「標準中国語の徹底を」習近平氏が少数民族に求める理由とは?

飯田和郎・元RKB解説委員長

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中国政府は、少数民族地域の学校、とりわけ初等教育の現場で、標準中国語を使うよう、指導を強化している。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、その背景を解説しながら、「少数民族居住地域の教育現場に対する引き締めが、強まりそうだ」とコメントした。

モンゴル語の文法と中国語の文法は異なる

現役は横綱・照ノ富士。引退した横綱なら、朝青龍や白鵬、日馬富士、鶴竜もいる。大相撲のモンゴル出身力士は、横綱だけでもいま挙げた5人おり、長く角界の一大勢力となっている。私は、彼らの流暢な日本語に驚かされる。きょうのテーマはそれに関連する。

「なぜモンゴル出身者は日本語が上手なのか」。本人の努力はもちろんだが、彼らが使ってきたモンゴル語と日本語の関係性も大きい。日本語とモンゴル語は言語の形態が似ているのだ。意味を持つ語(=自立語)にプラスして助詞や助動詞がつく構造は日本語もモンゴル語も同じ。言語の分類でいうと、「膠着型」という。

例えば、「私はペンを持っている」なら、「は」や「を」はそのもの自体には意味がないが、その前後、意味を持つ「ペン」や「持っている」を「膠着」、つまり引っ付けている。もう一つ。語順(SOV・主語+目的語+動詞)も同じ。文法もかなり似ているので、モンゴル人にとって、日本語は学びやすい言語、と言われる。

一方、英語や中国語は(SVO・主語+動詞+目的語)と、語順をはじめ文法が異なる。モンゴル人と同じ民族、中国国内に住むモンゴル族(主に内モンゴル自治区)が、ふだん使っているのはモンゴル語。標準中国語はやや縁遠い存在だ。

習近平主席が標準中国語使用の徹底を命じる

中国政府は少数民族地域の学校、とりわけ初等教育の現場で、標準中国語を使うよう指導を強化している。習近平主席が6月、内モンゴル自治区を視察した。そこで少数民族であるモンゴル族の学校で、標準中国語使用を徹底するよう命じた。

国家が編さんした統一教材の使用を推進し、すべての少数民族の青少年が、国内共通の言葉、文字を確実に使えるようにならなければいけない。

発言は、内モンゴルで行ったが、これは国内すべての少数民族に向けたものだ。中国は広大な国土に14億人が住む。人口比では漢族が9割、残る1割が少数民族だ。その少数民族は55もある。

習近平主席のメッセージは「人口9割の漢族が使っている中国語の読み書きを覚えなさい。その中でも、会話で方言を含んだ中国語ではなく、アナウンサーがしゃべるような標準中国語を話せるようになりなさい――」という意味だ。習主席は同じ演説で、こうも言っている。

中華民族は一つの共同体である。その意識を固めることが、新しい時代の共産党の民族政策の主軸である。同時に民族地域におけるすべての政策の主軸でもある。

法律、規制、政策。そのいずれであれ、導入にあたっては、中華民族は一つであることを強化し、中華民族の共同体意識を高めることを見据えなければならない。

「民族地域」とは、中国国内の少数民族が多く住むエリアを指す。習主席が訪れた内モンゴルはモンゴル族が多く住むから、モンゴル族の自治区となっている。習近平主席が多用する有名なスローガンに「中華民族の偉大なる復興を」というのがある。この「中華民族」という言葉には、漢族も少数民族も含めたすべての中国人という意味がある。

少数民族にも「中華民族」という意識を高めたい

ここで本を紹介したい。タイトルは『満洲国 「民族協和」の実像』。本を書いたのは長野大学教授の塚瀬進さんだ。

国民とは、ある歴史的状況下で、同じ国家への帰属意識を形成できた人々によって、構成されるものである。

だが、中国の場合はちょっと違う。

中華社会において国民という概念は存在せず、中華と夷狄(いてき=「異民族」のこと)の区分は、中華文明に教化されているかどうかにあり、民族などの範疇に基づいていなかった。

中国人とは、中国=中華という意識に支えられた地理的空間に居住する人、とでも解釈され、そこには同一性も一体感もなかった。現在の中華人民共和国は「中華民族」なる言葉を持ち出して、国民意識を高揚させようとしている。

中国人とは民族の違いではなく、「中華という意識に支えられた地理的空間に居住する人」。だから、民族は異なっても、中国の地図の中に住む人は、中国人。そう意識させるものこそ「中華民族」というアイデンティティだ、ということだろう。

中華民族という意識を国民に高める。とりわけ、異なる文化を持つ少数民族が、同じ中華民族という意識を高める。そのために、教科書を換え、読み書きも標準中国語に統一したい――。習近平主席の思惑は、そういうことだろう。

逆に言うと、現状は「同じ中華民族」という意識が高まっていない、ということだ。国家が定めた統一教科書を使うよう、国は号令を出すが、少数民族が住む地域では依然、民族色の濃い教科書を用いるケースもあるという。

3年前のこと。内モンゴル自治区では、小学校や中学校の国語の授業を標準語で行う、モンゴル語の使用を制限する方針が示された。それに対し、保護者や教員らが抗議し、生徒が授業をボイコットした。市民によるデモに広がったほか、騒ぎは国境を越えた。隣国モンゴルの首都ウランバートルの中国大使館前で、同じ民族のモンゴル人が集まり、抗議集会を開いたほどだ。

圧力が強まるのは他の少数民族に対しても…

習近平主席は昨年7月、新疆ウイグル自治区を8年ぶりに訪問した。ここでも「中華民族の共同体意識を確固たるものにしょう」と指示した。

ちなみに、少数民族ウイグル族の人たちがふだん使うウイグル語も、日本語と文法的によく似ている。語順がほぼ同じだし、名詞の後に助詞が付く。モンゴル族同様、ウイグル族にとっても、日本語学習に入りやすいようだ。あの青い目、彫りの深い顔立ちのウイグル族で、見事な日本語を話す人が多い。

最後に気になることがひとつある。中国共産党中央の重要組織の一つに、統一戦線工作部という部門がある。統一戦線工作部は、民族問題、宗教問題などを扱う。ここのトップ、石泰峰部長は1年前まで、内モンゴル自治区の共産党組織のトップで、モンゴル族の子供たちに対し、標準中国語教育を進める責任者だった。

その石氏が、習近平主席から統一戦線工作部長へ抜てきされた。少数民族居住地域の教育現場に対する引き締めが、強まりそうだ。

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◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

田畑竜介 Grooooow Up

放送局:RKBラジオ

放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分

出演者:田畑竜介、田中みずき、飯田和郎

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