難波静岡市長よ、文句は川勝知事に言え!|小林一哉 川勝知事の山梨県内の調査ボーリング中止要請という理不尽な振る舞いによって、さまざまなハレーションが起きている。難波市長は県庁時代とはうってかわって、静岡県の対応に異議を申し立てたのだが……。

ことし4月13日に川勝知事を表敬訪問した難波市長(静岡県庁、筆者撮影)

「山梨県の調査ボーリング」に特化した異例の会見

「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」

静岡県の川勝平太知事の理不尽な言い掛かりによって、さまざまな場所でさまざまなリアクションが起きている。

何よりも、驚かされたのは、ことし4月に静岡市長に就いた難波喬司氏がこの問題に介入したことである。

川勝知事は、運輸省(現・国交省)の官僚だった難波氏と懇意となり、一般的な役所ルートではなく、静岡県とは縁もゆかりもない難波氏を個人的な関係で副知事に招聘した。

難波氏は異例の2期8年間、副知事を務め、リニア問題の責任者としてだけでなく、2021年7月に起きた熱海土石流災害の原因調査など重要案件に携わった。難波氏は、川勝知事の最側近としてリニア問題のすべてを取り仕切った。

ところが、今回、難波市長は県庁時代とは180度違い、静岡県の対応に異議を申し立てたのだ。

まず、5月24日の市長定例会見で「調査ボーリングの穴は小さい。これが300メートル先まで水を引っ張るなんて考えられない」と個人的な見解を述べた上で、県境まで300メートルの地点で山梨県のボーリング調査を止めることに、「賛同しない」などと述べた。

続いて、6月6日の会見は、静岡市長としてではなく、静岡理工科大学大学院客員教授(工学博士)の立場で、「山梨県の調査ボーリング」続行について1時間以上もの時間を割いて説明をした。

静岡市の行政問題とは全く関係のない、「山梨県の調査ボーリング」に特化した異例の会見である。個人的な立場を強調しているが、静岡市長という肩書はついて回る。またそうでなくては、記者たちは取材をしない。

難波市長は、山梨県の調査ボーリングによって湧水が出る仕組みをダイコンやペットボトルを用意して、具体的にわかりやすく説明するパフォーマンスを行ったから、テレビには恰好のネタを与え、各局とも面白おかしく取り上げた。

難波市長の思惑とはなにか

残念ながら、筆者は静岡市役所での会見には出席できなかったが、報道陣に配布したA4判13ページにも及ぶ説明資料を取り寄せた。

難波市長の計算では、「県の推定は過大評価である」との見解を示し、技術者として「ボーリング調査は進めるべきだ」という結論が記されていた。
それだけでなく、難波市長は「県の主張には何ら正当性がない」などと、県と真っ向から対立する姿勢を明らかにしたのだ。

難波市長によると、翌日の7日開催の県リニア専門部会への出席を森貴志副知事に求めたが、県に拒否されたため、今回の記者会見にいたったのだという。

ただ、7日開催の県リニア専門部会で難波氏の主張は全く相手にされず、会議後の囲み取材で、森副知事は「静岡県の水が引っ張られる可能性は否定できない」などと、従来の姿勢を一ミリたりとも変えることはなかった。

難波市長の思惑は何なのか?筆者には、非常に不可解に見えた。

一方の当事者である山梨県の長崎幸太郎知事が会見で「山梨県の工事で出る水はすべて100%山梨県内の水だ」と断言した上で、「山梨県内のボーリング調査は進めてもらう。山梨県の問題は山梨県が責任をもって行う」などと静岡県を批判したのとは全く違うのだ。

さらに、別の席で長崎知事は「企業の正当な活動を行政が恣意的に止めることはできない。調査ボーリングは作業員の安全を守り、科学的事実を把握するために不可欠だ」などと山梨県の立場を尊重するよう直接、川勝知事に求めた。

6月に入っても、静岡県が調査ボーリングの停止要請を撤回しなかったことから、9日の臨時会見で、長崎知事は「どこそこの水という法的根拠は何か、そもそも静岡の水とは何か明らかにしてもらう必要がある。

長野県、山梨県が源流となる富士川の水の(静岡県の)利用に対して我々も何かいうことはできるのか」などと法律上の議論を求める姿勢を示した。

山梨県のリニア工事を止めようとする静岡県の姿勢に対して、ついに長崎知事は切れてしまい、強い怒りを露わにした。

リニア期成同盟会で静岡県の懸念について話す山梨県の長崎知事(東京都内、筆者撮影)

難波市長のリニア問題介入宣言

長崎知事とは違い、難波市長には他人事である。

昨年10月31日の県リニア専門部会で、県理事だった難波氏が、掘削による周辺の高圧地下水がトンネルに引っ張られるという概念図を示し、“引っ張られ理論”があるかどうかを迫ると、JR東海は「理論上はありうる」と回答した。

この回答で、静岡県は、JR東海が静岡県内の地下水が引っ張られることを認めたとして、県リニア専門部会で議論することを強引に決めてしまった。

12月に入って、トンネル掘削だけでなく、調査ボーリングまで問題にした際には、難波氏は県を退職して、静岡市長選への準備を進めていた。

関係者によると、もともとの問題を引き起こした責任があるとして、難波市長は「山梨県内の調査ボーリング」問題に介入したのだという。

森副知事は5月11日、「静岡県が合意するまでは、リスク管理の観点から県境側へ約300メートルまでの区間を調査ボーリングによる削孔(さっこう)をしないことを要請する」などの意見書をJR東海に送っている。

つまり、川勝知事に代わって、県境約300メートルの断層帯付近で「山梨県の調査ボーリングをやめろ」を求めたのだ。

森副知事は、川勝知事の意向に沿って職務を遂行しているに過ぎない。森副知事に何らの権限がないことを難波市長が最もよく承知している。静岡県庁の組織を一番よく承知するのは難波市長である。

それなのに、なぜ、難波市長は直接、川勝知事に「県の主張には何ら正当性がない」ことを説明しないのか?

ダイコンを手にした記者会見というパフォーマンスは非常に目立つが、川勝知事に理解してもらうには、難波市長が県庁の川勝知事を訪ね、「この問題には大義名分がないから、やめるべきだ」と言うのが政治家としての筋である。

長崎知事の言う「企業の正当な活動を行政が恣意的に止めている」ことも一番よく承知しているのは、官僚だった難波市長である。それなのに、川勝知事に直接、何も言えないのでは、もともとこの問題を引き起こした責任云々も疑わざるを得ない。

4月13日の就任会見で、難波市長は「大井川利水関係協議会に加わる」などと発言した。前日の中日新聞インタビューでは「リニア環境影響評価統括監」設置まで述べて、今後、リニア問題に介入することを宣言した。

今回の特別会見もその流れの1つである。一体、難波市長がリニア問題に介入しようとする真意は何か、ちゃんと見ていたほうがいい。

小林一哉(こばやし・かずや) | Hanadaプラス

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