そうじゃ食堂 くうねるあそぶ ~ 子どもも大人も集う、遊んで学べるこども食堂

日本で生活している18歳未満の子どものうち、およそ7人に1人が十分にご飯を食べられない状態にあるといわれています。

世界のなかでも日本は先進国とされていますが、実は見えにくい貧困が広がっているのです。

こども食堂は、貧困状態にある子どもたちに向けて、栄養のある食事を支援する取り組み。

昨今の日本でもこども食堂の取り組みが広がりつつありますが、まだ認知度が高いとはいえません。

実は、岡山県総社市で地域の子どもたちのために、本業とは別にこども食堂を立ち上げた会社員がいます。

総社市出身の森川哲也もりかわ てつや)さんは、地域の子どもたちのために、こども食堂「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」を設立。

お腹を満たすだけでなく心も満足させるためのイベントを、こども食堂を通じて企画してきました。

森川さんは「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」を通じて、どのように子どもとかかわっているのか、そしてどうしてこども食堂を立ち上げたのかを紹介します。

そうじゃ食堂 くうねるあそぶとは?

2017年11月に総社市内にこども食堂「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」が設立されました。

「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」はどのような経緯で、どのような催し事をしているのかを紹介していきます。

そうじゃ食堂 くうねるあそぶの概要

「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」は、コープ総社東で開催されているこども食堂です。

毎月、第3日曜日か第4日曜日の午前中におこなわれています。

子どもの育ちを支援する重要な役割を果たしている子ども食堂は、子どもの貧困対策や地域交流の拠点として重要な役割を果たしています。

2023年5月のおもな活動は、お弁当の配布や日用品食料品の無料配布

そして、「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」ならではの取り組みとして、子どもたちの遊び場も提供しています。

新型コロナウイルス感染症が拡大する以前は、支援してもらった食材を使った料理を参加者と一緒に楽しむ食事会を開催していました。

また、総社市内で活躍するマジシャンによるマジックショーを楽しんだり、国際協力NGOを招いてダンボールベッドを組み立て、災害時の避難所生活を体験したり、子どもたちが楽しみながら学べるイベントも企画してきました。

運営メンバーは、代表 森川哲也さんの想いに賛同して集まった地域の大人たち。

そして、総社市内の高校生たちもボランティアとして活動を手伝っています。

代表 森川哲也さんの経歴

そうじゃ食堂 くうねるあそぶの代表 森川哲也さん

「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」の代表 森川哲也さんは総社市出身で、現在は岡山市に住んでいます。

本業は、倉敷市内にある衣料品小売の会社で、総務経理にかかわる仕事です。

総社市では地域活動、岡山市では生活、倉敷市では仕事という3つの拠点で活動を続けてきました。

こども食堂の設立を思い立ったのは、森川さんが40歳の誕生日を迎えたとき。

森川さんは子育てをするなかで、経済的な事情で食べものに困っている子どもたちの存在を自分ごととして認識するように変化していったそうです

何か自分にできることはないかと思い立ったのが、こども食堂でした。

その後、総社市社会福祉協議会地域のさまざまな委員の力を借りながら、1年後に「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」を設立。

2017年から毎月かかすことなく、こども食堂を企画してきました

そうじゃ食堂 くうねるあそぶに参加してみた

全国的に拡大しているこども食堂。

そのなかでもコープ総社東の2階で開催している「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」は、どんなこども食堂なのでしょうか。

そうじゃ食堂 くうねるあそぶが始まる前

総社南高等学校の生徒とミーティング

筆者は、2023年5月28日(日)に開催されたこども食堂に参加してきました。

その日は、総社南高等学校の生徒たちが9名ボランティアに来ていました。

高校生たちの担当は、会場のレイアウト支援品の仕分け・設置の手伝い係と、調理場での栄養委員さんの補助係の2つです。

筆者は、会場の仕分けグループに加わり、森川さんや高校生たちと一緒に打ち合わせをしました。

筆者たちのグループは開店までの1時間の間に、日用品や食料品を並べたり、30kgの米袋からナイロン袋に小分けしたりと、高校生たちが手際よく準備を進めていました。

となりで同時に作業を進めていた調理の手伝いをおこなうグループでは、地域の栄養委員からの指示を受けながら、こども食堂で提供するお弁当作りの補助をしています。

総社南高等学校生徒 調理補助のようす

そうじゃ食堂 くうねるあそぶ スタート

受付をする総社南高等学校の生徒

午前10時を過ぎると参加者がちらほらと集まり始めます。

開始時間の午前10時30分になると、「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」ののれんを出して、受付開始です。

今回の目玉料理は、チキンカツ弁当

80食限定なので整理券を渡します。

大人100円、子ども無料ということもあり、長い行列ができていました。

お弁当が出来上がるのは、午前11時30分なので時間があります。

それまでは塗り絵をしたり、絵をかいたりして、高校生たちが子どもたちと一緒に遊んでいます。

高校生たちとおしゃべりしながら楽しそうに過ごしている子どもが微笑ましく感じました。

お弁当の配布が始まる前に、1回目の食料品と日用品の無料配布がおこなわれます。

配布品には制限があるので、あっという間になくなっていました。

午前11時30分になり、整理券の番号順にお弁当を手渡していきます。

80食限定のチキンカツ弁当もすぐに完売。

最後に、2回目の食料品と日用品の無料配布がおこなわれ、こども食堂の行事はすべて終了しました。

目玉のチキンカツ弁当

参加者のようす

企画の参加者は、合計で123人。

参加者には、10か月の赤ちゃんを抱いているお母さんもいました。

話を聞くと、初めての参加とのこと。

小学校に通う子どもが持ち帰ってきたチラシがきっかけで「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」を知ったそうです。

「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」の行事が終わったあと、代表の森川哲也さんにこども食堂についてお話しを聞いてきました。

代表 森川哲也さんへインタビュー

森川さんは、どのようなことがきっかけで「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」を設立したのでしょうか。

「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」が出来た経緯、そして森川さんの想いを聞いてきました。

そうじゃ食堂 くうねるあそぶができるまで

──「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」を始めたきっかけは?

森川(敬称略)──

きっかけのひとつは、子どもが2人生まれたことです。

今まではまったく気に留めていなかったのですが、貧困問題などの子どもをとりまく社会環境について、当事者としての意識が芽生えてきたんです。

自分の子どもはもちろんのこと、地域の人々みんなが笑って過ごせる居場所を作りたいと考えるようになりました。

そしてもうひとつは、故郷である総社の町に恩返しがしたいという想いがあったことです。

自分にできることはないかと調べていると、「こども食堂」というキーワードが目に留まりました。

「こども食堂」であれば、特別な資格や経歴はいらない。

心意気さえあればできるとわかったので、40歳の誕生日に一念発起しました。

──社会福祉活動とは縁がなかった森川さんは、最初にどのような行動をしたのでしょうか?

森川──

まず取り掛かったことは、誰でもやれるインターネットでの調査。

当時は、「総社 こども食堂」で検索しても1件も出てきませんでした。

なぜなら、当時は総社に1件もこども食堂がなかったのです。

そして、次に「総社 子育て」で検索してみました。

すると、NPO法人保育サポート「あい・あい」という総社市内を中心に子育て支援をおこなっている団体が見つかりました。

何かヒントが得られると考え、すぐにNPO法人保育サポート「あい・あい」を訪問します。

こども食堂を設立したいことを職員に伝えると、総社市社会福祉協議会を紹介してくれました。

──どのように地域とかかわりを広げていったのでしょうか?

森川──

初めて総社市社会福祉協議会を訪ねたとき、事務局長とセンター長が対応してくれました。

総社市にこども食堂を作りたいという想いを伝えると、「ほかにも同じ想いをもった人がいると思うので、そのひとたちを集めて、話し合いをしてはどうか」と提案してくれました。

そこで、こども食堂の設立に賛同してくれる人を集めるために、こども食堂の仕組みについてまとめたチラシの制作を始めます。

子どもたちを支援したいという想いも言葉にまとめ、総社市内にある関心の高そうな人へ配布しました。

こども食堂に賛同してくれる人を探すなかで、会場を提供したいと手をあげてくれたのがコープ総社東です。

また、こども食堂の運営だけでなく、支援を必要とする子どもにも情報を届けなくてはなりません。

そこで訪ねた場所が、総社小学校です。

対応してくれた総社小学校の副校長は、私が小学校高学年だったときの担任です。

私のことを覚えていてくれて、こども食堂の開設を快く引き受けてくれました。

森川さんの想いに賛同してくれ一緒に活動をしているかたがた

──「くうねるあそぶ」の名前の由来は?

森川──

1980年代後半に流行した自動車のテレビコマーシャルで、「くうねるあそぶ」というキャッチコピーが、ずっと頭の片隅に残っていました。

子どもが生まれ、一緒に遊ぶようになってからは、合言葉として口ずさむようになります。

子どもの成長には、「よく食べる・よく寝る・よく遊ぶ」ことが大切だと思いますので「くうねるあそぶ」に名前を決めたのです。

そうじゃ食堂 くうねるあそぶと森川さんの活動

そうじゃ食堂 くうねるあそぶ チラシ

──チラシは誰が制作しているのでしょうか?

森川──

「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」では、イベント告知用のチラシを、毎月制作しています。

設立当初は、文章だけでチラシを作っていたので、子どもたちからの反響はほとんどありませんでした。

そのころ、別の案件でイラストを描ける人を探していたのですが、社会奉仕団体 総社ロータリークラブから以前総社市の広報誌などで四コマ漫画を手掛けていた冨永洋(とみなが ひろし)さんを紹介してもらいました。

こども食堂の企画について賛同してくれた冨永さんは、チラシの制作に協力してくれることになったのです。

イラストが入ったチラシは効果絶大

たくさんの大人や子どもたちがこども食堂へ訪れるようになりました。

ちなみに先ほどお伝えした別の案件とは、絵本とCDの制作です。

私は絵本などに添える詩を書くこと、そして歌うことは得意なのですが、イラストを描くのは苦手です。

冨永さんをはじめ、総社ロータリークラブにご協力いただき、絵本を500冊制作。

こども食堂を開催するときには、1冊500円で販売し、こども食堂の活動資金にしています。

また自主制作したCDは、こども食堂開催のときにBGMとして流し、会場を盛り上げています。

出版した絵本「きたよ」

──誰が、どんなところにチラシを配布しているのでしょうか?

森川──

休日を利用して、総社市内の小学校や幼稚園へ手渡しでチラシを届けています。

2023年5月28日のこども食堂の開催のために配付したところは、15か所。

何度も繰り返し施設や学校を訪問していると、顔を覚えてもらえるようになるんです。

人とのかかわりが増えることで、こども食堂への理解や認知度が広まり、プラスの効果をもたらしていると思っています。

「賞味期限が近い食料品があるよ」と町で声をかけてもらったり、突然支援品寄付の電話がかかってきたりと予想もつかないありがたい話が舞い込んでくることもあるからです。

また、同じ施設だけに届けていてはこども食堂の認知が広がらないので、新しい場所へ出向くように心がけています

──これまでどのような企画をおこなってきたのでしょうか?

森川──

新型コロナウイルス感染症が拡大する以前は、食事メニュー遊びメニューの2本立てで会を運営していました。

食事メニューでは、みんなでカレーを食べたり、クリスマスだとケーキを作ってみたりして、食べる楽しみをみんなで共有します。

遊びメニューでは、地域のマジシャンによる手品や絵本の読み聞かせなど、ゲストを招待して催しをおこないました。

また、遊びながら学べるように、点訳(文字を点字にすること)の講師に来てもらい名刺を作ったこともあります。

手話の講師を招待したときには、みんなでオリジナルの手話をつけて歌いもしました。

さらに防災教育として、避難所で使うダンボールベッドを実際に組み立てたこともあります。

しかし新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置や、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が出ると会場が使えなくなりました。

いよいよ再開となったときも、やはり今までのようなスタイルはできません。

チャンスはチャンス、ピンチは大チャンス」と考え、他のこども食堂を参考にしながら、お弁当の配布や日用品、食料品の無料配布をおこなうようなスタイルへと変えて対応していきました。

食事提供のようす(写真提供:そうじゃ食堂 くうねるあそぶ)

森川さんの行動力と情熱

──アイデアを出すうえで大切にしていることはありますか?

森川──

インターネットでの検索、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を活用して、情報を集めています。

全国にあるこども食堂の件数はおよそ7,000件で、総社市内は9件。

参考になる企画はたくさんあるので、面白いと感じるものは取り入れています。

しかし、こども食堂の運営方法はさまざまです。

毎日開催しているところもあれば、私たちと同じように月1回というところもあります。

また、企業や飲食店が運営していることもあれば、私たちのように地域住民が自主的に活動しているところもありました。

そのため他のこども食堂の企画をそのまま実施するのではなく、「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」に合ったやり方にアレンジしています。

企画を考えているときは、お祭りの準備をしているようなワクワクとした感覚になります。

新型コロナウイルス感染症拡大以前のチラシ しょくじとあそびのメニュー

──家庭、仕事、地域活動を両立させる工夫は?

森川──

家族は、私のこども食堂への熱意を理解してくれています。

私にはゴルフや釣りなどの趣味はなく、こども食堂が私の癒しになっていて、自分が遊んでいる感覚なのです。

また仕事は仕事、地域活動は地域活動とまったく切り離して考えています。

こども食堂では、法被(はっぴ)を羽織り、総社市のマスコットキャラクター チュッピーの人形を持ってエンターテイナーになりきっています。

岡山市の自宅と倉敷市の職場、こども食堂と実家の総社市。

3つの拠点を毎月ぐるぐる回っている自分が楽しいのです。

楽しんでいる私の活動を見て噂になり、集まってくる子どもたちがいるからこそ、もっと楽しいことをやっていこうと思うのです。

──活動をするうえで大切にしていることはありますか?

森川──

人と直接会うことを大切にしています

新型コロナウイルス感染症が拡大し、人と人が会う機会が少なくなってしまいました。

外出自粛が強いられていたときも、インターネットで時間や場所に関係なく、人と会話ができたことは便利だったと思います。

しかしインターネットを通じたコミュニケーションでは、情報が限られていて体験を共有できません。

たとえば、イベント会場に大勢の人が集まったとき、思いもよらない出来事が起こることがあります。

そういった偶然の出来事は、参加者が同じ空間にいるからこそ一緒に楽しめます

同じ空間に集まることでしか共有できない感情があるのです。

また実際に顔を合わせて話をするからこそ、親しみを覚えてご縁がつながっていきます。

実際に私もこども食堂設立にあたりたくさんの人と話をして、そこから力になってくれるひとたちに巡り合い、今に至っているのです。

だから、私はたくさんの人たちにこども食堂へ来てもらい、そこで出会いを作ってほしいと思っています。

そうじゃ食堂 くうねるあそぶに参加して

こども食堂が始まる前、ボランティアに参加した高校生たちは時間に追われながら、お弁当を作ったりたくさんの子どもたちのお世話をしたりと、かなり忙しく過ごしていました。

ところがイベント終了後のみんなの顔は、生き生きとした表情になっていました。

きっと、高校生にとって誰かのために働くことは、貴重な体験だったのでしょう。

またこども食堂の会場で子どもたちが走りまわり、楽しそうに遊んでいる横で、保護者同志が話をしているようすも伺えました。

「そうじゃ食堂 くうねるあそぶ」で笑顔になっていたのは、子どもたちだけでなく、高校生も保護者も会場にいる全員も。

こども食堂をきっかけに人間関係を築くこと」という森川さんの願いが実現された空間が生まれていました。

筆者も高校生たちと会話したり、お絵描きをしている幼児に話しかけたりと、普通の生活をしていたらなかなか出会えない人々との会話に、心が温まり楽しい時間が過ごせました。

おわりに

子どもたちの前では、エンターテイナーとして子どもたちを楽しませよう、笑わせようとアイデアを巡らせている森川さん。

目的はそうじゃっ子の幸せのために

誰に対しても柔軟に対応し、相手の意見を取り入れ尊重する姿に、地域の人々も共感し応援をしてくれるのでしょう。

森川さんの信念と真摯(しんし)な姿勢に、筆者も深い感銘を受けました。

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