「観るLSD」は実現し得るのか?『ホドロフスキーのDUNE』と錚々たる監督候補、『DUNE/デューン 砂の惑星』が成し遂げた異様な偉業

『ホドロフスキーのDUNE』価格:Blu-ray 5,184円(税込) / DVD 4,104円(税込)発売元:アップリンク販売元:TCエンタテインメント© 2013 CITY FILM LLC, ALL RIGHTS RESERVED『DUNE/デューン 砂の惑星』© 2021 Legendary and Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

「砂の惑星」が与えた影響

アメリカの作家フランク・ハーバートが1965年に発表したSF小説「デューン 砂の惑星」は、“SF”というジャンルに限定することなく、史上最も影響力のある小説のひとつとされている。「デューン 砂の惑星」がなければ『スター・ウォーズ』だって『風の谷のナウシカ』だって生まれなかった。いやいや、「史上最も影響力のある小説のひとつ」なんて陳腐に書いたが、そんなもんじゃあない。生きとし生けるものは環境に多大な影響を与え、環境は生きとし生けるものに多大な影響を与えられている。

そんな生態学的テーマを下敷きに、宗教、政治、哲学、歴史……人間の営みにおけるありとあらゆる事柄を線で結び、宇宙の彼方にまばゆい曼荼羅を浮かび上がらせる壮大なプロジェクト。その物語は、ときに「難解」とも言われるが構造自体は王道の貴種流離譚だ。

巨大な砂虫(サンドワーム)が跋扈する砂漠だらけの惑星アラキスを舞台に、そこでしか採ることができない宇宙上で最も貴重な物質であるメランジ、通称“スパイス”を巡る争いに巻き込まれた貴族の息子、ポールが辿る過酷な運命……。資源と宗教と政治が複雑に絡みあって混乱する世界の様は、どの時代にも当てはまる普遍性がバリバリある。

これにプラスして、特異な世界観を構築する馴染みのないオリジナルな固有名詞が羅列され、とんでもなく詳細に書き込まれたディテールが折り重なり、多すぎる登場人物たちそれぞれの細かい心理描写が圧倒的物量で迫りくる。気づけば読者は陰謀と砂まみれの世界に引きずりこまれている。

ロジャー・コーマンも挑んだ実写映画化

出版直後からハリウッドを始め世界中の映画業界にも衝撃を与えていた「デューン 砂の惑星」だが、いち早く映画化を目指したのは低予算映画の王、ロジャー・コーマンだった。自身で脚本・監督も務める予定だったが実現には至らず、映画化の権利は『猿の惑星』シリーズ(1968年ほか)で知られるプロデューサーのアーサー・P・ジェイコブスに渡る。

監督にはデヴィッド・リーン、脚本にはロバート・ボルトが予定されていて、このふたりは実在のイギリス陸軍将校トマス・エドワード・ロレンスが率いた、オスマン帝国からのアラブ独立闘争を描いた『アラビアのロレンス』(1962年)を手掛けたタッグだった。『アラビアのロレンス』はフランク・ハーバートにも影響を与えていたことから、まさにうってつけ。しかしながら製作中の1973年6月27日にアーサー・P・ジェイコブスが亡くなったことで、企画は中止となってしまう。

それから2年、SF小説という名の奇峰に真っ向から挑もうと立ち上がった男がひとり。当時『エル・トポ』(1969年)や『ホーリー・マウンテン』(1973年)で台頭していたアレハンドロ・ホドロフスキーである。そんな彼の冒険が詳細に語られた映画が、『ホドロフスキーのDUNE』(2013年)だ。

ホドロフスキーが集めた天才スタッフ・奇人キャスト

1975年、ホドロフスキーはSF超大作『デューン』の製作に着手する。かのジョン・レノンとオノ・ヨーコも制作資金を援助した『ホーリー・マウンテン』が公開された後だったので、世界中の映画界ではすでに「とんでもない映画を撮る男」として有名人だった。

原作小説をもとに書かれた脚本は、ホドロフスキー味を盛大にトッピングしたもので、「LSDと同じ幻覚を、トリップせずに見ることができ、人間の心の在り方を根本から変える映画」を目指し、上映時間はなんと14時間を予定。しかし映画は1年間の準備期間の後、配給元が決まらず中止に追い込まれてしまう。『ホドロフスキーのDUNE』は、そんなホドロフスキー版『デューン』の製作過程を、ホドロフスキーをはじめとした関係者インタビューを中心に追ってゆく。

まず、ホドロフスキー言うところの「魂の戦士」ことスタッフ、キャストを集めるところからとんでもなく、大友克洋や宮崎駿にも影響を与えたバンド・デシネ作家のジャン・ジローことメビウスをキャラクターデザイナーとしてスカウト。ふたりで制作の支柱となる詳細な絵コンテを制作していて、『ホドロフスキーのDUNE』ではこれをもとに作られたアニメーションが挿入される。

特殊効果にはジョン・カーペンターの同級生で、のちに『エイリアン』(1979年)の原案・脚本・ビジュアルデザインを担当したダン・オバノン、悪役であるハルコンネン男爵城のデザインには、これまたのちに『エイリアン』のデザイナーとなるH・R・ギーガー、宇宙船などメカデザインにSF本の表紙を多く手掛けていたクリス・フォスと、大天才たちが贅沢にアッセンブル。出演者も、サルバドール・ダリミック・ジャガーオーソン・ウェルズなど歴史に名を残す一級の奇人ばかりが集められ、音楽はピンク・フロイドにフランスのプログレバンド、マグマという完璧すぎる布陣。ホドロフスキーが語る彼らのスカウトエピソードと、集められた側から語られる当時のホドロフスキーという二視点が交差したとき、完成しなかったはずの幻の映画が立ち上がってくる。

ちなみに、ホドロフスキーが目指した「観るLSDとしての『デューン』」というコンセプトはトンデモでもなんでもなく、そもそも原作者のフランク・ハーバートもマジックマッシュルームの一種シロシビンの愛好家であり、「デューン 砂の惑星」は自身のサイケデリック体験からインスピレーションを得ていた。「デューン 砂の惑星」の鍵となる“スパイス”は、フランク・ハーバート的には「貴重な資源」でもあり、サイケデリックマッシュルームのことでもある。このことはフランク・ハーバートと実際に会って話をした菌類学の第一人者ポール・スタメッツが、2005年の著書「Mycelium Running: How Mushrooms Can Help Save the World」(キノコはいかにして世界を救う?)で記している。

こんなにいた! 新・映画「デューン 砂の惑星」監督候補

ホドロフスキー版企画の頓挫の後には、ホドロフスキー版『デューン』で集結したダン・オバノン、H・Rギーガーと共に『エイリアン』を作り上げたリドリー・スコットが監督として就任する新企画も、ディノ・デ・ラウレンティスがプロデュースのもとに発足。これには原作者フランク・ハーバートも脚本家として参加したが、撮影されることなく頓挫してしまう。

そしてディノ・デ・ラウレンティスの娘、ラファエラ・デ・ラウレンティスがプロデューサーとして、1984年にデヴィッド・リンチ監督版『デューン/砂の惑星』、2000年にはジョン・ハリソン監督のテレビドラマ版ミニシリーズが作られた。リンチ版は、ホドロフスキーもリンチ自身もはっきり「失敗作だった」と言うほど汚点扱いされているが、ドラマ版に関しては原作に沿った手堅い作りがファンからは概ね支持されてはいる。でもスペクタクルは若干薄め。どちらの作品にしても「良いところも悪いところもある。やっぱり『デューン 砂の惑星』の映画化って難しいよね……」というところなのだった。

2008年になると、のちに『ハンコック』(2008年)や『バトルシップ』(2012年)を撮ることになるピーター・バーグが監督に就任して新企画が始動。「監督に就任するまで読んだことがなかった」とぶっこいたピーター・バーグは、これまでとは打って変わって父親の死により人生が一変した若者のハードな復讐譚として、R指定の筋肉アクション路線を志向。……それ、わざわざ「デューン 砂の惑星」でやらなくてよくない? というもので、いつの間にか企画は立ち消えに……。

その後はモキュメンタリーSFの傑作『第9地区』(2009年)のニール・ブロムカンプ監督、洞窟ホラー『ディセント』(2005年)のニール・マーシャル監督、リーアム・ニーソンの大ヒットアクション『96時間』(2008年)のピエール・モレル監督など何人もの監督候補が挙がるが本格始動する気配はなく、流れ流れて2011年。<レジェンダリー・エンターテインメント>が映画化権を獲得し、「『デューン 砂の惑星』の映画化は長年の夢」と語るドゥニ・ヴィルヌーヴが監督として立候補したことでプロジェクトは一気に動き出したのだった。

ヴィルヌーヴ版は原作をどう改変したのか

ドゥニ・ヴィルヌーヴ版の『DUNE/デューン 砂の惑星』(2020年)は、これまでの映像化企画のどれとも異なるものだ。ヴィルヌーヴはインタビューで「リンチ版は好きだけど、何かが違う」「ホドロフスキーが考えていた要素を私が取り入れるなんておこがましいこと」と答えていて、『メッセージ』(2016年)、『ブレードランナー2049』(2017年)と立て続けにSF作品を手掛けながら、あくまで自分が13歳の時に読んだ原作の興奮を映画で再現することを目指しつつ、自分なりの「デューン 砂の惑星」を模索していった。

そこで、ポールの成長物語を主軸にしつつも、女性たちの視点から家父長制の権力構造を描くことを優先事項に据えて脚本を執筆したという。そのため、原作以上に女性キャラクターの役割が増え、物語の鍵を握る生態学者リエト・カインズ博士の役は女性に変更している。これはヴィルヌーヴの育った環境によるところが大きく、フェミニストの母親に育てられたヴィルヌーヴはそのフィルモグラフィーのほとんどで、本人の言葉をそのまま借りると「女性性と権力の関係、社会における女性の位置」を描き続けてきたのだ。

『DUNE/デューン 砂の惑星』では、女性だけの秘密結社ベネ・ゲセリットのメンバーであるレディ・ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)が規則を破って、男性身体として生まれたポール(ティモシー・シャラメ)にベネ・ゲセリット流の訓練をしてきたことが強調して描かれる。このあたりはヴィルヌーヴの子供時代に重ねているところがあるのかもしれない。

原作の精神は引き継がれた? 鍵は『アラビアのロレンス』にあり

また、ヴィルヌーヴは『DUNE/デューン 砂の惑星』を撮る上で最もインスピレーションを受けている作品として『アラビアのロレンス』を挙げている。というのも、ヴィルヌーヴにとっての『アラビアのロレンス』は、10代の終わりに70ミリ上映を観てから「人生を変えた」ほどの映画だった。「デューン 砂の惑星」に影響を与えた『アラビアのロレンス』、それに影響を受けたヴィルヌーヴ。ヴィルヌーヴが「デューン 砂の惑星」の映画化を熱望した理由は、まさにこれだったのだ。

くわえて、長編映画を撮るまでにいくつかのドキュメンタリー作品を撮っていた経験から、できるかぎり作り物ではない自然なショットを撮ることを心がけており、とくに広大な砂漠の景色は圧巻。これは通常、背景合成で使われるブルーバックを改良した砂色の背景「サンドスクリーン」を視覚効果チームが開発して成し得たもので、これによって俳優たちを照らすぎらついた砂漠の照り返しなど、ヴィルヌーヴが望んだ自然光も多分にキャッチすることが可能となった。さすがに肝心要のサンドワームはCGIだが、できる限り現実的に描写するための手間暇をかけたアナログ手法は、他にも多く見ることができる。

ステラン・スカルスガルド演じるハルコンネン男爵は7時間かけて超肥満体型の特殊メイクを施しているし、トンボ型の羽ばたき飛行機・オーニソプターは、実際に11トンもの実機を2つも作っている。神は細部に宿る。観客を没入させる術はフランク・ハーバートからの教えであり、2部作のうちのパート1だけでも、じゅうぶん原作の持つ精神が正しく引き継がれた映画化ということがわかるだろう。

ヴィルヌーヴは『アラビアのロレンス』を「建築におけるピラミッドのようなもの」「映画史に残るランドマーク」と評しているが、『DUNE/デューン 砂の惑星』はヴィルヌーヴなりの『アラビアのロレンス』なのだろう。いまや当たり前となった配信での視聴環境に背を向け、IMAX方式での上映を大前提にした超巨大映画を作り上げたヴィルヌーヴ。続編となる『デューン 砂の惑星PART2』にも期待したい。

文:市川夕太郎

『ホドロフスキーのDUNE』『DUNE/デューン 砂の惑星』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:3ヶ月連続!SF映画~未体験惑星~」で2023年6~7月放送

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