これは危ない、看過できない――
ゴールデンウィークが間近に迫った4月、あるツイートが話題となった。
大型トラックが爆走し子供たちの安全を脅かしている――その様子を取材したテレビニュースがツイートでシェアされていた。
これを記したのは、「啓太郎@子供達に安全な通学路を!」というハンドルネームの方。彼の名前からわかる通り、小学生の子供を持つ親だ。彼は言う。
「クルド人のトラック運転が乱暴であり、子供たちが轢かれないか不安です。また日本でトラックを運転できる免許や、自賠責保険、車検があるかも不安で、責任能力がない可能性がある。警察がなぜ野放しにしているのか疑問です」
自分の子が危険な目に遭うかもしれないということに彼は日々、不安を感じている。しかも、その運転手は、免許すら持っていなかったり、責任能力がなかったりする可能性があるというのだ。
これは危ないし、看過できない――。
啓太郎さんのツイートを目にした僕は5月16日の早朝、現場を訪れてみた。
農地を資材置き場として勝手に転用
映像が撮られたのは、クルド人の解体業者が数多く集っている赤芝新田というエリア。川口市の北に位置しており、クルド人の多くが住む川口市前川、芝下、上青木からは直線距離で北東に約4キロ離れている。
高速道路を挟んでおり、住宅地である前川のあたりとは、かなり違っていて、のどかな田園風景が広がる一帯。午前7時すぎ、最寄り駅から歩き始めた。10分ほど歩いたところで、鉄板の塀が延々と続くエリアに出た。
そこが解体業者の資材置き場だった。鉄板にはトルコ語らしき言葉がペンキで書かれていた。
赤芝新田のヤードはもともと農地。難民認定をもとめて日本にやって来たクルドの人が買い取って、資材置き場として勝手に転用した。この一帯は市街化調整区域といって、住宅地や商業地として、建物を建てることを制限された土地。にもかかわらず、そのルールを無視し、建物を違法に建てているというのが実情のようだ。
資材置き場の一角にあるケバブ屋
資材置き場の一角にあるという、朝5時開店のケバブ屋を僕はめざしていた。仕事をはじめる前に、解体業者たちがそこで一服するのだろう。可能であれば、クルド人解体工に話しを聞いてみたいと思ったのだ。
鉄板に沿って、4トンぐらいのトラックが列をなして停まっていた。そのうちの一台の運転席に中東系の青年が座っているのが見えた。
「ケバブ屋はどこですか?」と日本語で話しかけるが、にわかには分からないようで、けげんな態度だ。
「ケバブサンド」とジェスチャーをつけて、伝え直すと、彼は表情を変えずに、進行方向を指さした。
数十メール先に、そのケバブ屋はあった。資材置き場のなかの飯場のような場所だ。ホットサンドを温めた状態にしておくことができるガラスケースや温かい紅茶が入ったステンレス製のポットなどが長いテーブルの上に置かれ、カウンターのようになっていた。
店員は2、3人いたと思う。その「カウンター」のなかにいて、さらに奥のコンテナ上の冷蔵庫から食材を取り出したり、調理をしたり、解体工たちにケバブサンドの受け渡しをしている。
「カウンター」の脇にはテーブルがあり、そこには、10代から60代かと思しき中東系の男たちが、タバコを吸ったり、ケバブサンドに舌鼓を打ったりしていた。店員が日本語で「いらっしゃいませ」と言ってくれなければ、そこが日本だとはとても信じられない。
「日本人ですけど大丈夫ですか?」と言うと、若い店員は「誰でも大歓迎です」とニコニコしながら言った。薄いパンのなかにトマト、チーズ、羊肉などが入っており大変美味。紅茶が無料なのもいい。
「トルコのどこから来てるんですか?」
食べ終わり、「これトルコのケバブサンドですよね? すごく美味しかったです」と感想を伝えた。そして聞いてみた。その問いかけは、この取材で会ったトルコ系住民、全員に聞いている、何気ない質問であった。
「ところで、お兄さんたち、トルコのどこから来てるんですか?」
なお、同じ質問をしたときのこれまでの回答は、次のようなものだ。
「川口に来ているのは、ガジアンテプのいくつかの村からやって来ているクルド人です。私は店のオーナーを頼りにしてやってきました」
「姉が日本人と結婚しました。姉をひとりにしておくのはかわいそうなのでガジアンテプから家族みんなで日本にやってきたんです。私たちはクルド人です」
これらの回答に共通していたのは、
・クルド人であることを隠さなかったこと、
・知人や親類を頼って日本にやってきたこと、
・難民として認められるために必要な条件である、政治的な迫害について何も言わなかったこと、
というものだ。
つまりこういうことではないか。政治的難民ではないということを悪びれず自ら吐露していたのだと。
僕が質問した店員は、これまでの答えとはまるで違っていた。
それまでカウンターの向こうでニコニコしていた店員の顔が突然、殺意すら感じさせる怒気を含んだものに変わった。そして後ろにいる店員とクルド語らしい言葉で話し始めた――。
そして、1分ぐらいして、答えた。
「アンカラです」
仏頂面で答える彼に、僕は首を傾げた。アンカラというのはクルド人居住区からかけ離れたトルコの首都だったからだ。
彼にもう少し話を聞きたかったが、それは止めておいた。表情が明らかに怒気を含んでいる。しかも、多勢に無勢だ。考えすぎかもしれないが、身の危険を感じた僕は、解体工たちに話しを聞く前ではあったが、ただちに取材を諦め、その場を離れたのだった。
集団登校の列に突っ込む可能性も……
赤芝新田の資材置き場を7時半頃立ち去った後、資材置き場と小学校を結ぶ通学路に張り込んでみた。通学路は片側一車線の住宅地のなかののどかな一本道。朝の出勤時間だけに地元の人々の車がちらほらと流れてくる。
時折目に付くのが積荷を空にしている4トン車だった。他の乗用車が制限速度の30キロを守っているのに対し、それらの4トン車は、前が詰まっていない限り大体50キロぐらいで飛ばすのだ。
しかもそのなかには、目線を下に落としスマートフォンを見ながら運転している中東系の男もいたりした。その場所はガードレールすらなく、少しでもハンドル操作を間違えれば、容易にその子供たちの集団登校の列に突っ込んでしまうことがわかった。
歩いて下校途中の小学生の列にトラックが突っ込み、男女5人が死傷する事故が千葉県で起こっている。同じような事故が起こったとしても不思議ではない。その場合、運転手が無免許の可能性が高いだけに、補償の点で、もっと悲惨な結果を招くかもしれない。
それだけではない。これら解体工のトラック、他にも問題はある。
「彼らのトラックは積み方が酷いので、走行中によく落下させるんです」(地元住民)
それを知っている地元の人は、道路では極力、彼らのトラックの後ろを走らないようにするのだという。
見逃されている仮放免者
難民申請を出してこれまで認定されたクルド人は過去にたったの一人。とすると、解体業者をしているクルドの人たちは仮放免ばかりのはずである。仮放免では仕事はしてはいけないはずなのに仕事をしているとはどういうことなのだろう。
川口市議会議員の奥富精一氏はいう。
「実際のところ仮放免者の労働は見逃されているというのが現状です」
確かにそれに関してはわかる気もする。仮放免だったら働いてはいけないというのを徹底すれば、彼らは生きるために、犯罪に手を染めかねない。
仮放免といういわば住民として本来は存在しないことになっている人たち――社会保険の対象から外れるのはもちろんだが、その一方で税金も納めていない。
「雇っている企業がまとめて税務署に源泉徴収という形で申請はします。しかし一方、それぞれの雇われている人たちが税金を払うことはありません」(奥富議員)
仮放免の人たちが働くことを百歩譲って、目をつぶったとしても、問題はまだある。
というのも彼らが建物の解体で出た廃材などが隣の県にある桐生市にまとめて大量に捨てられ、公害問題化しているからだ。
記事には、次のように記してあった。
敷地内で重機を動かしていた男性に取材すると、自身はトルコ国籍で1カ月前に来日したアルバイト従業員と説明。責任者については「トルコに滞在しているので会えない」と話した。従業員が「頻繁に変わる」とも述べた。
窃盗事件を数多く起こした犯人をトルコ帰国直前に逮捕したという話にしろ、すでに帰国していたというこの記事の話にしろ、身の危険があるという母国になぜ帰ることができるのか。
帰国すると迫害を受けるというのは、果たして本当なのだろうか。
(つづく)