病院で起きたセクハラ事件です。セクハラ理事長が事務の女性にちょっかいを出しました。
こんなセクハラです。
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・足でXさんの足を触る
・腰を抱き寄せる
・脇に手を回して抱き寄せる
・胸ポケットに入っているペンを勝手にとる
など多数
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ーーー 裁判所さん、どうですか?
裁判所
「セクハラを裏付ける客観的な証拠が少ない・・・」
ーーー やっぱ証拠がすべてですよね...
裁判所
「んですが、Xさんの主張を信用します!」
「セクハラ理事長と法人は賠償金を払え」
「理事長は30万、法人は70万」
ーーー Victory!
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▼ 本日のポイント
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・なぜ、裁判所はXさんの主張を信用したか?
・セクハラされたときの証拠の残し方
以下、分かりやすくお届けします。(医療法人愛整会事件:名古屋地裁 R5.1.16)(弁護士・林 孝匡)
※ 裁判を一部抜粋し簡略化、判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
事件の当事者
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▼ セクハラ理事長
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・医療法人の理事長
・医師
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▼ Xさん
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・女性(当時38歳)
・医療事務を担当
・約5年で退職
どんな事件か
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▼ どんなセクハラがあった?
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ーーー Xさん、どんなセクハラをされたんですか?
Xさん
「以下のようなセクハラです」
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・二の腕を服の上からつかんでくる
(骨の部位を説明するために)
・手を回して抱き寄せてくる
・理事長の足でXさんの足を触ってくる
・腰を抱き寄せてくる
・脇に手を回して抱き寄せてくる
・胸ポケットに入っているボールペンをとってくる
・事務作業中、顔をXさんの顔に近づけてくる
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ーーー ほかの職員がいるのに、こんなことをしてくるんですか?
Xさん
「診察室や事務室でセクハラをされることが多く、たしかに周りに人がいるときもあったのですが基本的には1対1になるときにセクハラされました。頻度としては月1回くらいのセクハラでした」
Xさん
「あと・・・廊下でセクハラされました。同僚と廊下を歩いていたときです。理事長がスレ違いざまに横から抱きついてきたんです」
ーーー まさに「ヘンなオジサン」ですね。
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▼ 上司に相談
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Xさんは上司に被害を申告します。「理事長からセクハラされて困っている」と相談したんです(警察にも「約1年前から体を触られるセクハラをされている」と相談しています)。
しかし、理事長のセクハラは止まりませんでした。
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▼ 上司が動かね〜
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なので、Xさんは上司と再度面談して被害を訴えました。すると、上司は、
上司
「理事長には『セクハラするのはやめてください』と言っています。理事長は『皆から好かれている』と思っており、悪気なく、スキンシップの一環としてセクハラ行為をしており、セクハラ行為については直らないという気がする」
オレはみんなから好かれている・・・男として末期ですね。理事長や会長になって権力を持つと、このあたりの感覚が鈍ってくる人が多いですね。
話を戻します。
上司
「以前、看護局長からも理事長のセクハラについて訴えがありました」
なら、何とかせーよ!
こういうところに着目して裁判所は「法人が適切な対応をとらなかった」として安全配慮義務違反を認定しています。
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▼ メンタルが...
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Xさんは不眠、無気力感に襲われます。心療内科を受診したところ【中等症の急性ストレス反応】と診断されました。
ジャッジ
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▼ 判決
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・セクハラ理事長は30万円を払え
・法人は70万円を払え
(理由:安全配慮義務違反。セクハラ被害の申告を受けたのに適切な対処をしなかった)
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▼ セクハラ認定の決め手は?
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ーーー 裁判所さん、理事長はセクハラを否認してますが「セクハラがあった!」と認定した決め手は何でしょうか?
裁判所
「たしかにセクハラを裏付ける客観的な証拠が少ないケースです。なので、Xさんの言い分を信用できるか? を中心に検討して判断しました」
■ 顔面至近距離セクハラ
裁判所
「顔面セクハラ直後に上司に対して被害を申告する内容のメッセージを送っていますよね。なのでセクハラの存在が相当程度推認されます」
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〈注目!〉
セクハラされたら直後に誰かに連絡しておきましょう。上司じゃなくて家族や友人でも構いません。
ほかの裁判例では、セクハラ直後のLINEを見て裁判所が「このLINEの内容は信用できる」と判断したケースがあります。(東京地裁 R2.3.3)
この事件は駅のホームで「肩を触られた」というセクハラでした。部下の女性は電車に入ってすぐ同僚にLINEしており、これが有力な証拠となりました。
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■ 上司もセクハラを認めている
裁判所
「あと、上司が面談で『看護局長からも理事長のセクハラについて訴えがありました』とか言ってセクハラをほぼ認めてますし」
ーーー 理事長サイド、反論をどうぞ。
理事長 「それはXさんに同情する文脈で述べたか、あるいは、Xさんを慰留するために述べたのではないでしょうか」
裁判所
「いや、会話の流れ全体を見ると、上司は当時の心情をありのままに語っており、理事長のセクハラが収まらないことについて【あきらめ】に近い感情を抱いていたと言える」
■ 被害申告
裁判所
「あと、Xさんはセクハラを受けた日または近い時期に法人に被害申告をしています」
以上のような事実から、裁判所は「Xさんの主張は信用できる」と判断しました。
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▼ 主張がコロコロ変わってる?
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ーーー 理事長たち、不服そうですが。
理事長&法人
「Xさんの主張が変わっています。人目につかないようにセクハラをされたのか、それとも他人の目を気にすることなく公然とセクハラされたのかについて主張の変遷が見られます。あと抱きつかれた方向なども」
ーーー なるほど、主張がコロコロ変わるヤツの主張は信用できないだろ! ということですね。裁判所さん、どうですか?
裁判所
「Xさんを信用します。だって、Xさんが主張するセクハラ被害の概要については基本的に一貫してるからです。被害直後のメッセージや警察署への相談時から。多少主張が変わったとしても、ささいなニュアンスにすぎません」
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〈注目!〉
今回、裁判所はXさんを信用してくれましたが、裁判所は主張をコロコロ変える人を基本信用しません。主張の変遷にビクッ! とします。なので日時、場所、セクハラ方法などの幹はビシッとメモしておきましょう。
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というわけで、今回はセク…
理事長&法人
「ちょっと待ってください!」
ーーー なんですか?
理事長&法人
「理事長がセクハラを繰り返すことは不可能です。なぜならば、Xさんと理事長が2人だけで仕事をしているという状況は考えにくく、第三者もいる状況でセクハラをすることは難しいからです」
ーーー 裁判所さん、トドメをお願いします。
裁判所
「目撃者がいないとしても不自然ではないです。他の職員がXさんと理事長の一挙手一投足に注目しているわけではないからです。ちなみに、他の職員が、理事長の行為がスキンシップの延長だと思っていた、見て見ぬふりをしていた可能性も十分に想定できます」
てんびんはどちらに?
セクハラ事件“あるある”ですが、今回も、Xさんの言い分と理事長の言い分が真っ向から対立しています。
メールや録音などの物証が少ない事件では【裁判所がどっちの言い分を信用するか】にかかっています。裁判官の【心のてんびん】を1ミリでも下に傾けたほうが勝ちです。
今回、裁判官はXさんを信用してくれました。
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▼ メモは具体的に
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裁判官は「どちらが信用できるか?」を考えるときに、具体的かつ迫真性ある供述をしているのはどちらか? 流れに不合理な点はないか? などを考えます。
なので、セクハラをされたときには【具体的に】メモしておきましょう。イメージとして「小説」のように書いてください。セクハラ野郎を訴えるときに強力な証拠となります。
裁判所での尋問のときはそのメモを記憶して話せばOK。そうすると自然と具体的かつリアルな供述になります。
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▼ 録音が最強
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とはいえ、メモは弱い部類に入ります。最強の証拠は「録音」です。できれば録音にチャレンジしましょう。録音なら【言った言わないの水掛け論】がなくトドメをさせますから。
セクハラLINEやメールが来たらキチンと残しておきましょう。
■ コチラの記事もどうぞ
セクハラ上司が部下の女性に「今日は●●を抱いちゃおうかな」とキモLINEを送った事件です。ほかのセクハラもあり慰謝料150万円。
Xさんからのメッセージ
判決文のラストにXさんのコメントが添付されていました。報道機関への報告資料のようです。そのまま引用します。
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「理事長から受けたセクハラ行為が裁判所において事実として認められて、大変嬉しいです。正しい判断を下してくださった裁判所に感謝申し上げます。結論が出るまでに長い期間を要しましたが、戦ってきてよかったと思っています。理事長と病院には、本判決を踏まえて、十分に反省してもらいたいです。●●病院はもとより、様々な病院、企業、団体等においてセクハラ被害を受け、あるいは過去に受けていた人たちに、泣き寝入りをしないで声を上げましょうと申し上げたいです」
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さいごに
泣き寝入りしないために、セクハラの証拠をガチッと押さえてくださいね。セクハラ野郎に法的鉄拳制裁を与えましょう。
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▼ 相談するところ
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労働局では損害賠償請求もできます(相談無料・解決依頼も無料)。
労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんなときは社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!