『暇そうにしているお客さん』にショックを受けた野尻智紀。SF発展へ「もっとできることはあるはず」

 大会前日に肺気胸の診断を受け、2023全日本スーパーフォーミュラ選手権第4戦オートポリスを欠場することとなった野尻智紀(TEAM MUGEN)。チームからも、レースウイーク中の取材は控えてほしいと伝えられていたため、我々メディアも彼に声をかけずにいた。

 しかし、決勝レース前のグリッドウォークで目が合った際、「今回、外から見て感じたことがあったので、ぜひ取材をしてほしい」と、野尻側から依頼があった。

 オートポリスのレースウイーク中は、コースサイドの観客席エリアからレースの様子をチェックしていた野尻。インタビュー前編でも触れたとおり、ドライバー目線ではさまざまな収穫があったというが、同時に「一日を通して外からスーパーフォーミュラというイベントを、しばらく見ていませんでした。そういうのも今回は見ることができたので、今までとは違った見方ができたところはありました」と、“観客目線”で見たスーパーフォーミュラのイベントについての感想を語り始めた。

■「レースを楽しむだけ」の限界

「実際に(ドライバーとして)やっていると時間がないし、『もう予選かよ』と思ったりするんですけど……観る側にまわると、クルマが走っていない時間もあります。せっかくサーキットまで来てもらっているのに、携帯とかスマホをいじってしまっている時間があって、それは僕たちからしたらマイナスなのではないかなという気がしたくらい、お客さんが何もすることがない時間があるような気がしてしまいました。多分、1日の中で本当に楽しめる時間はすごく短いなと思いました」

「もちろん、お客さんも場内を移動したりするので、そういう時間も必要だと思います。でも、なんとなく……そういう(暇を持て余す)時間もあったりしているのではないかなと感じました。何か会場が一体となって別のイベントをやっていたり、そういうこともやっていかないと、ただレースを楽しんで(サーキットに)来てもらうだけだと、けっこう限界があるのではないかなというのが、少し見えてしまった部分はありました」

 現在のスーパーフォーミュラでは、走行セッション以外の時間帯はサポートレースが開催されているほか、ピットウォークやイベント広場にあるステージを使ってのトークショーなど、さまざまなイベントが行われている。

 特にピットウォークやドライバートークショーなどは、ファンと交流できる貴重な機会であり、必要不可欠なコンテンツなのだが「1日を楽しんでもらうという観点で、もっといろいろなことやっていかないのかなと思いました」と野尻。走行セッションの合間の観客席をみて「何もせず、携帯やスマホを見ていたお客さんがけっこういた印象で……ちょっとショックでした」と、かなりの危機感を感じた様子だった。

「ただ、自分がドライバーという立場でレースに参加していたら、正直いっぱいいっぱいなところもあるので『何ができるのか?』となると、けっこう難しいところはあります。クルマが走っているときは、もちろんレースを楽しんでもらいたいなと思いますけど、そこに行くまでに高揚感を高めていかないといけないのかなと……高揚感が上がりきっている状態にレースが始まったら、また違う盛り上がりになるのではないかなと思いました」

第5戦SUGOでスーパーフォーミュラのレースに復帰した野尻智紀(TEAM MUGEN)

■他のスポーツに感じるヒント

 国内最高峰のフォーミュラカーレースを名乗るスーパーフォーミュラで、14年ぶりとなる2年連続チャンピオンという快挙を成し遂げた野尻。シーズンオフ中も、シリーズを盛り上げるためにさまざまな試みをしていた印象があった。頂点に立った立場だからこそ感じる“もどかしさ”があるようだ。

「チャンピオンを獲らせてもらって思ったことは……やっぱりチャンピオンを獲ったら『みんなが知っている選手』というくらい(の知名度)に持っていきたいわけじゃないですか。そうなるためには、イベントとしての充実度は、まだどうにかできるところはあるのだろうなと思いました」

「それこそABEMA TVでの決勝全戦生中継が始まったり、きっかけとなるものはあると思っています。ここから、より大きなものにしていくために、チームや関係者など全員含めて、そこに向けてやっていければ良いのかなと。そういうところを踏まえると、スーパーフォーミュラというのは“道のりの途中”だと僕は思っています。今後に期待したいなというのはあります」

「自分たちの中で『(盛り上げるために)何かをやっています』だけだったら、今後に繋がらないと思います。お客さんが増えて、そこで初めて評価されるものだと思うので」と語る野尻。今回は電話を通じての取材となったが、電話の向こうから彼のやるせない思いが、こちらにまで伝わってきた。

「やっぱりJRP(日本レースプロモーション)の人たちも、いざレースが始まってしまうと、イベント自体を俯瞰で見られる人はなかなかいないと思います。(レースに携わる)中に入ってしまうと、そこでの難しさも当然あると思います。だからこそ、お客さんの意見とか感想に、より耳を傾けて、スーパーフォーミュラのレースウイーク自体を盛り上げたいなと思います」

「それこそ、走行がない時間帯は音楽ライブのようなことをやるとか、常に盛り上がっている時間があるといいなと。僕も他のスポーツをたくさん観にいくという機会はないのですけど、例えばBリーグとかを見ても、そういう工夫をたくさんされているなと感じます。作戦を考えている時間とか、ハーフタイムとかでも、どうやったら観客たちを盛り上げられるかを考えているなと思います」

「やっぱり、走行セッションが終わると、ひと段落してしまうところがあって、会場をひと回りしても、席に戻って『今、何の時間なのだろう?』という部分が生まれてしまっている。もっとサーキットにいる1日の中で楽しめる時間を増やしたいなと思いましたね。そこがスーパーフォーミュラでも、もう少しできることが多分あるのだろうなと感じました」

 今回、自ら取材してほしいと打診してきたのも、“観客目線”で見た感想を伝えたかったのが主な理由だったという。

「せっかくチケットを買っていただいて、サーキットに来ていただいている……その時間をより楽しんでもらいたいなと思います。もちろん、“やれること”と“やれないこと”があるのは充分に承知していますけど、何より観客席で暇そうにしているお客さんを見るのがショックだったなと。そこに尽きます」と、何度も繰り返し語っていた野尻が、印象的だった。

 これについては、プロモーターである日本レースプロモーションだけでなく、各サーキットをはじめ、シリーズに携わる関係者らが協力して課題解決に向かう必要があるものだろう。

 先日の第5戦SUGOで行われた記者会見『サタデーミーティング』では、序盤4戦での来場者は前年比140%ということが報告されたほか、SUGO戦ではグランドスタンドを埋め尽くすほどのファンが訪れ、前年比150%の動員数を記録した。コロナ禍の緩和もあり、観客数に関しては昨年より確実に増え始めている。

 さらに、第6戦富士では『スーパーフォーミュラ夏祭り in FUJI MOTORSPORTS FOREST』と題して、場内での宿泊が可能となり、花火の打ち上げなど“夏祭り”の要素も多数取り入れられるなど、新たな試みも始まりつつある雰囲気だ。

 ただ、野尻の訴えにもあった通り、現状で満足することなく、より来場したファンの目線に立って、1日中サーキットで楽しめる要素の追加というものは引き続き検討する必要はあるかもしれない。野尻だけでなく、多くのドライバーがスーパーフォーミュラというイベントをより良くしようと考えていることは確か。その想いが実現される方向に進んでいくことを、これから期待したい。

第5戦SUGO スターティンググリッドの様子

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