細田悦弘のサステナブル・ブランディング スクール 第49回『らんまん』主人公に学ぶ!時空を超えたブランド・エッセンス

SB-J コラムニスト・細田 悦弘

「雑草という草はない」という心にしみる名言。NHK朝ドラ「らんまん」が好評放映中です。モデルは、日本の植物分類学の父と称される牧野富太郎博士です。持って生まれた才能や生きざまはもちろん秀逸ですが、その『出で立ち(いでたち)』も含め、この主人公からブランドのエッセンスを垣間見る(かいまみる)ことができます。

「らんまん」のモデル・牧野富太郎

NHK朝ドラ「らんまん」は、春らんまんの明治の世を舞台に、夢を追いかけて天真らんまんに駆け抜けた天才植物学者の波瀾万丈の物語です。モデルは高知県出身で、日本の植物分類学の父と称される牧野富太郎博士です。主人公の槙野万太郎を神木隆之介さんが好演しています。

江戸時代末期、万太郎は高知で酒造業を営む裕福な商家の一人息子として生まれました。少年の頃、体が弱くいじめられていましたが、植物の魅力に没頭し秘めた才能を発揮するのでした。草木を見つけるために毎日野山を歩き回ったおかげで、健康で丈夫な体に育ちます。

そして小学校を中退しながらも独学で植物学を学び、一念発起し、東京大学植物学教室へと進みます。助手として働くことになった万太郎はまるで水を得た魚のように研究に明け暮れて、次々と新種を発見し学名をつけていきます。

しかし、その活躍に嫉妬する周囲の人々から理不尽な目にあったり、さまざまな苦難が降りかかります。
それでも愛する植物のため、「日本独自の植物図鑑を編さんする」という壮大な目標実現のため、さまざまな苦難にみまわれますが、万太郎は情熱を失うことなく一途に突き進んでいきます。

このような、ひたむきに道を究める主人公に視聴者は魅了されますが、そこには「ブランディング」のエッセンスが詰まっています。

主人公の『見た目』は、ブランドの重要ファクター

朝ドラファンの心をつかむ、「らんまん」の主人公・槙野万太郎。回を重ねるにつれ、イントロで神木隆之介さんが『正装』で登場すると、この先のドラマの展開が待ち遠しくワクワクします。その姿はドラマに『花』を添え、彩を与え、エンターテインメント性を醸し出しています。さまざまな出来事が身に降りかかると、『きっと、彼ならこうして乗り越えるだろう』という『期待』が沸き上がり、『やっぱり、彼らしいなぁ』と和みます。この『期待』と『らしさ』こそが、ブランディングの躯体(くたい:基盤となる骨組み)です。

「ブランディング」とは、ブランドをつくり上げ、マネジメントをしながら、さらにいっそう強くしていく一連の活動です。そのためには、ありたい姿である『らしさ(Brand Identity)』を鮮明にし、それに『期待』を寄せるステークホルダーとの『約束』を一貫して守り続けることが鉄則です。

そして、ステークホルダーからすれば、企業に期待をするに際して、『目印』となるのがシンボルマークやロゴです。そのブランドを象徴するデザイン要素一式のことを「ビジュアルアイデンティティ(Visual Identity)」といい、略すと一般的に「VI」とされます。「らしさ」をシンボライズした(象徴した)ものが、VIといえます。VIは、ブランドが目指す姿(らしさ)を瞬間で伝える威力を発揮します。

すなわち、『見た目』(VI)は、ブランドの重要なファクターとなります。ドラマ主人公・万太郎が植物採集等の活動をする時の出で立ち(いでたち:服装、衣装)は、基本的に『正装』だったそうです。モデルとなった牧野富太郎博士は、若い頃から晩年まで、いつも『きちんとした』洋服を着ている写真が残っています。フィールドワークで服が汚れないかと心配になりますが、「恋人である植物に会うのだから」と野山に出かける際にオシャレをしていたという逸話があります。大好きな植物に常に真剣に向き合っていたことが伝わってきます。ブランドの必須条件である『こだわり』の発露(はつろ)です。

これこそが、牧野富太郎ファンにとっての「ビジュアルアイデンティティ(Visual Identity)」といえます。
彼のVIである佇まい(たたずまい)から、彼の人格・人柄・個性・卓越した能力等を連想し『期待』します。そして常にそれに応え、『約束』を守り続けるところに『牧野富太郎ブランド』は成立します。『正装』は、彼のブランドが化体(かたい:形のないものを具体的に感知できるものにする)されたものといえます。企業のシンボルマークやロゴと同じ機能を果たしています。

「雑草という草はない」

ドラマの印象的な場面で、主人公の「雑草という草はない」という重厚なセリフが刺さりました。東京の住まいとなった根津の十徳長屋で万太郎は、「雑草ゆう草はないき。必ず名がある。天から与えられ、持って生まれた唯一無二の名があるはずじゃ」と言いました。

高知のシーンでも、「名も無き草はこの世になし」と説いています。自由民権運動の演説会で、弁士が「雑草は役立たず」と発言したことに対し、万太郎は「それは違う」と、下記のように反論しました。

「名もなき草らあはこの世にないき」
「どんな草やち、同じ草らあひとっつもない!一人ひとりみんなあ違う。生きる力を持っちゅう!」

このメッセージを現代社会において敷衍(ふえん)して解釈すれば、今日の「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」の真髄にも相通ずるものがあります。
そして第9週45回において、「日本中の植物を載せた植物図鑑を作る」という夢(パーパス)に裏打ちされた心に響く土佐弁の名ゼリフが発せられました。このフレーズは、彼の『らしさ』の根幹と受け止めることができます。

「やるべきことがあります。自分で決めた仕事ですき。それを放り出してしもうては、わしがわしではのうなります」

植物学者・牧野富太郎博士の植物をこよなく愛し自然を慈しむ(いつくしむ)『らしさ』満載の情熱的な生き方は、私たちの心を打ち、現代の生物多様性等の尊重にも通じ、時空を超えたサステナブルブランディングが体現されているといえましょう。

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