知的障害の娘の人生に「恋愛は絶対必要」、男女交際で成長実感した母 でも出産には迷い…忘れられない義母の言葉「兄姉の人生台無しに」

次女の香奈さん(左)が初めてデートした公園で、手をつないで歩く岩山さん親子(いずれも仮名)=2023年4月、兵庫県明石市

 北海道のグループホームで、結婚や同棲を希望する知的障害者が運営法人から求められ、不妊手術や処置を受けていた問題が昨年、明らかになった。知的障害者に子育ては難しいのか。当事者の親は、子どもの自己実現と家族の負担のはざまで葛藤を抱えている。兵庫県明石市の岩山洋子さん(53)=仮名=は、障害のある娘が恋愛を通じて成長する姿を見てきた。将来の子育てにもろ手で賛成はできない。それでも「当たり前の青春を味わってほしい」と願い、成長を見守っている。(共同通信=沢田和樹)

※この記事は記者が音声でも解説しています。共同通信Podcast【きくリポ】からお聞きください。https://omny.fm/shows/news-2/29

運営するグループホームで、結婚や同棲を希望する知的障害者に不妊手術や処置を求めていたとされる社会福祉法人「あすなろ福祉会」=2022年12月、北海道江差町

 ▽表面上は懸命に育児、内心は「ここから落としたら…」
 今年4月、公園で岩山さんと寄り添って歩いていた次女の香奈さん(19)=仮名=は、桜の木を見つけると駆け出した。岩山さんはその姿を見つめ、「娘の初デートはここだったんです。バドミントンをして、駅でご飯を食べて…」とつぶやいた。
 香奈さんは3人きょうだいの末っ子。ダウン症で重度の知的障害がある。両親と同居して作業所に通い、クッキーやジャムを作っている。
 世間では知的障害者への差別意識がまだ残る。相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年に起きた殺傷事件では、元職員の植松聖死刑囚が「意思疎通が取れない障害者は不幸を生む」と話し、インターネットでは同調する声も多かった。周囲の援助が欠かせず「他人に迷惑をかけている」と見なされることも多い。

公園で桜の花に手を伸ばす岩山香奈さん(仮名)=2023年4月、兵庫県明石市

 岩山さんも香奈さんが生まれた当時は、障害の中でも「知的障害」であることに強いショックを受けた。実は長男と長女には「誰とも分け隔てなく仲良くなれる子になってほしい」と思い、障害児と過ごす環境のある幼稚園に通わせていた。それなのに、わが子を受け入れられず、自分を責めた。
 幼い頃の香奈さんは心肺が弱く、夜も母乳を一口飲んでは眠り、30分で目覚めることの繰り返し。岩山さんは産後半年ほど、ほとんど眠れない日が続いた。ベランダで香奈さんを抱っこし、ふと「ここから落としたら警察に捕まるんかな」との思いが頭をよぎったこともある。表面上は懸命に育児をしていたが、心の中はぐちゃぐちゃだった。

5歳の頃、おつかいを終えて帰宅した岩山香奈さん(仮名)=2009年、兵庫県明石市の自宅

 ▽自立へ向けて訓練の日々、「点と点つないで面に」
 香奈さんに障害があると分かったとき、義理の母からは「上の子たちを障害児の兄と姉にし、人生を台無しにした」と言われた。「障害のある妹がいることで、兄と姉は結婚できなくなる」とも。これらの言葉は岩山さんの心に刻まれた。子どもの頃から長男と長女には「絶対に迷惑かけへんから」と言い、香奈さんが自立できるよう懸命に育てた。
 公共交通機関の利用法を身に付けることは、自立する上で欠かせない。ただ、知的障害者にとってはハードルの一つだ。香奈さんは小学生の頃、バスや電車が決まった路線を走ることが理解できなかった。岩山さんは「行き先はここを見るんやで」と傘を使ってバスの上部を指し、何度も1人で乗せて練習した。見守りのためにバイクで追うと、香奈さんは窓に張り付いて不安そうに岩山さんを見つめていた。それでも「頑張れ」と祈りながら続けた。
 香奈さんが本格的に電車とバス通学になったのは、特別支援学校の高等部からだ。初めは不安で泣いて岩山さんに電話してきたこともある。それでもなんとか自力で通い、最終的には忘れ物を駅員に説明して取り戻すまでに成長した。

絵画教室で描いた絵と当時5歳の岩山香奈さん(仮名)=2009年、兵庫県内

 小学生の頃から絵画などいろいろな習い事にも通わせた。いつ親を頼れなくなくなるか分からない。「信頼できる大人にたくさん出会ってほしい」という思いがあった。
 19歳となった今も、香奈さんは文字の読み書きがうまくできず、精神面は幼い。だが、日常会話はでき、手先も器用だ。迷いながらも電車で目的地に行くことができる。岩山さんは理由をこう説明する。「点と点がたくさんあると、つながって面になる。香奈が世界をよく理解しているのは、『経験』というたくさんの点があるからだと思う」

 ▽恋愛が「全ての意欲のもとに」
 香奈さんは2度、知的障害のある男子生徒と交際したことがある。岩山さんが送り迎えをして公園や映画館などでデートした。最初は高等部1年の時に、二つ上の生徒と。ただ、そのときは、彼氏よりもアイドルグループの「嵐」が好きだった。相手に気遣いできず、4カ月で振られてしまった。
 高等部3年だった昨年には、三つ下の男子生徒と10カ月間付き合った。「嵐と彼氏ならどっちとデートに行く?」と聞くと「彼」と答えるようになったという。別れた後は、落ち込む香奈さんを岩山さんと長女でカフェやカラオケに連れ出し、慰めた。
 「恋愛が全ての意欲のもとになっていた」と岩山さん。デートのために服を買い、季節に合ったおしゃれをするように。結婚や子育てが目標になり、自分のことを自分でやる動機になった。お金が必要だということも理解し、仕事の意欲にもつながった。「娘が楽しい人生を過ごすために恋愛は絶対必要だと実感しました」

作業所で作ったクッキーとジャムを手にする岩山香奈さん(仮名)=2023年6月、兵庫県明石市

 ▽出産は「答え出ない」
 今年の正月のこと。家族で車に乗っている時に、香奈さんの将来の話になった。長男(24)が「香奈、結婚するん?子ども産むん?」と質問。長女(22)は「海外ではダウン症でも子育てする例はたくさんある」と話し、香奈さんは「頑張るもん」と繰り返した。
 岩山さんは結婚までは賛成でも、出産となると答えが出ない。権利は認められるべきだと思うが、香奈さん1人では行政や学校からの連絡を理解できない。支援制度を自ら選ぶことも難しい。何より、義母から言われた「兄姉の人生台無し」という言葉が浮かぶ。
 長女は「将来は香奈と住む」と言ってくれているが、岩山さんは強い口調でこう話す。「2人に迷惑をかける選択は、親としてはできない」
 「将来、障害者への偏見は薄まっているかもしれない」と思うこともある。「だけど、香奈が弱者なのは間違いない。守るのは、やっぱり身内」。自分が育てるつもりで出産を受け入れるという選択肢も考えてみたことがあるが、ここまで死に物狂いだったことを振り返れば「これ以上できることがあるのか」とも悩む。
 夫と話した結論は「結局、その時にならないと分からない」。相手や家族はどんな人か。お互いに支える余力があるか。考えることは多い。 結婚と自立の夢は、香奈さんの人生に彩りを与え、社会のマナーを学ぶ機会にもなった。岩山さんは言う。「問題が起きても人に聞けば何とかなる。不安でも挑戦することによって世界が広がっていく。知的障害でも、当たり前の生き生きした青春が保障されてほしいです」

手をつなぐ岩山洋子さん(左)と香奈さん(いずれも仮名)=2023年4月、兵庫県明石市

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