セッションでは3つのテーマが用意された。

・人道的危機はどんな状況で、どんなニーズがあるか
・ニーズに対応するため、人道援助機関にはどんな課題があるか
・課題に対して、どんなアプローチが効果的か

4人の登壇者は、東京外国語大学非常勤講師の斎藤紋子氏、MSF救急医の森岡慎也、ICRC国際要員の三田真秀氏、特定非営利活動法人難民を助ける会(AAR Japan)支援事業部マネージャー兼アドボカシーマネージャーの野際紗綾子氏。

斎藤氏は、ミャンマーが置かれた現状について話した。2021年、選挙に不正があったとして軍がクーデターを起こして以降、ヤンゴンは現在のところ比較的落ち着いているが、地方では軍が市民を狙った攻撃をしている。23年3月現在で人道援助を必要としているのは、国民の3分の1に当たる約1760万人。治安の悪化、経済や教育の混乱、停電などが起きているという。同国では軍と民主派の争いだけでなく、民族問題や宗教問題が絡んでいる。今後も、複雑な権力闘争や差別構造を見据えつつ、同国の状況に関心を持ち続けることが大切だと話した。

森岡は、2021年8月から2022年3月までカチン州とラカイン州に派遣。MSFは同国で20年以上活動してきた。クーデター後、公的機関に勤務する多くの医療スタッフや公務員が不服従運動に参加し、医療体制が崩壊。その結果、海外の人道支援団体が提供する無料医療サービスへの高い需要、紛争地域での医療活動禁止、医師や医療品の不足といった問題が起きているという。ラカイン州ではロヒンギャの人びとの人権が侵害されており、医療へのアクセスも限られている。中立であるべき医療現場が危機にさらされており、人道原則に基づき医療ニーズに応じた支援を届けるべく、保健省や少数民族の保健組織とも協議し、適切かつ必要な場合には特に現場レベルにおいて協働していく必要性について述べた。

三田氏は、イスラム系住民の多いラカイン州で1年間行ってきた保護活動について話した。ICRCの活動として、文民の保護、紛争地域で拘束された人やその家族の支援、紛争下で行方不明になった人の捜索という3点を紹介。ICRCは紛争当事者との関係で中立を掲げ、すべての当事者との対話を実践し、活動の透明性を確保していること、また、厳格に守秘義務を守ることでICRCの活動やスタッフの安全性を担保していることが共有された。

野際氏は、2020年のコロナ禍による経済悪化、2021年のクーデターによる治安・経済の悪化、2022年のウクライナ紛争に伴う物価高騰という背景から話を始めた。その中で、障がい者や生活困窮者世帯は過半数が失業し、厳しい状況で生活しているという。続けて、人道支援団体が直面する課題として、グループ間の対立の中であらぬ誤解を受けること、治安状況悪化に伴う安全面など5つを挙げた。それに対し、マスではなくピンポイントでの支援や、政府資金の比重を高めるなど、5つの対策が紹介された。

続いて、登壇者による議論が行われた。最初に、今回起きた人道危機の同国の歴史における位置付けについて斎藤氏が解説。軍事政権下にあった1990年代に戻った面がある一方、若者はインターネットで多くの情報を得ており、昔に戻りたくない思いが強いという。次に、人道支援団体関係者が現地で直面する危険について、森岡は「どちらの側にいるのか」が常に見られ、どちらかに肩入れしていると見られるとボイコットや活動禁止に直面する状況を語った。三田氏は、支援団体は必ずしも好意的に受け入れられるわけではなく、すべての紛争当事者やコミュニティに活動について透明性をもって説明し、信頼を得る努力を続けることの重要性に言及。最後に、野際氏が人道援助機関と人権機関の関係性について、両者が緊密に情報や課題を共有し連携することが大切だと話した。

参加者からの質問にも登壇者が回答した後、4人から人道援助への強い思いが共有され、本セッションは終了した。

セッション2の動画はこちら(1時間29分)
※本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります。

セッション3 :人道・開発・平和はどのように共存できるか~人道原則への挑戦?~

上段左から、モデレーターを務めたロマノ・ラスカー氏(国連開発計画 危機局 危機・脆弱性政策関与チーム プログラムスペシャリスト)五十嵐真希氏(国際赤十字・赤新月社連盟 パプアニューギニア代表)、エラ・ワトソンストライカー(MSF米国人道・外交担当代表)下段左から、コリン・A・ブルース氏(ICRC人道支援・開発問題特使)、ジョルジア・ニカトーレ氏(インターピース 平和レスポンシブプログラム プログラムマネージャー)   © MSF

本セッションでは、危機における人道・開発・平和活動の一貫性、協力、協調を提唱する「人道開発・平和(HDP)ネクサス」アプローチに焦点を当てた。モデレーターを務めた国連開発計画のロマノ・ラスカー氏は、人道的開発、開発、平和という3つの課題に携わる人びとが、被災者のニーズ、リスク、脆弱性をより良く軽減するためにどのように協力できるかを考えていきたいと話した。

登壇者は、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)パプアニューギニア代表の五十嵐真希氏、ICRC人道支援・開発問題特使のコリン・A・ブルース氏、MSF米国人道・外交担当代表のエラ・ワトソンストライカー、NGOインターピースのジョルジア・ニカトーレ氏。なお、JICAの坂根宏治氏はスーダンの情勢悪化に伴い不参加となった。

パプアニューギニアから参加した五十嵐氏は、近年は難民、コロナ禍、経済危機などさまざまな要因により、IFRCが「忘れられた人びと」のための人道的支援と開発を継続することが、更に重要になっていると話す。世界からの関心は国や場所により格差があるが、IFRCは中立と公平の理念に基づき、事実と人道的必要性に応じて支援を続けていく決意が述べられた。

ブルース氏は、ICRCの使命は紛争や極度の暴力の状況にある人びとを苦しみから守ることと述べ、そのためにもすべての紛争当事者と対話し、人道支援団体が現場入りするためのアクセス確保を含めて、国際人道法上の義務を再認識してもらうことが重要、と語った。被害にあった人びとの緊急のニーズを満たし、時間をかけて回復力を高めるための支援を提供する必要性にも言及した。

ワトソンストライカーはワシントンDCを拠点に、米国政府との協議・アドボカシーを担当している。MSFは人道原則に基づいた人道援助を実施しており、これは国際人道法によって保護されているものであることを強調。また、2016年の世界人道サミットは、ネクサスにおける成果として、人びとのニーズ、リスク、脆弱性を軽減し、レジリエンスを高める上で測定可能な結果やインパクトを想定したが、緊急人道援助活動のみを実施するMSFの活動目的は第一に人びとの命と尊厳を守ることにあるため、世界人道サミットからの撤退を決断した旨が説明された。また、開発と平和構築は政治的な要素が重要になる局面もあるが、人道支援は政治的制約をできる限り取り除き、独立・中立・公平な立場で命を救い、苦しみを軽減するものであり、そのような違いを考慮する必要も述べられた。

ニカトーレ氏が働くインターピースは、紛争地域を非暴力的な方法で支援し、国際コミュニティと協業することで持続可能な平和に貢献している。平和に注力する理由は、人道的ニーズの80%は紛争地域から生まれるからだ。人道援助団体と平和構築組織の間では、何をもって平和に貢献するかついての解釈が異なるため、時として緊張関係になることもあると認識される。ただ、言葉の定義が異なるだけという面もあり、紛争に対する感受性を高く持ち、対話を続けることが大切だと語った。

続いての質疑応答において、人道に関して各組織が持つ「原則」は人道支援にポジティブな影響を与えているかという質問がされた。ワトソンストライカーは「人道原則は阻害要因にはなっておらず、またこの原則があることで、コミュニティとの信頼関係を醸成することができ、政府はMSFの活動を許可し、そしてMSFは活動に対し保護(プロテクション)を得ることができている。人道原則はMSFなど人道アクターにとっては活動のツールである。国際人道法によって人道援助の活動スペースが担保されいるからこそ、MSFは複雑な状況下でも活動ができており、人道原則はMSFにとって活動の原理原則である。人道原則に反する活動であればその地域での活動の停止も考える。」と回答。ブルース氏は、現実的な行動に導き、リスクを抑えるためにも「原則」は必要で、行動を起こさない言い訳に「原則」を使わないことが重要であると述べた。五十嵐氏は、パプアニューギニアには多くの民族が存在しているため、人道支援を行うボランティアの安全を守るためにも「原則」は必要だと語った。。開発や平和への貢献において成果をどう「測定」するかという質問には、さまざまなアクターがそれぞれの強みを生かすために、ニーズや実現性を「測定」することが大切だとニカトーレ氏が回答した。

最後に各自がセッションを振り返ってコメントした。ワトソンストライカーは、人道援助を長期的に考えるプレイヤーが増えている一方、緊急人道援助をする側が減っていると感じている。緊急対応期に命を守るためにも多くのニーズがあり、MSFもニーズに対応する能力を向上させる必要があると語った。ニカトーレ氏は、急性期の対応、平和の課題、開発の課題、制度の問題などさまざまな課題について、各アクターが持つ知識を共有し、人びとの命を守るという大きな目的に対して多角的にアプローチすることが大切だとセッションを締めくくった。

セッション3の動画はこちら (1時間39分)
※本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります。

セッション4 :アフリカの角──国際社会の関心を呼び起こすためには?

上段左から、モデレーターを務めた白戸圭一氏(立命館大学 国際関係学部 教授)、モニカ・カマチョ(MSF 東アフリカ地域人道・外交担当代表)、アブディ・イスマイル氏(ICRC アフリカの角地域事業統括)、 下段左から、ヴェナント・カニキ・ンディギラ氏(ケニア赤十字社 緊急事態対応マネージャー)松隈舞氏(グッドネーバーズ・ジャパン 第二海外事業部 プログラム コーディネーター)   © MSF

エチオピア、ケニア、ソマリアなどがある「アフリカの角」をテーマに行われた、本年のコングレス最後のセッション。天候不順や紛争に直面する同地域における食料、栄養、紛争の危機に対して、どのような人道支援が行われるべきかに焦点が当てられた。モデレーターは元毎日新聞記者で、立命館大学国際関係学部教授の白戸圭一氏が務めた。

登壇者は、MSF東アフリカ地域人道・外交担当代表のモニカ・カマチョ、ICRCアフリカの角地域事業統括のアブディ・イスマイル・イッセ氏、ケニア赤十字社緊急事態対応マネージャーのヴェナント・カニキ・ンディギラ氏、グッドネーバーズ・ジャパン第二海外事業部プログラム コーディネーターでエチオピア駐在の松隈舞氏。

ケニアから参加のカマチョは、アフリカの角の地図を示しつつ、同地域で起きている紛争の数の多さと、食料危機の深刻さが関連していることを紹介した。3カ国で2300万人以上が食料危機に直面し、デモも頻発しているという。干ばつ、紛争、コロナ禍、インフレなど未曾有の事態において250万人以上が国内避難民となり、性暴力も起きているが、MSFにとっても支援を求めている人びとへのアクセスが難しい状況にあると語った。

ジュネーブから参加したイッセ氏は、気候変動により水や食料の不足が起こり、それらの危機的状況が暴力を誘発し、まず子どもが、そして家畜も大きな影響を受けていると伝えた。特にエチオピアのティグレの内戦は状況が厳しく、ICRCが用意した250台の救急車は80台まで減り、人びとの健康にアクセスすることが難しいという。紛争はいったん終息に向かっているが火種は残ったままで、人びとが大きな傷を負っている状況が訴えられた。

エチオピアから参加の松隈氏は、人道援助を必要とする人がウクライナで1760万人いるのに対し、エチオピアでは2860万人いて、国民の5人に1人になることから話を始めた。今も多くの紛争が発生し、広い地域が干ばつの影響を受けている。グッドネーバーズ・ジャパンは、緊急食料支援、生計向上支援、保健・教育サービスの復興支援、平和構築をしているという。食料危機が悪化している中、ウクライナ紛争の影響で食料の価格が上昇し、エチオピアが世界から忘れられ、助成金の配分も少なく、資金が不十分なことが根本課題だと訴えた。

ケニアから参加のンディギラ氏は、同国の状況について話した。特に北部の州は食料危機に直面し、隣国と同じくひどい干ばつに悩まされている。2023年には450万人が影響を受け、住む場所を変えなければいけない人もいるという。現状紛争は起きていないが、ソマリアからの難民も入ってきており、コミュニティ間の対立もある。また、遊牧民が多いため、援助機関がアクセスしづらい面があることも共有された。

続いて行われた質疑応答では、アフリカの角の危機的状況を国際社会に知ってもらうために、何が必要なのかという問いかけがされた。イッセ氏は、国境を越えた連帯により、本日も参加しているようなさまざまなアクターがリードしていくことが大切だと回答。松隈氏は、例えば広報の観点でエチオピアのコーヒーと関連付けるなど、人びとの関心を呼び起こすための戦略的な対応も必要ではないかと話した。

参加者からは、遊牧民に対する人道援助の選択肢について質問がされた。イッセ氏は、遊牧民にとって家畜は生活の土台になるものなので、ヘルスワーカーと協力して家畜に予防接種したり、灌漑施設を整備することが大切だと回答。

最後に、今後10年で違いを生むために何が必要かという質問が投げかけられた。イッセ氏は、ICRCはアフリカの角も含めて、世界から忘れられている人びとのための支援を続けていく決意と、人びとの支援を呼びかけた。松隈氏は「支援するだけでなく、現場から声を上げ、現地で何が起きているかリアルに伝えることが重要だと、このセッションを通して再認識した」と語った。ンディギラは「ICRCは現地のコミュニティに近いので、彼らに寄り添いながら現状を見える化することに貢献していきたい」と語った。

閉会挨拶

村田慎二郎(国境なき医師団日本 事務局長)   © MSF

本セッションの後、本年のコングレスの締めくくりとして、MSF日本事務局長の村田が閉会の挨拶を行った。本年は「顧みられない危機に光を」というテーマで5つの課題を取り上げ、参加者や登壇者から「このテーマを取り上げてくれてありがとう」という言葉を多くもらったという。また、合計で800人以上が参加登録したことも報告された。人道援助コングレスは、国際協力に携わるさまざまな人が参加し、異なる立場からの意見を表明し、問題への理解を多角的な視点から深めることを目的に立ち上げられた。「その目的を2023年のコングレスは果たし、来年以降も引き続き実施していく」ことを述べ、閉幕した。

セッション4および閉会挨拶の動画はこちら
(1時間32分)
※本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります。

© 特定非営利活動法人国境なき医師団日本