「原作クラッシャー」出崎統の劇場版『スペースアドベンチャー コブラ』 ロマンを注入し“大人の”声優をキャスティング

スペースアドベンチャー コブラ[4Kリマスター版] ©BUICHI TERASAWA/ART TEKNIKA・TMS

日本における「アニメ映画」の先鞭作

出崎統といえば、日本アニメ界のトップ中のトップランナーであるのは間違いのないところだ。

それこそ『ガンバの冒険』(1975年)や『あしたのジョー』(1970~1971年)などの名作、『ベルサイユのばら』(1979~1980年)や『おにいさまへ…』(1991年)『エースをねらえ!』(1973年ほか)などの少女マンガ、近年だと劇場版『とっとこハム太郎』(2001年ほか)『CLANNAD -クラナド-』(2007年)など今風の幼児アニメから萌え系アニメ、『宝島』(1978年)や『源氏物語千年紀 Genji』(2009年)などの名作、古典文学まで、アニメのジャンルとして手がけていないものはないのではあるまいか、というほど精力的に作品を遺した。

また、アニメにとって主な活躍の場がTVだった時代に、劇場版として長編アニメ作品を数多く手がけたのもまた出崎だった。そんな中の先鞭を付けた1本が、この『スペースアドベンチャー コブラ』劇場版(1982年)である。

唯一無二のコミックをアニメ映画化、その後TVアニメに

出崎のアニメ映画作品は他にも存在している。彼の手腕は『あしたのジョー』や『エースをねらえ!』などの劇場版でも存分に発揮されている。長編で何年にもわたって放送されたTVの人気シリーズを、2時間弱の映画の尺にコンバートしなくてはならないのだ。

単にTVアニメを映画用にアップグレードし、絵のクオリティや動きをブラッシュアップするだけではなく、名シーンを取捨選択し、どのように編み直していくのか。これは並々ならぬセンスと努力が必要になる。『エースをねらえ!』は90分未満の尺に名場面と皆が見たかった試合のエッセンスが濃縮されて詰まっている、アニメ史上に残る作品である。

『コブラ』はこれらの作品とは異なり、初の映像化である。一からコミック世界をスクリーン上に創造し直していき、このあとTV版の『スペースコブラ』につながっていく作品だ。元々は<少年ジャンプ>に連載されており、宇宙海賊のコブラが左腕に装備した自分の思念をエネルギーとする“サイコガン”を携えて大宇宙を冒険していく物語だが、周りを彩るセクシーな美女やクリーチャー、悪役たちなど、アメリカンコミックやフレンチコミックなどの影響大な、日本では唯一無二の感覚を持ったコミックである。

今作には原作者の寺沢武一も脚本などで参加し、メカやキャラデザインなどに作者の意見が多く反映されたそうである。

「原作クラッシャー」と呼ばれた出崎演出の妙

しかし、出崎作品と言えば“原作クラッシャー”とまで言われる、基になった原作を大胆に脚色、変更するという要素、手法ではあるまいか。

『ガンバの冒険』では13匹のネズミを7匹にスリム化、個々の能力をまとめ、より『七人の侍』(1954年)化してキャラを立て分かり易くした。『ブラック・ジャック』OVA版(1993~2000年)でもオリジナルエピソードが頻出、話によっては主役であるはずのブラック・ジャックは狂言回し的になり、彼が赴き治療をする南米の革命軍の女リーダーが主役、といった物も存在したりしている。

顕著なのは原作が少女マンガの場合で、シリーズ後半からメインで監督を担当した『ベルサイユのばら』では原作よりも「革命」という要素が大爆発。少女向け宮廷コミックのアニメ化作品というよりは、革命ロマンの側面が増大した。

さらに『おにいさまへ…』では、原作単行本で1冊半程度の中編を、30話超えの大長編にブローアップ。女子校における憧れの先輩との上下関係やドロドロの人間関係、『ベルばら』のマリー・アントワネットを想起させる“宮様”など、他の出崎作品を想起させるキャラや名シーンが頻出し、「出崎大全集」と化した1本となった。その極みが、オリジナルでハーマン・メルヴィルの小説「白鯨」をSFに創案した『白鯨伝説』(1997~1998年)だろう。

時に、この大胆な改変は原作者の不評を買ったりもしたが、原作よりアニメで有名になった作品も多い。これは出崎の力によるところが大きいのは間違いないだろう。“原作クラッシャー”などと呼びつつ、今度は出崎がいったいどんなオリジナル世界を展開させるのか、と楽しみにしていた側面もある。

原作者チェックが入った『コブラ』でも出崎は、どちらかというとオフビートさもある原作に彼らしい演出、いわゆる「出崎要素」を盛り込んでいる。原作の「刺青の女」編と「黄金の扉」編の2本の物語を合体させたり、本来は敵であるギルド側の武装組織・ホワイトゴリラを<ルルージュ星解放戦線>という女性戦闘集団に変更、味方として登場させるなどの設定変更がされている。

原作や後のTVアニメで、左腕の義手を外すと現れるサイコガンを左腕が変形する仕様に変更したのは、アクションのスムーズさを重んじたのだろうか。

松崎しげる、風吹ジュン、久米明ら“大人の”声優キャスティング

様々な設定の変更、キャラ造形など、それらは要するに出崎の好む「ロマン」を注入するがため、だったのだろう。主人公コブラのひょうひょうとした生き方はもちろん、使命のためには命もかけるヒロインたちの姿勢など、キャラ造形にも出崎印を見ることができる。

何より、“コブラ”として皆が知るお馴染みのジャン・ポール・ベルモンド的な2.5枚目な姿、あれは実は身を隠すために整形した姿、という設定なのだが、作中に登場するかつてのハンサムなコブラの姿は、腕がサイコガンで長髪の偉丈夫という、出崎アニメに多く描かれてきた『宝島』のシルバー、『ベルばら』の後期フェルゼン登場シーン、『白鯨伝説』のエイハブのような、出崎の思い浮かべる“イカす男”の姿まんまである。これは是非チェックして欲しいところだ。

また『コブラ』本編にも、後の出崎的な表現が続出している。複数回(ほぼ3回)同じ動きを輪唱のように連続して描く出崎パターンも登場するし、当時としては女性のヌードもアニメでしっかり表現しているのもかなり先駆的である。さすがにそのまま描くのは問題があったのか、☆マークを巧みに用いるという、かつて新聞朝刊に載った週刊誌のグラビア広告同様の処理をされているシーンもあったりと、時代性も感じられる。

起用された声優陣も映画的だ。コブラの声を演じるのは主題歌「DAYDREAM ROMANCE」を歌い上げている松崎しげる。元々は山田康夫がキャスティングされていたが、「それでは『ルパン三世』と被ってしまうから」と没になった逸話がある。宇宙の命運を握るミロス星最後の女王、フラワー3姉妹のジェーンとドミニクはそれぞれ『地上最強の美女たち!/チャーリーズ・エンジェル』(1976~1978年)のファラ・フォーセットの吹き替えを担当した中村晃子、『蘇える金狼』(1979年)で松田優作を相手にヒロインを演じた風吹ジュンが担当し、大人の女性を感じさせる配役だ。

他にも、宿敵クリスタルボーイは任侠物や時代劇悪役で有名な睦五郎、ハンフリー・ボガートの吹替から「水曜スペシャル 川口浩探検隊」や「鶴瓶の家族に乾杯」など数多くのナレーションもつとめた久米明も出演しているなど、完全に映画的な“大人の”キャスティングである。

大作実写映画に対するアニメ映画からのチャレンジ

アニメの手法的にも、サングラスのミラーグラスに映った人物との会話シーン(実写では当たり前のこんな描写も、アニメであると考えると色々と後から凄さが伝わってくる)など、映画的な表現が多い。作中では割れた鏡を用いた画面分割、各キャラクター複数人を同時に描く“ワイプ”など、『機動戦士ガンダム』等の作品でも用いられるニュータイプの超感覚を表す分割処理といった、後のアニメ作品に影響を与えたシーンが頻出する。

明らかに当時のハリウッド産SF映画などに対して、アニメがどう対抗しうるか、を考えて意識して作っている感じが作品全体に満ちている。雪の惑星での様々な乗り物でのチェイスや戦闘、未来的都市でのアクションやライトセーバーを想起させる決闘シーン等『スター・ウォーズ』を想起させるシーンも多い。

また、コブラとクリスタル・ボーイの初対決、鏡張りの部屋での対決シーンは『燃えよドラゴン』(1973年)のクライマックスから着想を得ているだろう。このように、大作実写映画に対するアニメ映画からのチャレンジを感じることができる。

この頃、実写でも東映の『宇宙からのメッセージ』(1978年)のように、日本映画全体が挑んでいたハリウッド特撮映画の波に、出崎もアニメ“映画”でチャレンジしていたと言える。TVの「4:3」の画角が主だったアニメのメディアで、映画の「16:9」の画角を用いて、横長の画面をワイプなどで分割し、男女の想いの隔たりを心情表現に用いたり、広くなったスクリーンで何が可能なのか、またどこまでできるのかを色々試している(前衛的な手法は『哀しみのベラドンナ』(1973年)など日本アートアニメの影響も濃厚だ)。そんなアニメ映画草創期の攻めた表現を多数、味わうこともできる。

単に子供向けのアニメを大人向け、劇場用にコンバートするだけではなく、自分たちの作ってきた日本アニメが、ハリウッド映画とどれだけタメを張って競えるのか? というチャレンジを感じることができる。実際、海外でも『スペースアドベンチャー コブラ』は評価が高く、今でも製品化され観られ続けているというあたりも、それをよく物語っている。日本アニメの持つポテンシャルを改めて思い出させてくれる、いま観直しても全く古さを感じさせない作品だ。

文:多田遠志

『スペースアドベンチャー コブラ[4Kリマスター版]』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:3ヶ月連続!SF映画~未体験惑星~」で2023年6~7月放送

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