クルド人を絶望の淵に落とす、日本の入管難民法改正 差別と弾圧に加えて大地震…「故郷で生活できない」のに強制送還か

エリフさんと娘

 埼玉県川口市に住むクルド人のエリフさん(30)=仮名=は2019年、トルコから日本に渡ってきた。母国での生活に身の危険を感じたからだ。トルコ政府は長年、クルド人に対して言語や独自の文化を禁じ、同化政策を進めてきた。特に1990年代に弾圧は激しさを増し、多くの人が日本に逃れた。20年以上続くエルドアン政権下でも、クルド系政党などへの弾圧はやんでいない。
 エリフさんも弾圧や迫害を感じながら生活してきた。知人たちは反政府デモに参加しただけで次々と逮捕。デモに参加中、警察が投げたガスボンベが頭に当たって亡くなった人もいる。政治活動をしていた妹夫婦は、身柄の拘束を恐れてエリフさんより1年早く日本に逃れた。
 平穏に暮らすための来日だったが、現在は恐怖に怯えている。6月に国会で改正入管難民法が成立したためだ。難民申請が2回退けられると送還対象とされる。もし母国に送還されたら、とても普通に生活はできない。現に日本から送還直後に逮捕され、裁判にかけられた人もいるという。(共同通信=赤坂知美)

国会前で行われた抗議集会で、入管難民法改正案に反対する市民ら

 ▽「国を持たない最大の民族」
 クルド人はトルコ、シリア、イラク、イランなど中東地域を中心に推定約3千5百万人が暮らすとされる。第1次世界大戦後、クルド人の住む地域が国境で分割され、「国を持たない最大の民族」と呼ばれる。
 トルコでは少数民族として認められず、深刻な差別や迫害を受けている。たとえば、政府はクルド人を監視するため、ジャンダルマ(憲兵)が居住地域を定期的に訪れる。役所でも、書類の発行をわざと1カ月も遅らせるなどの嫌がらせにあう。まともな仕事をもらえず、あったとしても安い賃金の肉体労働だけだ。「ここでは子どもを育てられない」。日本に行くことを決意した。

改正入管難民法が成立し、国会前で抗議する人たち

 来日後の2023年1月に1度目の難民申請をし、窮状を訴えたが認められなかった。「この国から拒否されている」と感じたという。
 現在は2回目の難民申請中。クルド人の支援団体によると、埼玉県川口市と蕨市には、2千~3千人のトルコ国籍のクルド人が住む。多くの人が難民申請するが、トルコ国籍のクルド人の難民認定は過去、2022年7月の1例のみだ。

トルコ南部カフラマンマラシュの捜索活動(ロイター=共同)23年2月

 ▽迫害、地震、法改正。重なる苦難
 エリフさんたちが日本で暮らす中、同胞にはさらなる困難が降りかかった。2023年2月に起きたトルコ・シリア大地震だ。エリフさんの出身地、トルコ南部カフラマンマラシュ一帯にも大きな被害が出た。かつて住んでいた家は完全に崩れ落ちたという。
 地震から4カ月以上が経過した2023年6月の時点でも、親族、友人はテントやコンテナ式仮設住宅で暮らしている。

トルコ・カフラマンマラシュに設けられたテント村

 「クルド人が多く住む村は、政府の支援も行き届かない」と打ち明ける。
 エルドアン大統領は5月の大統領選で勝利し、政治体制が変わる気配はない。日本からトルコに送還されたクルド人の中には、トルコ到着直後に逮捕され、裁判にかけられた人もいる。いったん日本に逃れたことで、帰国すると反政府的とみなされて弾圧を受ける恐れが高まっている。「トルコにはもう帰れない」

反対する野党議員らで騒然とする中、入管難民法改正案を可決した参院法務委

 ▽「子どもはどうなってしまうのか」
 改正入管難民法は、そんな不安定な立場におかれるエリフさん一家に追い打ちをかけた。3回目の難民申請以降は「難民認定すべき相当の理由」を示されなければ送還対象となり、送還を拒んで航空機内で暴れるなどの行為に及べば刑事罰が科される。このため、エリフさんも2回目の申請で難民と認定されなかった場合、強制送還される恐れがある。

改正入管難民法が可決、成立した参院本会議

 最大の不安は6歳の娘のことだ。物心がつく前に来日し、トルコでの記憶はない。現在は川口市内の幼稚園に通い、友達の多くも日本人だ。トルコ語は両親との日常会話で使う程度で、簡単な単語しか理解できない。
 「子どもはどうなってしまうのか。トルコに行っても生活できない。娘には日本人と同じように育ってほしい」
 エリフさん自身も、オンライン教室などで日本語を熱心に学んでいるが、その努力も無駄になるかもしれない。「入管に、私たちはここにいたいと伝えたい」。記者の目を見つめながら、「人権が欲しい。送還しないでほしい」と強く訴えた。

改正入管難民法に対し、国会前で抗議する人たち

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