沖縄慰霊の日に

 作家の林京子さんは、14歳のとき長崎で被爆した体験が、芥川賞を受けた小説「祭りの場」に実るまで30年かかった。日本画家の平山郁夫さんが、被爆体験に基づく大作「広島生変(しょうへん)図」の筆を執ったとき、被爆から三十数年たっていた▲作家、芸術家に限らない。体験が言葉になるまで、実に長い歳月を要する人がいる。数年前、本紙に載った沖縄県内の女性もその一人で、8歳のとき沖縄戦で家族を失い、戦場を独りさまよった経験を、70代半ばまで話せずにいた▲思い出せば吐き気を催す。沖縄戦の終わり頃の6月になると、毎年決まって体調を崩す。それでも若い人に伝える決意をしたという▲長い年月を経て語り始める。毎年8月が近づくと体調を崩す。そんな人は被爆者にもいる。「忘れたい」と「忘れまい」。揺れ動く二つの思いが地上戦の地と被爆地とで通じ合う▲沖縄の「慰霊の日」の式典も、何かしら“通じ合い”を思わせた。玉城デニー沖縄県知事は、地元での防衛力強化に不安を訴え、岸田文雄首相は抑止力に必要だと理解を求めた▲被爆地広島での先月のサミットでは、核抑止が重要だと宣言された。「抑止」とは何事にも優先される…。沖縄でも被爆地でも似たような言葉が繰り返される。苦しい経験を語る人々に、その言葉はどう響いたか。(徹)

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