ブリンケン米国務長官の訪中

澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・ブリンケン米国務長官、外交トップとして5年ぶりに中国訪問。

・バイデン大統領の習主席との電話会談要求は何ヶ月も拒否されている。

・共和党は、民主党によるトランプ弾劾の敵を討とうとして下院でバイデン弾劾訴追を目論んでいる。

今年(2023年)6月18~19日、アントニー・ブリンケン米国務長官が外交トップとして5年ぶりに中国を訪問(a)した。ブリンケン訪中に先立ち、米重鎮ビジネスマンら(マイクロソフトのゲイツ、テスラのマスク、JPモルガンのダイモン)の中国訪問が相次ぎ、米中間の経済的「デカップリング」に強く反対している。

さて、習近平政権の基本外交姿勢(b)とはどんなものか。

中国国民や近隣諸国に米国と対等な立場であることを示すため、ワシントンが北京に対して何らかの礼儀、何らかの敬意を示さない限り、話し合いを拒否する。したがって、習近平主席との電話会談を求めるバイデン大統領の要求は何ヶ月も拒否(c)されている。

一方、ワシントンは、たとえ恥を忍んでも、北京との対話再開を熱望する理由があるか。

第1に、ネット上では、バイデン大統領が副大統領在任中、中国との賄賂絡みの取引に関与していた(d)と疑われている。

米共和党は、バイデン大統領が中国に急所を握られているのではないかと考えている(c)かもしれない。そのため、バイデン自身が指導力を失わないよう中国側との意思疎通ライン確立を切望した。他方、共和党は、民主党によるトランプ弾劾の敵を討とうとして、下院でバイデン弾劾訴追を目論んでいるという。

第2に、バイデン政権は「米国は中国共産党の支配を変えるつもりはない」と公言している(つまり、米国は中国での「カラー革命」の推進や習政権の打倒を目指していないという意味)。

しかし、民主・共和両党は同盟国と組んで経済・貿易・技術の禁輸― “中国包囲網”構築―に邁進している。そこで、中南海は「米中は競争しても敵対しない」という米国の従来の立場を信頼できず、今回、ブリンケン長官を冷遇したのではないだろうか。

第3に、ブリンケン長官の記者会見は、「一中政策」を繰り返し、台湾海峡における中国の挑発行為に懸念を表明した。そして、米国は「台湾の独立を支持しない」(「台湾独立反対」よりも弱い)、「台湾海峡両岸の現状維持を望んでいる」、「台湾海峡での武力衝突は世界経済危機の引き金になる」と強調している。

だが、いずれも中国共産党に対し「武力行使をするな」、「さもなければ米国も黙ってはいない」、と警告する“外交的表現”だろう。

習政権は航空機や艦船による台湾への継続的な“嫌がらせ”をしている。一方、米国は台湾へ武器売却を増大し、米台の軍事協力を密接に行っている。そのため、米中間での相互信頼を築くのが難しい。また、北京はワシントンが「台湾独立」に関して“暗黙の支持”をしているのではないかと疑っている(e)。

第4に、ブリンケン訪中で、米国は中国経済崩壊を望んでいないことを伝えた(c)という。

けれども、米国が中国に対し再び技術を開放し、貿易や関税の優遇措置などを提供するよう中国が期待するのも“非現実的”である。他方、ナイキやアディダスが中国から撤退し、アップルがフォックスコンに中国からの撤退を要請しているという(フォックスコンはインドへ進出か)。

第5に、ウクライナが大規模な反攻を開始した。仮に、ロシア軍が敗北したら、プーチン大統領が核兵器を使用する(f)かもしれない。それをどう防ぐかも、ワシントンが北京との対話再開を熱望した理由かもしれない。

実は、先月、サリバン国家安全保障問題担当補佐官は、ウィーンで王毅中央外事工作委員会弁公室主任と会談(g)している。米中間の対話チャンネルには事欠かない。結局、王毅主任がブリンケン長官を怒鳴りつける等の“侮辱”は、バイデン大統領を激怒させ、「習主席は独裁者」(h)とまで言わしめた。

〔注〕

(a)『中国瞭望』「米中会談で明らかになった10の異変:世界は、本当に変わった」(2023年6月18日付)

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(b)『米国のスタンス』「米国に圧巻の包囲網を敷かれた中国共産党は、外界に“汗”をかかせようとする」(2023年6月11日付)

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(c)『米国のスタンス』「自業自得の屈辱、バイデン政権は一体何をやっているのか?」(2023年6月20日付)

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(d)『米下院監視委員会』「コーマー監視委員長が、バイデン一族が中国のエネルギー会社から報酬を受け取っていたことを明らかにする」(2023年3月16日付)

(https://oversight.house.gov/release/comer-reveals-biden-family-members-receiving-payments-from-chinese-energy-company%EF%BF%BC/)

(e)『中華人民共和国外交部』「米外交部の楊涛局長は、米側が『一つの中国政策』の核心として台湾問題の平和的解決に言及したのは、政治的公約を歪曲したものだと指摘」(2023年6月21日付)

(https://www.fmprc.gov.cn/wjdt_674879/sjxw_674887/202306/t20230621_11101653.shtml)

(f)『美国之音』「バイデンはプーチンの戦術核使用の脅威は “現実的”だと語る」(2023年6月21日付)

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(g)『中華人民共和国外交部』「王毅、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と会談」(2023年5月12日付)

(https://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/202305/t20230512_11075777.shtml)

(h)『万維ビデオ』「北京がブリンケンに屈辱を与えたが、バイデン大統領はそれに怒る」(2023年6月21日付)

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トップ写真:ブリンケン国務長官とバイデン大統領(2023年6月13日、ワシントンD.C.ホワイトハウス)出典:Photo by Alex Wong/Getty Images

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