金正恩の「見栄っ張り」が破壊する北朝鮮庶民のささやかな暮らし

北朝鮮当局が、中国との国境を流れる鴨緑江から500メートル以内の住宅200世帯に対して、立ち退きを命じた件は、デイリーNKでも既報の通りだ。

内外の観光客が訪れる対岸の中国吉林省の長白朝鮮族自治県から、みすぼらしい平屋建てが立ち並ぶ様子が丸見えになっているのは、プライドの高い北朝鮮には耐え難い屈辱であろう。また、当局の最も嫌う携帯電話を使った海外との自由なやり取り、密輸、脱北の温床になるなど、目の上のたんこぶだった。

さらに、2020年9月にこの地域で起きたガス爆発事故は、中国側から撮影され、全世界に配信されてしまった。

立ち退きの対象となった世帯には、一家4人が住める部屋の1年分の家賃として、1200元(約2万3600円)を支給するという、今までなら考えられない破格の条件が示されたが、これが問題を引き起こしている。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

立ち退きの対象となった恵山(ヘサン)市の恵長洞(ヘジャンドン)の人民班(町内会)は、今月10日の会議で、「命令が下されればすぐに出ていけるように家を確保しておけ」と通告した。

住民は、間貸しの部屋を先を争って借りようとしたため、需要の急増に伴い、家賃が高騰した。今月初旬の時点で、市内中心部では100元(約1970円)、郊外では30元(約592円)から50元(約987円)だったのが、いずれも2倍になってしまった。1年分の家賃を受け取ったが、これでは半年しか住めないことになる。

市場のごく基本的なメカニズムさえ理解できていない当局のやり方が、こんな事態を招いてしまったのだ。

当局は2016年から、国境沿いの地域の平屋建てに住む人々を立ち退かせ、既に完成した新築マンションに入居させていた。このやり方ならば、すぐに引っ越しができて、市民の満足度も高かった。ちなみに、中国の長白県の中心部から川越しに見える北朝鮮のマンション群は、このときに建設されたものだ。

しかし、一連のプロジェクトはコロナ禍で中断。最近になってようやく再開されたものの、立ち退きを優先させ、マンション入居が後回しにされてしまった。ゼロコロナ政策により、密輸という一大産業が奪われてしまった恵山。ただでさえ予算が不足しているであろうに、何棟ものマンションを1年以内に完成させられるのかという疑惑も浮上し、住民の不満が高まりつつある。

「今回の立ち退き指示は、住民の苦しい暮らしを考慮せず、国境(の守り)をしっかりするという目的だけを優先するものだ。住民が路上に投げ出されることになっても、気にもとめずに国境を塞ぐことだけにありとあらゆる方法を動員している」(情報筋)

今すぐには問題がなくとも、受け取った立ち退き費用がなくなるころになれば、ただでさえ仕事を奪われ不満が高まっている市民の間で、大きな問題として表面化するかもしれない。

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