30年前、飲み仲間から譲り受けた作品が実は…作家稲垣足穂の自筆原稿見つかる 関学時代の交友録描写

自筆原稿の冒頭部分。「曲率論」の文字や幻の副題が見て取れる=神戸市灘区の神戸文学館

 神戸モダニズムの旗手として活躍し、天文や少年愛を扱った幻想的作風で知られる作家・稲垣足穂(1900~77年)の自筆原稿が見つかり、神戸市灘区の神戸文学館へ寄贈された。晩年に刊行された自伝的作品「カフェの開く途端に月が昇った」の原稿で、関西学院時代の交友にも触れた内容。関学発祥地に立つ同文学館での公開や研究への活用が期待される。

 大阪生まれの足穂は小学生時代に明石へ移り住み、関学へ進学。卒業後の23年に「一千一秒物語」を出版し注目された。「カフェ-」は64年に「未来派へのアプローチ」の題名で雑誌「作家」に発表。その後、増補改訂を経て現在のタイトルになり、75年刊の作品集「人間人形時代」(工作舎)に収められた。

 同作の原稿を寄贈したのは、大阪大名誉教授の仙葉豊さん=姫路市。約30年前、阪大近くの居酒屋で飲み仲間から譲り受けたという。しかし仙葉さんの専門は英文学。どこかへしまい込んだまま月日は流れた。姫路へ引っ越すことになった今年2月末、枚方市内の自宅を整理中に発見し、足穂ゆかりの同館に託した。

 仙葉さんは「昔のことで相手の名前も忘れてしまったが、母方に足穂の縁戚に当たる人がいると言っていた。よく文学の話をしていたので私にくれたのだろう。足穂が学んだ神戸で役立ててもらえれば」と話す。

 原稿は400字詰め用紙149枚に鉛筆で書かれていた。途中までは別の作品「モナリザの秘密はその『不貞美』にある」(74年)の自筆原稿の裏を使っている。足穂研究の第一人者で龍谷大講師の高木彬さんが、筆跡や内容から真筆と判断した。

 原稿には見せ消ちの修正跡や欄外の書き込みが随所に残り、足穂の改稿過程を知ることができる。冒頭には「カフェ-」のタイトルの前に「曲率論」の文字が見られ、さらに「マリネッチ『電気人形』」の副題も付いている。だがいずれも刊行時には削除されており、書籍との比較ができるのも興味深い。

 作中には猪原一郎や石野重道、平岩混児といった同窓の詩人らも登場し、関学での青春が生き生きと描かれる。自筆原稿の発見について高木さんは「足穂については文学的な研究が進んでおらず、関学時代以来の交友関係は、近年ようやく明らかにされつつある。学友たちとの記憶をつづった肉筆が原田の森に帰ってきた意義は大きい」と評価する。(平松正子)

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