【F1チームを支える人々(3)スティーブ・アトキンス/マクラーレン】大使館やサッカー界での実績を持つPR部門のベテラン

 F1チームには多数の人々が関わり、さまざまな職種が存在する。この連載では、普段は注目を浴びる機会が少ないチームメンバーに焦点を当て、その人物の果たす役割と人となりを紹介していく。今回取り上げるのは、マクラーレン・レーシングのチーフ・コミュニケーションズ・オフィサー(最高コミュニケーション責任者)を務めるスティーブ・アトキンスだ。

 コミュニケーションおよびPR部門で30年の経験を持つアトキンスは、マクラーレン・レーシング・エグゼクティブチームの一員として、CEOザク・ブラウン直属の最高コミュニケーション責任者に任命され、2022年12月1日にマクラーレンに加入した。前職はチェルシー・フットボールクラブのコミュニケーションおよび広報担当ディレクターだ。

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 F1界で極めて高いレベルの仕事をしていながら、一般の人たちにはそれが知られていないチームメンバーが大勢いる。たとえば、ビジネスの最も重要な側面にかかわる職務を担い、他のチームメンバーは誰も知らない情報にアクセスできるようなポジションの人間だ。彼らはチームの中で非常に重要な存在だが、だからといって一般的に有名だとは限らない。

 レッドブルの上級エンジニア、ロブ・マーシャルや、フェラーリのビークルコンセプト責任者を務めたデイビッド・サンチェスが、マクラーレンに加入することが発表された時には、大きな注目を集め、メディアで大々的に報じられた。しかしそういった場合に比べると、比較的静かに、重要な人物が加入しているケースが多々ある。

 スティーブ・アトキンスは、昨年12月にマクラーレン・レーシングに加入し、現在チーフ・コミュニケーションズ・オフィサーを務めている。それ以前にはイングランドのプロサッカークラブ、チェルシーFCでコミュニケーションおよび広報担当ディレクターを務めており、それよりさらに前には驚くような重要な組織でキャリアを築いてきた人物だ。

スティーブ・アトキンス(マクラーレン・レーシングのチーフ・コミュニケーションズ・オフィサー)

■ワシントンのイギリス大使館でジュニア・プレスオフィサーを務める

 努力してF1の世界まで上り詰めた人々の多くがそうであるように、アトキンスは若いころに正規の教育から離れ、経験を通して世界について学び始めた。彼の父親はイギリス空軍に所属していたため、彼は学生時代に各地を転々とした。

 イギリス外務省からの要請を受け、アトキンスは1992年からワシントンDCのイギリス大使館で勤務することになった。世界の超大国の中枢で、緊密な関係にあるイギリスとアメリカの両国にかかわる環境のなかで、彼は両者が関与する討議に関心を持ち、それが報道業務への親近感を高めることにもなった。

 アトキンスは、ワシントンのイギリス大使館の報道官から高い評価を受けて、1997年にジュニア・プレスオフィサーに就任した。彼は就任直後から、大きな事件に対応しなければならなかった。アメリカの人々にも大きな衝撃を与えた1997年のダイアナ妃の死去、2001年のアメリカ同時多発テロ事件/9.11事件、その後のアフガニスタン侵攻、イラク侵攻などだ。

 F1はプレッシャーが非常に高いスポーツであるといわれるが、アトキンスはおそらくそれ以上の緊張を経験してきたといえるだろう。たとえば、チャールズ皇太子(現国王)とカミラ夫人の夫婦としての初めてのアメリカ訪問や、エリザベス2世にとって最後のアメリカ公式訪問に関する業務も経験しているのだ。

■チェルシーのコミュニケーション&広報ディレクターとしてメディアとの信頼関係を築く

 長くこの仕事に取り組んだ後、アトキンスがイギリスへの帰国を考えていた時、チェルシーから声がかかった。そうして彼は16年にわたるワシントンでの生活を終えて、プレミアリーグの世界で、コミュニケーションおよび広報関係の仕事をすることになった。チェルシーがアメリカでのプレシーズンツアーの際にアトキンスが協力したことからつながりが生まれ、それがきっかけで、彼は全く異なる環境へと足を踏み入れることになった。

 所属する組織から発信する情報は生死にかかわるようなものではなくなったが、サッカーは世界中の何十億人もの人々が注目するスポーツであるため、派手な見出しをつけるためには真実を軽視することを恐れないようなメディアが多数存在する。

 それまでチェルシーは、不本意な報道がなされた場合には、関係するジャーナリストの出入りを禁止したり、定期的に法的措置を取るなどして対応してきた。しかしアトキンスはそれとは異なるアプローチを取った。時には非常に多くの政治的な側面に対応しなければならない状況のなかで、報道機関とサッカークラブの間に、それまでよりはるかに信頼し合える環境を彼は作り出した。

 そういった大改革には時間がかかるものだが、チェルシーが浮き沈みを経験するなかで、彼のアプローチは見事に機能した。2022年初めにはクラブワールドカップで勝利し、チェルシーはアトキンスが所属していた時期に、すべてのトロフィーを勝ち取った。その後、オーナーが交代、成功を再現するために目標を再設定することになった。アトキンスにとっては、14年所属した場所から離れ、新たなチャレンジを見つける、適切なタイミングだったといえるだろう。

■ザク・ブラウンの熱心な要請を受けて、モータースポーツの世界へ

 その新たなチャレンジの場となったのが、マクラーレンだった。トップレベルのエンジニアやデザイナーと同様に、アトキンスの移籍は、何カ月にもわたる、長期かつ徹底的なプロセスで行われた。CEOザク・ブラウンは、アトキンスの獲得を非常に強く望み、チームの文化や将来のビジョンなどを示して、彼を説得した。

ザク・ブラウン(マクラーレン・レーシングCEO)

 チーフ・コミュニケーションズ・オフィサーとしてアトキンスは、チームの財務責任者や人事責任者と並ぶトップのポジションに就いた。ブラウンにとって最も信頼できるメンバーのひとりであり、かつての栄光を取り戻すために奮闘しているマクラーレンからのメッセージ発信という重要な役割を担う中心的存在である。

 彼が仕事に取り組んでいる姿を見たり、その言葉を聞いたりする機会は、一般の人々にはめったにないだろうが、彼は、あらゆる面で容易とはいえない任務を担っている。しかし、彼がキャリアのなかでさまざまな難しい問題に直面してきたことを考えると、この困難な役割にふさわしい人物であるといえるだろう。

2023年F1第9戦カナダGP オスカー・ピアストリとランド・ノリス(マクラーレン)
マクラーレン・テクノロジー・センター

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