絶滅危惧種カンムリワシが危機に?石垣島リゾート開発計画に環境保護団体などが懸念

絶滅危惧種のカンムリワシ(C)中本純市

2021年7月に「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産に登録され、南西諸島が持つ生物多様性の価値が世界的に認められる形となった。そうした中、西表島からフェリーで50分ほどの石垣島(沖縄県石垣市)で、大規模なゴルフリゾート施設の開発計画が進んでいる。開発予定地やその周辺には、国の特別天然記念物カンムリワシの営巣地やラムサール条約湿地などが含まれており、世界自然保護基金(WWF)ジャパンや専門家らからは生態系の保護に懸念の声が上がっている。(眞崎裕史)

計画地はカンムリワシに残された貴重な生息地 複数のつがい、営巣も確認

リゾート施設は、総合サービス業を展開するユニマットグループのユニマットプレシャス(東京)が計画。ゴルフ場やホテル、レジデンス、プールなどを有する大型複合リゾートで、石垣島南西部にある前勢(まえせ)岳北側の約127ヘクタールに建設が予定されている。

WWFジャパンなどが問題視するのは、まず立地だ。この計画に関して事業者側が2021年10月に沖縄県に提出した環境影響評価調査書では、複数のカンムリワシのつがいが建設予定地内に生息していること、さらに昨年4月の調査では、予定地内で営巣が確認されたことが報告されている。

環境省によると、カンムリワシは絶滅危惧IA類(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)に分類される。同省が2012年3月に実施した調査では、石垣島に生息する個体数は110羽。国内では、西表島と合わせて約200羽しかいないとされている。WWFジャパンなどは、今回の計画がそのまま実施されれば「石垣島のカンムリワシに残された貴重な生息地の一つが失われてしまう」と危機感を募らせている。

周辺にはラムサール条約の登録湿地 「湿地のレッドリスト入り」の懸念

ゴルフリゾート開発計画地の周辺にある、ラムサール条約湿地「名蔵アンパル」からの光景(C)WWFジャパン

計画予定地の周辺には、ラムサール条約(正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」)の登録湿地「名蔵(なぐら)アンパル」や、貴重なサンゴ礁が残る名蔵湾がある。計画では、ゴルフリゾートの運営のために「1日約1000トンの水を消費し、そのうち約700トンを地下水で賄う」とされているが、WWFジャパンなどは、大量の地下水汲み上げによって、名蔵アンパルが渇水化・塩水化し、縮小改変される恐れがあると指摘。ラムサール条約湿地のうち「湿地の生態学的特徴が人為的要因によって著しく劣化・減少した場合」に記載される「湿地のレッドリスト」であるモントルーレコードに、国内の湿地として初めて登載される可能性があると警鐘を鳴らす。また、地下水汲み上げで集水域全域の水量が減少し、周辺農地の水利用の妨げになるとも懸念している。

さらに農薬の影響も見過ごせない。計画では、ゴルフ場の維持管理のため、ネオニコチノイド系の殺虫剤を含む複数種類の農薬が継続使用される予定だ。ネオニコチノイド系殺虫剤は、特に昆虫類や甲殻類への毒性が高いことが知られている。WWFジャパンなどは、大規模な建設工事で赤土や農薬の流出を見込み、名蔵アンパルや名蔵湾を含む自然環境や周辺農地への影響を懸念。また、計画予定地からの排水の流入でサンゴ礁が汚染されるなど、サンゴ礁生態系の損失も計り知れないとしている。

そもそも計画は2015年に発表され、2021年6月には玉城デニー沖縄県知事が、カンムリワシの繁殖期における工事の影響が懸念される――など17項目70件の「知事意見」を付して対応を求めた経緯がある。現在は事業の着工に向け、農地法に基づく農地転用と、都市計画法に基づく開発許可の審査が、いずれも沖縄県によって進行中だ。

沖縄県は「慎重かつ賢明な判断を」 環境保護団体ら県知事に要請

このような状況を受け、WWFジャパンや日本野鳥の会、日本魚類学会、地元の「アンパルの自然を守る会」など16団体は今年4月、沖縄県知事に対する共同要請を行い、要請書を関係部局に提出した。文書の中では、カンムリワシの生息地保全や農薬の流出がもたらす影響などの5点について、県が審査において「慎重かつ賢明な判断」を行うよう求めている。

要請後の記者会見で、日本野鳥の会の葉山政治・常務理事は「カンムリワシはこの地域の生態系の頂点と言われる」とし、「この場所に生息する昆虫や爬虫類、甲殻類などさまざまな生物を守らないといけない。そういう生物に影響が出てくれば、カンムリワシにも影響が出ることは明らか」と強調。建設予定地全域と周辺域におけるカンムリワシの生息状況など、年間を通じた調査の必要性を訴えた。

希少な淡水魚のイシガキパイヌキバラヨシノボリ(C)鈴木寿之

また日本魚類学会自然保護委員の藤本治彦氏は、石垣島固有の希少なハゼ科魚類、イシガキパイヌキバラヨシノボリやドジョウ科のヒョウモンドジョウへの影響を懸念していることを表明。「水環境がだんだん消失しているなか、それぞれを守って生物の生存権を与えることが非常に重要」と述べた。

さらに、「アンパルの自然を守る会」の井上志保里事務局長は、地元の視点から「事業者側の利益ばかり確認されていて、市民が受ける農薬などの損害が考慮されていない」と批判。農薬の影響に関して、営農者からも懸念の声が上がっていることを報告した。

専門家の立場からは、日本甲殻類学会評議員で、日本サンゴ礁学会の保全学術委員会委員長でもある藤田喜久氏も発言した。計画地周辺は多種のエビやカニ、ヤドカリ類の生息場所とした上で、それらへの毒性が強いネオニコチノイド系殺虫剤の使用によって、「計画地周辺だけの問題ではなく、そこから付随する自然環境や生態系に影響を及ぼす可能性が非常に大きい」と指摘。サンゴ礁への影響を含めて「事前の調査不足」を強調し、事業者に対して「計画を練り直すなり、再度調査するなりしてほしい」と対応を求めた。

事業者のユニマットプレシャス側は6月時点でサステナブル・ブランド ジャパンの取材に対し、沖縄県の審査が進行中として「お答えは差し控えたい」と回答。この問題については3月の県議会の一般質問で、農林水産部長が一般論と前置きをした上で「農地転用審査に当たっては、農地法および農地法関係通知等により定められている各基準に照らし、適切に審査することになる」と答弁しており、県商工労働部によると、事業者側に資料の提出を求めるなど、現在も審査が続いているという。終了時期は不明だ。

生物多様性の損失と気候危機の2つの危機に対応するため、世界が2030年までに生物多様性の損失を反転させ、回復軌道に乗せるネイチャーポジティブの実現を目指すなか、南西諸島ならではの生物多様性の宝庫である計画地の自然環境をどう守り、次世代へとつなげるか――。沖縄県の判断と開発の行方が注目される。

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