古典テルグ語映画は「声」が命? NTR Jr.主演のラージャマウリ監督作『ヤマドンガ』から“パディヤム”を学ぶ

『ヤマドンガ』

『ヤマドンガ』はS.S.ラージャマウリ監督による2007年のテルグ語作品。主演のNTR Jr.のキャリアの中で画期となったヒット作です。

人間界と冥界とを往復するファンタジー

ケチなコソ泥をやって暮らしている主人公ラジャは、ある日暴漢に襲われかけていた大富豪の娘マヒを匿います。彼女を親族のもとに送り届けるのと引き換えに身代金をせしめようとしたところが、返り討ちにあってあえなく命をおとすことに。冥界に送られ審判を待つ身になりながら、閻魔大王から権威の源であるヤマパーサム(死の捕縄)を奪い、最高権力者になろうとする、というのが途中までのストーリーです。

本作に関しては以前に別の場所でアウトラインを書いたので、あまり重複しないようにして、より深堀りしたトピックをご紹介したいと思います。本作のために主演のNTR Jr.が一念発起して体形をスリム化して観客を驚かせたこと、現代の社会に神話の神様が現れて人間と交流する「ソシオ・ファンタジー」と呼ばれるインド独特のサブジャンルについては、そちらをご一読下さい。

NTR Jr.の祖父はテルグ語映画史のスーパースター第1世代

本作は現代の都市ハイダラーバード、つまり人間界での主人公の活劇と、冥界での大立ち回りから構成されます。前者ではNTR Jr.の切れ味のいいアクションとスタイリッシュな超絶技巧ダンスが詰め込まれ、後者では冥界で選挙を行うという馬鹿馬鹿しいコメディが、過ぎ去ったテルグ語神話映画の黄金時代(1950〜60年代)へのノスタルジーと共に繰り広げられます。

この1950〜60年代は、NTR Jr.の祖父である名優NTRシニア(1923–1996)をはじめとしたテルグ語映画史のスーパースター第1世代が活躍した時期です。ちなみにラーム・チャランの父チランジーヴィ(1955–)は1978年デビューで、スターとしては第3世代になります。

第1世代スターたちが活躍したのは、映画に先行して大衆娯楽の王座にあった巡回演劇(カンパニー・ドラマ)の影響を色濃く残していた時代です。俳優自身が舞台出身のケースも珍しくなく、また盛んに作られたヒンドゥー教の神話映画も巡回演劇のレパートリーから、そのまま引き継がれたものが多かったのです。

往年の「声」を重視する文化の残照

ここで注目したいのは、本作中盤の冥界シーンにおけるオーラルな表現、つまりセリフの重要性です。古い時代の演劇の世界で重んじられていたのは、演じ手の見た目よりも、まず同じ空間を共有する観客に向けられた「声」でした。もちろん舞台上の役者の身体性も重要なのですが、それと同等に、発声のプロとしての役者が、皆の母語であるテルグ語の練り込まれた名文をいかに見事に朗じるかが大切でした。

この美意識は20世紀の映画の世界にも引き継がれ、たとえ顔の造作の美しさや肉体美などを備えていても、セリフをきちんと発声できない俳優はスターにはなれなかったのです。

例えば、モーハン・バーブが演じる閻魔大王がインドラ神の天上の宮廷に登場して大見得を切るシーン(45分あたり)、彼は自身を最大限の美麗美句で讃えながら名乗りを上げます。この部分はテルグ語でパディヤム(または複数形パディヤール)と呼ばれる浪曲のようなものです。これは舞台劇で多用されていた朗誦で、映画中では専門の歌手によって吹替えられます。ここでは吹替え歌手のマノーによって歌われ、「Srikarakarunda」のタイトルでサントラCDにも収録されています。

このようなパディヤムは1960年代末ごろまでの南インドの神話映画の中に頻繁に現れ、時には現代劇に採用されることもありました。筆者の観察の範囲内では、南インドの中ではテルグ語映画で最も長く残存していました。こうした節回しをつけて唸る仰々しい韻文にうっとりと聞き入るという鑑賞スタイルが、かつては観客の間で一般的だったのです。

一周回って斬新なレトロ

そしてNTR Jr.の見せ場のひとつである、閻魔大王への挑戦(1時間27分あたり)。閻魔が「ケチで身勝手な、たかが人間の分際で」と口走ったことへのラジャの反論「ヤマ! 今何て言った?」から「どうだ?」までの2分にわたる演説では、その活舌から、アーティキュレーション、表情の作り方まで、NTR Jr.の演技者としての卓越が華麗に披露されます。これが舞台劇だったなら、芝居はここで中断して拍手喝采タイムとなったでしょう。

監督がこうしたオーラルな演技をハイライトと考えていたのは、サントラCDとは別に、グッとくる場面のセリフだけを収録した「ダイアログCD」が発売されたことからも明らかです。このCDは現在はもう入手できませんが、YouTubeに公式音源としてアップロードされています。

実はこのようなダイアログ音源は、ホームビデオが普及する以前の時代のインドではカセットテープで盛んにリリースされていました。役者のセリフを繰り返し聞いて味わうという文化があったのです。そうした過去の遺物を、本作の作曲家M.M.キーラヴァーニの個人レーベル<Vel Records>からわざわざリリースすること自体が、斬新なプロモーションで知られるラージャマウリ監督の狙い澄ました洒落だったのです。

『ヤマドンガ』は、現代的でスピーディーなアクションやダンスと共に、過ぎ去った大いなる時代へのノスタルジーを、セピア色ならぬ金ピカ極彩色で描いた楽しい地獄絵図なのです。

文:安宅直子

『ヤマドンガ』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「ハマる!インド映画」で2023年6~7月放送

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