教官への恨みか…陸自射撃場で発砲3人死傷 入隊2か月18歳「自衛官候補生」に何が起きたのか?

陸上自衛隊観閲式で小銃を携え行進する隊員(撮影:榎園哲哉)

ありえない、一瞬その言葉が頭に浮かんだ。岐阜県岐阜市の陸上自衛隊日野基本射撃場で6月14日午前9時ごろ、小銃の乱射事件が発生した。

陸上幕僚監部(東京・市ヶ谷)広報室の発表、および報道によると、新隊員教育に参加していた18歳の自衛官候補生が実弾での小銃射撃訓練中に突然、射撃訓練を支援していた教育隊のともに25歳の2人と52歳の1人、計3人の隊員に対して小銃を発射。25歳と52歳の隊員2人が死亡した。

訓練中の事故は少なからず起きる。しかしそれは、計測を誤って発射した迫撃砲の砲弾が演習場外に着弾した、などの事故で、訓練の最中に上官、先輩を銃で撃つ、という事件は、筆者の記者生活においても聞いたことがなかった(ただし過去には、1984年に山口駐屯地で同じく訓練中の自衛官が同僚に発砲した事件が起きている)。

自衛官候補生は“試用期間”の立場

自衛隊へは、自衛隊幹部候補生、一般曹候補生、自衛官候補生などの各種試験を受け合格・採用されて入隊する。

このうち自衛官候補生は、所要の教育(前期教育)を経て3か月後に2等陸・海・空士の“任期制”自衛官として任官。配属された部隊でさらに後期教育を受け、勤務に就く。“任期制”自衛官とは、たとえは妥当ではないかもしれないが“契約社員”的な立場、また、前期教育期間中は文字通り「候補生」であり“試用期間”の立場と言える。

その後、“任期制”自衛官らは、陸上自衛官では1年9か月(一部技術系は2年9か月)、海上・航空自衛官では2年9か月を1任期(2任期目以降は各2年)として勤務。ただし、昇任試験に合格して3曹に上がると“正社員”として各階級で定められた定年の年齢まで勤務することができる(ちなみに自衛隊の階級は、陸海空ともに将から2士まで全16)。

高校などを卒業して、はつらつとした制服姿で入隊式を終えた新隊員たちは、教育部隊等での3か月の教育期間中、基本教練(基本的動作訓練)や体力検定(体力を測る3000メートル走、腕立て伏せ、腹筋の3種目)などに取り組み、一人前の自衛官として成長していく。そしてこの間、小銃(89式小銃=国産、口径5.56ミリ、重量3.5キロ、全長は固定銃床型で約920ミリ)を貸与され、自衛官としての自覚を新たにする。

89式小銃(陸上自衛隊HPから)

しかし今回の事件は、その自覚を持ち得なかった4月に入隊した自衛官候補生が、入隊2か月後、前期教育を終えようとする矢先に起こした。

射撃訓練、検定、競技会は恒常的に実施

新隊員教育は、陸上自衛隊全国5個方面隊(北部、東北、東部、中部、西部)のそれぞれの隷下に属する方面混成団の「教育大隊」などが担う。今回の事件を起こした自衛官候補生は、中部方面隊(司令部・兵庫県伊丹市)隷下の部隊で新隊員教育を受けていた。

また小銃訓練は、新隊員教育に限らず、普通科連隊(旧日本軍の歩兵連隊)をはじめとする陸上自衛隊各部隊で恒常的に行われている。射撃検定(伏せ撃ちとひざ撃ち、200メートルまたは300メートル先等の人型の的を狙う)の年1回の受検は必須で、また、師団・連隊等で射撃競技会も行われ、日々技量を磨いている。

小銃射撃訓練に臨む隊員(陸上自衛隊HPから)

部隊・隊員の射撃技量は高く、米陸軍なども参加して行われた豪陸軍主催の国際射撃競技会「AASAM」で上位入賞を収めたこともある。

富士山の裾野、静岡県の東富士演習場で5月27日に行われた陸上自衛隊国内最大の実弾演習「富士総合火力演習」においてもそれは見られた。16式機動戦闘車をはじめとする機甲科、特科の各種火砲等の射撃に交じって、会場に展開した隊員たちが小銃による射撃を披露した。

こうした射撃訓練、検定、競技会はもちろん厳重な指揮、管理の下で行われ、実施後は薬きょう一つも残さず回収される。そうした中で起きた凶行は、何が原因だったのか。

入隊志願者には「心理テスト」で資質チェックも…

少子化などの影響もあり、自衛隊員の定数充足、そのための自衛隊員募集は厳しい状況が続いている。隊員の募集業務を担う全国各都道府県に置かれる地方協力本部は、さまざまなアイデアや工夫を凝らして、一人でも多くのやる気のある優秀な学生を入校・入隊させようと日々努力している。地方協力本部長が自ら案内を入れたティッシュを配り、入隊を呼び掛けることも。東京のある区の募集案内所に行ったところ、入隊者の数が壁に張られた棒グラフに記され、あたかも企業の営業現場の最前線を見るようでもあった。

しかし、ただ人数を確保すればいい、ということはもちろん認められない。特に武器を扱う自衛隊にあっては、入隊を志願する若者の資質等をより正確に把握し、見極める必要がある。

入隊志願者の資質等について、募集業務にも携わったことがある元幹部自衛官は、「心理テスト(心理適性検査)と面接で把握する」と語る。これまでに取られてきた特性の統計も基に、「攻撃的な性格ではないか」などを採用試験時に詳細にチェックするという。

一方で、今回の事件を鑑みた場合、入隊後のわずか2か月ばかりの間に起きた何らかのことが原因になった可能性もある。報道によると、「(52歳の)教官を狙った」と供述しているらしく、恨みが原因だったことも考えられる。射撃訓練時の徹底した安全管理にわずかばかりでもほころびがなかったかも検証されよう。

陸上自衛隊トップの森下泰臣陸上幕僚長は、6月14日に防衛省で行われた臨時記者会見で、「国民の皆さまにご迷惑、ご心配をお掛けし、申し訳ありません」と謝罪するとともに、「武器を扱う組織としてあってはならない」と、事件の原因究明、再発防止に全力を挙げる意向を示した。また、浜田靖一防衛大臣も防衛省内での会見で、「国民の皆さまに大変ご心配をかけたことを心からおわび申し上げたいと思います」と陳謝した。

期待も胸に入隊したであろう18歳の自衛官候補生を事件に駆り立てたものは何だったのか。教育状況と行動の背景の究明が待たれる。二度とこのような事件が起きないためにも。

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