戦後世代が継承 沖縄各地で慰霊祭 高齢化する体験者の思いつなぐ

 沖縄を二度と戦場にしてはならないという思いを、私たちがつないでいきます―。23日、各地の慰霊塔で開かれた慰霊祭。継承活動を先導してきた戦争体験者が亡くなっていく中、教訓を語り続けてきた体験者の思いを、戦争を体験していない世代が当事者として伝えていく決意を新たにする姿も見られた。

 糸満市真栄里の白梅之塔での慰霊祭では、昨年まで毎年あいさつしていた元白梅学徒隊の中山きくさん=1月に死去、享年94=に代わり、「白梅継承の会」事務局のいのうえちずさん(54)が追悼の言葉を述べ、新垣ゆきさん(36)が平和メッセージを朗読した。

 いのうえさんは「きくさんの情熱の種は私たちの胸にしっかりと根付いている。今を新たな戦前にしない誓いを立てたい」と声を詰まらせた。

 慰霊祭は白梅継承の会が運営を引き継いで5年目。元白梅学徒の武村豊さん(94)は「中山さんは継承に生きた人。大勢の若い人も育ててくれた」としのんだ。

 ひめゆりの塔の前で行われた慰霊祭には元学徒の2人が出席した。前ひめゆり祈念資料館長の島袋淑子さん(95)は、元資料館館長の本村ツルさん=4月に死去、享年97=をしのび、「生きている限り『戦争は絶対にしてはいけない』と伝え続けたい。体を張ってでも戦争に反対する」と語った。

 現館長の普天間朝佳さんは「離島からの避難計画や防空壕の検討など、戦前の状況に似ていると怖くなる。私たちにできる方法で沖縄戦を伝えていきたい」と思いを新たにしていた。

 那覇市楚辺にある二中健児の塔の慰霊祭は、4年ぶりに参加者の制限なしで行われたものの、参加者はコロナ前より減った。城岳同窓会の與那覇博明副会長は「二中の卒業生もだいぶ少なくなった」と寂しさをあらわにした。

 沖縄師範健児の塔の慰霊祭に戦後毎年欠かさず来ているという喜屋武隆徳さん(85)は「前の方に先輩方が陣取っていたのがとても心強かったが、今は私が最高齢に近く、とても心細い」と話す。那覇市首里金城町の一中健児之塔の慰霊祭には首里高生や遺族、養秀同窓会の会員など約750人が出席した。

 (中村万里子まとめ)

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