【中原中也 詩の栞】No.51 「少女と雨」(生前未発表詩篇)

少女がいま校庭の隅に佇(たたず)んだのは
其処は花畑があつて菖蒲(しようぶ)の花が咲いてるからです

菖蒲の花は雨に打たれて
音楽室から来るオルガンの 音を聞いてはゐませんでした

しとしとと雨はあとからあとから降つて
花も葉も畑の土ももう諦めきつてゐます

その有様をジツと見てると
なんとも不思議な気がして来ます

山も校舎も空の下(もと)に
やがてしづかな回転をはじめ

花畑を除く一切のものは
みんなとつくに終つてしまつた 夢のやうな気がしてきます

【ひとことコラム】雨に打たれる菖蒲の花と、その花を見つめる少女。延々と降り続く雨は、眼前の情景をかすませながら、それを見守る詩人の時間感覚を惑わせていきます。誰もが懐かしさを感じる校庭という場に、過去と現在が交錯する日常を超えた時間が、ひとつの映像として見えてきます。

中原中也記念館館長 中原 豊

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