最高速度366.1キロの意味。エンジニアファースト&ライダーファースト/MotoGPの御意見番に聞くイタリアGP

 6月9~11日、2023年MotoGP第6戦イタリアGPが行われました。一カ月ぶりのレースとなり、3連戦の緒戦。スプリントも決勝もドゥカティがトップ独占しましたが、最高速はKTMが記録しました。

 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム第8回目です。

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4週間の中休みを終えてMotoGPが戻ってきましたね。今回は本戦前にホンダのふたりのライダーが離脱するという事態になりましたが、今までのような大きなアクシデントはありませんでしたね。

 ちょいちょい小競り合いは有ったけれど、幸いにして他車を巻き込むような転倒が無かったのでラッキーだったね。ライダー達も休暇の間にしっかり頭を冷やして、これではいかんと思ったのかもね。それに前半の5戦で、多くのライダーが何らかの怪我を負っているし、自転車トレーニングで怪我する輩もいるしで、今回はみんな抑えめで行ったのかな。

 ましてやムジェロは屈指の高速コースだから、ここでクラッシュするとタダでは済まないぞという共通認識が有ったのかも。それに加えて、コースレイアウトもスタート直後のクラッシュが起きにくい一因だと思う。今回は久しぶりにクリーンなファイトが見られてよかったよ。

スプリントレース、本戦共にドカティの圧勝という結果になりましたが、日本メーカーではもう太刀打ちできない位に差がついてしまったのでしょうか?

 唯一、ホンダのマルク・マルケス選手が一人気を吐いていて、今回は予選2位/スプリント7位という結果を出しているけど、これまで出場した3レースの本戦は全て転倒リタイアという結果を見ると、一発の速さはライダーの腕でなんとかなるけれど、長丁場ではコントロールしきれない難しいマシンになっているって事なのかな。

 他のライダーはどうかというと、アレックス・リンス選手がアメリカGPで奇跡的な優勝を飾った以外は、みんな苦戦しているみたいだし、今回は初日にジョアン・ミル選手が負傷して、2日目にリンス選手も負傷して、ふたり揃って戦線離脱って、これにはHRCの幹部も頭を抱えているだろうね。

一方のヤマハは転倒こそ少ないものの、いつも予選結果がいまいちで苦戦していますよね。

 ヤマハのマシンの最高速が改善されたのはデータを見れば歴然としていて、レース中のアベレージで比較すると、トップのマシンから2~3km/hしか差はない。注目すべきは、優勝したバニャイア選手のアベレージはファビオ・クアルタラロ選手より5~6km/h遅いし、全体的に見ても下から2番目ということ。

 それでもフランセスコ・バニャイア選手がストレートで他車に易々と抜かれる事は無いし、スプリントも本戦も制した事実から何が言えるかというと、「計測地点でのトップスピードに一喜一憂してはいかん!」という事だよ。

 つまり一周のラップタイムを向上する鍵は、如何にエンジンパワーを効率よくマシンの加速に使えているかどうかなんだね。という事はヤマハのマシンはそこに問題があるという事だな。

フランコ・モルビデリとファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)/2023MotoGP第6戦イタリアGP 決勝

つまりそれぞれ異なる問題を抱えているという事ですか?

 う~ん、そうとも言えるけど根っこのところは同じような気がするね。ホンダのマシンはマルケス(兄)みたいに限界までプッシュすればタイムは出るけど限界が突然やってくる。ヤマハのマシンは限界までプッシュしようとしても、マシンが「悪い事言わん、止めとき」と暴れて受け付けないのかも(笑)

 それがエンジン自体の問題なのか、シャシーの問題なのか制御の問題なのかはどちらも現時点ではよく分かってないみたいだから、この状態はしばらく続くのかな。

そういうマシンのキャラクターは開発手法の違いとかが影響するんですか?

 昔からホンダは『エンジニアファースト』ヤマハは『ライダーファースト』とよく言われるね。マルケス(兄)選手の突出した能力は、おそらくどんなマシンでも乗りこなしてしまうだけのキャパが有って、逆に開発の方向性を決める重要な局面でのエンジニアの判断を難しくしている側面はあったと思うね。

 一方のヤマハは最終的な判断をライダーに委ねるから、結果がライダーの判断能力に左右されるという側面がある。どちらもライダーの力が衰えた時点で進歩が止まるか迷走するか、何らかの影響を受けるわけだ。つまり、突き詰めると『人』という事になるかな。

スプリントレースでのトップ争い/2023MotoGP第6戦イタリアGP

それが今の状態なんですね。それではヨーロッパのメーカーの開発手法はどうなっているんでしょうか?

 良くも悪くもエンジニアリングのトップの存在が大きいようで『エンジニアファースト』と言えるかもしれないけど、そのトップが常に現場で何が起こっているのかを把握して常に次の一手を考えているように見える。

 そこが開発のスピードの差になっているのかな。とは言え、個人的にはドカティはアンドレア・ドヴィツィオーゾ選手、KTMはダニ・ペドロサ選手の貢献度が大きかったのではないかと見ている。ふたりともMotoGPクラスのチャンピオンの一歩手前まで来るけど、結局なれなかったという点でよく似ている。マルケスとホルヘ・ロレンソという化け物が同時期にいたのが不運だったね。

ところでKTMのブラッド・ビンダー選手がとんでもないトップスピードを記録しましたね。

 スプリントでアレックス・マルケス選手と接触した咎で、ロングラップペナルティを消化した後の怒りの追撃の時に出た記録だね(笑)

 あのセッションは全体的にトップスピードが出ていて、クアルタラロ選手も360km/hを記録していたから条件が良かったのかも。最高速は最終コーナーの脱出速度とその時の風向きが影響するし、同じKTMでもビンダー選手の方が速いのでライダーの空力性能も影響するんだ。さっきも言ったけど、この数値で一喜一憂してはいけないのはもちろん、一刻も早く僕の提言を実行すべきという思いを強くしたね。

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