「ここはおまえらの国ではない」、入植者は叫んだ イスラエル・パレスチナの報復の連鎖、今年に入り150人以上が死亡

ヨルダン川西岸北部ナブルスでイスラエル軍と衝突するパレスチナ人=2月22日(ロイター=共同)

 長年続くイスラエルとパレスチナの対立が今年に入り激しさを増している。昨年末、新たに発足したイスラエルのネタニヤフ連立政権に、対パレスチナ強硬派の極右政党が加わった影響が大きく、沈静化の兆しは見えない。イスラエル軍の武装パレスチナ人に対する急襲作戦、パレスチナ人によるイスラエル人襲撃…。
 2月には数百人のユダヤ人入植者がパレスチナ人集落を襲撃、住宅や自動車に無差別に放火し焼き打ち事件の様相に。5月にはイスラエル軍とパレスチナ自治区ガザの過激派「イスラム聖戦」が空爆とロケット弾攻撃の応酬を5日間繰り広げ、ガザでは33人が死亡した。国連によると、1月以降の死者はパレスチナ側で130人以上、イスラエル側は約20人に上る。
 報復の連鎖はどこまで続くのか。国際社会は双方に緊張緩和を促すが、事態は悪化の一途をたどっている。イスラエルによるパレスチナ軍事占領のあり方も問われている。(共同通信エルサレム支局 平野雄吾)

ヨルダン川西岸北部ハワラで、入植者に放火され焼け焦げた多数の車=2月27日(共同)

 ▽まるでポグロム
 2月26日夜、イスラエル軍が占領するヨルダン川西岸の北部ハワラ。自宅2階から入植者による襲撃を目撃したパレスチナ人、ユスフさん(40)が振り返る。

 「入植者が火炎瓶のようなものを自動車に投げ込むと、燃え始めた。路上では催涙弾が大量に投げられ、街は霧がかかったように曇った。やつらが玄関の扉をたたいたので、洗濯機をバリケードのように置いて侵入を防いだ」。襲撃は5時間以上続き、入植者は「ここはおまえらの国ではない。出ていけ」と叫んでいたという。

2月27日、ヨルダン川西岸ハワラで、ユダヤ人入植者らによる襲撃の後に上がる煙と炎(ゲッティ=共同)

 この日の日中、ハワラで入植者2人がパレスチナ人に銃撃され死亡、その報復だった。複数のパレスチナ人目撃者によると、午後5時ごろ、多数のイスラエル軍兵士が路上を歩き始め、店舗に営業休止を要請。約1時間後にバスなどで入植者400人以上が到着した。兵士も行動を共にしていた。数十軒の住宅や店舗、数十台の自動車が放火されたほか、投石や鉄パイプなどによる破壊もあった。中には実弾で銃撃する入植者もおり、パレスチナ人1人が死亡、約100人が負傷した。
 投石で右腕をけがしたアンマールさん(37)は「助けに来てくれた隣人も入植者に襲われた上、兵士にも殴られた」と証言する。自宅2階から見ていた少女ラマールさん(10)は「燃える自動車の周りで、あの人たちは躍り上がっていた」と語った。家畜の羊まで傷つけられたという。

放火された自宅で、母と共に被害を語るアンマールさん(左)=3月3日、ヨルダン川西岸ハワラ(共同)

 入植者が多数だった上、兵士の同行もあり、「逃げることさえできなかった」と多くの住民が口にする。イスラエル軍は共同通信の取材に「(警備の)準備に不十分な点があった」と回答したが、治安維持の責任を負う兵士が入植者と行動を共にしており、準備不足という説明には疑問も残る。

武装し巡回するイスラエル軍兵士ら=2月27日、ヨルダン川西岸ハワラ(共同)

 ユスフさんらはスマートフォンで襲撃の様子を撮影した。暗闇の中で自動車や住宅が燃え上がる映像はインターネット上に出回り、激しい反発の声が上がった。歴史的なユダヤ人迫害になぞらえる批判も相次いだ。
 「ハワラで『水晶の夜』(ナチス政権下のドイツでユダヤ人が襲われた事件)が起きた」
 「(ロシアで起きたユダヤ人迫害の)ポグロムのようだ」

ユダヤ人入植者による襲撃の様子を説明するラマールさん=3月3日、ヨルダン川西岸ハワラ(共同)

 ▽有罪判決わずか3%
 欧州連合(EU)や欧州約20カ国の外交官らは3月3日、ハワラを視察し、イスラエル政府や入植者を非難した。視察中、入植者がパレスチナ人の住宅敷地内に侵入。追い出そうとする住民と小競り合いになり、介入した兵士が外交官らの前でパレスチナ人に催涙弾を投げる場面もあった。

3月3日、ヨルダン川西岸北部ハワラで、イスラエル軍の催涙ガスから逃げるパレスチナ人ら(共同)

 EUの駐パレスチナ代表スベン・フォンブルクスドルフ氏は「襲撃犯はきちんと裁かれるべきで、財産を失った人は補償されなければならない。占領当局(イスラエル)にはパレスチナ人を保護する義務がある」と怒りをあらわにした。
 憤りの背景には、入植者によるパレスチナ人への暴力がほとんど処罰されない現実がある。2月26日の襲撃は過去に例を見ない大規模なものだったが、入植者の暴力はオリーブの木や家畜小屋の破壊などを含めれば、日常茶飯事だ。だが、イスラエルの人権団体「イェシュディン」の調査によれば、2005~22年に入植者らによるパレスチナ人への暴力に関しイスラエル当局が捜査した1531件のうち、起訴に至ったのは107件で、有罪判決はわずか3%の46件だった。
 外交官らのハワラ視察を企画したイスラエルの人権団体「ベツェレム」のハガイ・エルアド代表はこう語る。
 「ハワラ襲撃は兵士に保護されており、入植者の暴力ではなく、国家による暴力だ。私も入植者もユダヤ人として、ポグロムがどんなものか知っている。かつての被害者が今は加害者になっている。これは何十年も続く抑圧的な占領政策の結果だ。人種差別的なアパルトヘイト政策は終わらせなくてはならない」

報道陣の取材に応じる「ベツェレム」のハガイ・エルアド代表(左)とEUのスベン・フォンブルクスドルフ駐パレスチナ代表=3月3日、ヨルダン川西岸ハワラ(共同)

 ▽「ハワラ消滅が必要」
 現在、暴力の連鎖が続く主な舞台はヨルダン川西岸だ。1950年以降、ヨルダン統治下にあったが、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが軍事占領し、現在も軍が統治する。イスラエルはここでユダヤ人入植地を拡大、現在約130の入植地が存在し、40万人以上のユダヤ人が暮らす。
 入植地とは簡単に言えば新興住宅街で、入植地建設とは新しい街の建設だ。元々西岸に暮らすパレスチナ人からすれば、住宅や農地など生活基盤を根こそぎ奪われることを意味し、当然摩擦が生じる。

ヨルダン川西岸北部ナブルス郊外で、違法な入植地建設に励むユダヤ人入植者ら。ここは現在封鎖されている=2021年6月(共同)

 ジュネーブ条約など国際法は占領地における土地や財産の没収、住民の強制移動、自国民を移住させる入植活動を禁じ、国連も重ねて「入植活動は国際法違反だ」と指摘する。国連安全保障理事会は2016年に入植活動の停止を要求する決議を採択、2021年にはパレスチナの人権を担当するマイケル・リンク特別報告者が「戦争犯罪」とまで言い切った。そもそも安保理はイスラエルによる占領地からの撤退を決議している。
 しかし、イスラエル政府は決議を無視し、入植地拡大で占領を既成事実化してきた。当初はイスラエル建国運動に連なる農業開拓精神などに基づく入植者が主流だったが、近年影響力を持つのは宗教的動機の入植者だ。西岸を古代にユダヤ人が暮らした土地と見なし、神から将来にわたり与えられた「約束の地」と信じる彼らにとって、入植活動はユダヤ民族の贖罪であり、救世主到来を早める行為と映る。
 そんな「民族宗教派」の入植者に支持され、昨年末発足のネタニヤフ政権に入閣したのが極右政党「ユダヤの力」党首のイタマル・ベングビール国家治安相や、極右政党「宗教シオニズム」党首のベツァレル・スモトリッチ財務相だ。パレスチナ自治政府の解体や入植地拡大、イスラエルへの西岸の一部併合を目指す。入植地拡大が彼らの存在意義ともなっている。
 ネタニヤフ政権はこの2人に強く影響され、昨年末に発表した指針で「ユダヤ人は(西岸を含む)イスラエルの全ての土地で独占的で議論の余地のない権利を持つ。政府は入植活動を促進する」と宣言した。スモトリッチ氏は「ハワラの消滅が必要だ」と発言、襲撃した入植者を擁護する姿勢を示している。

支援者らとエルサレム旧市街のイスラム教徒地区を歩くベツァレル・スモトリッチ氏(左)とイタマル・ベングビール氏(右)=2021年10月(共同)

 ▽消せない自由への希求
 イスラエル軍による武装パレスチナ人への急襲作戦は「拘束」が目的とされるが、「対テロ作戦」と称し、パレスチナ側が抵抗すれば周囲の民間人が犠牲になることもためらわず攻撃する。
 一方、パレスチナ側は一般市民を標的にするケースが多く、1月27日には東エルサレムのシナゴーグ(ユダヤ教会堂)で銃撃し、7人を殺害した。

2月24日、ヨルダン川西岸ヘブロンで、武装した兵士(右手前)の近くで、イスラエルによる占領に抗議するパレスチナ人ら(共同)

 パレスチナ人による占領への抗議デモでも衝突が相次ぐ。西岸南部ヘブロンでは2月24日、イスラエル軍がデモ隊に催涙弾などを発射し衝突に発展、多数のパレスチナ人が負傷した。1994年に極右入植者の医師がヘブロンのモスク(イスラム教礼拝所)で礼拝中のパレスチナ人に銃を乱射し29人を殺害した事件から29年となるのに合わせたデモだった。丸腰で投石するパレスチナ人に重武装の兵士が「もっと近づいてこい」と笑いながらあおり、催涙弾を撃ち込む場面もあった。

 ベングビール国家治安相はこの医師の熱烈な崇拝者として知られ、自宅の壁に写真を飾っていたと報じられている。

「もっと近づいてこい」と笑いながらパレスチナ人をあおるイスラエル軍兵士ら=2月24日、ヨルダン川西岸ヘブロン(共同)
2月24日、ヨルダン川西岸ヘブロンで、銃口をパレスチナ人に向けて威嚇するイスラエル軍兵士(左)(共同)

 報復の連鎖に収束の兆しが見えない中、パレスチナ人ジャーナリスト、ダウード・クターブ氏はイスラエル紙ハーレツで、こう指摘した。
 「人々は外国軍の占領下で生活するのを嫌う。歴史的なトラウマ体験を持つイスラエル人がなぜこれを理解しないのか、推し量るのは難しい。急襲作戦で何人かの武装勢力を殺害しても、パレスチナ人の自由への希求を消し去ることはできない。むしろ憎しみと報復への動機を与えるだけだろう。互いに民族自決を認め合ったときに初めて、一連の暴力は終わる」

イスラエル軍の急襲作戦で破壊された住宅=2月23日、ヨルダン川西岸北部ナブルス(共同)

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