「オンデ・マンデ!」 なんとびっくり! ミナンカバウ世界を堪能できる人情豊かなコメディ 【インドネシア映画倶楽部】第55回

Onde Mande!

「今年のコメディ映画の中では一番楽しかった。地方色満載でお薦めです」と、筆者の横山裕一さん。スマトラ島ブキティンギ近くの村で、20億ルピアの懸賞金に当たった老人が急死する。懸賞金を村の立て直しに使おうと考えていた、と知った村人たちは、なんとか懸賞金を受け取れないかと考え……。人情豊かなコメディが繰り広げられる中で、風光明媚な風景やミナンカバウの文化も存分に堪能できる。

文と写真・横山裕一

西スマトラ州の民族色溢れる田舎を舞台にした、心温まるコメディ作品。作品タイトルの「オンデ・マンデ」とは現地民族ミナンカバウ族の独自言語・ミナンカバウ語で、驚いた時に発する言葉である。西スマトラ州は食卓にずらりと料理皿が並ぶので有名なパダン料理の発祥の地でもあり、左右対称で屋根の先端が空に突き出た独特な形態の伝統家屋でも有名な地域である。

ミナンカバウ族の伝統家屋(映画舞台とは別地域の西スマトラ州ソロックにて)

ミナンカバウ族は世界的にも珍しい母系社会を現在も形成している。また男性は学業を終えると故郷を離れ、他地域で生業に就く「ムランタウ」という風習を持つ。ジャカルタだけでなく、全国各地にパダン料理レストランが多数あるのもこうした風習に基づく(因みに作品内ではパダン料理は登場しない)。

物語の舞台は時計台など観光地で有名なブキティンギに比較的近い、マニンジャウ湖畔にあるシギラン村。ある晩、一人暮らしのアンク・ワン老人が寝る前に行きつけの屋台にお茶を飲みに行き、店主のダ・アムに石けん会社の懸賞に応募したことを明かす。当選者には20億ルピア(約1900万円)の懸賞金が贈られるという。折りしも店のテレビで懸賞金当選者の抽選が行われていて、抽選者が読み上げたのはアンク・ワン老人の名前だった。2人が思わず叫ぶ。

店主ダ・アム「*ンデ・マンデ!*」(何と、びっくり!)
アンク・ワン「*ルハンドゥリラー!*」(イスラム教徒が喜びなどを表す時に発する言葉)

しかし不幸な事にその夜中、アンク・ワンは自宅で急死してしまう。彼は懸賞金が当たった場合、寂れた自分の村を立て直すために役立てようと考えていたことが判明する。道路や漁業施設、家畜小屋などを整備し直すための自作の図面まで見つかった。ダ・アムにとってアンク・ワンは血こそ繋がっていないが父親のような存在でもあった。なんとか遺志を成就させたいとダ・アムら村人は懸賞金を受け取るまでアンク・ワンの死を隠そうと考え始める。そんな時、石けん会社から懸賞金を直接本人に手渡すため、担当者が村へ行くと連絡が入り、村人らは大慌てする。オンデ・マンデ……。

石けん会社を騙そうとすることは良くないことだが、故人の村を想う遺志を尊重したいとする村人の人情深さと、村を訪れる石けん会社の担当者にバレないかと恐れもながらも嘘をつくギャップが可笑しみを生み出す。思わぬ展開によるラストも用意されていて、涙も誘う。そのラストの心理傾向こそがミナンカバウ族の性質なのだと締め括られる。

作品はほとんどが現地のシギラン村で撮影されていて、カルデラ湖であるマニンジャウ湖の美しい風景や、辺鄙な村であることがわかる外輪山の裾野に蛇行した道路、湖畔の狭い土地に固まった村家屋の風景など西スマトラの山村の雰囲気を感じ取ることができる。

また風景だけでなく素朴な村人ら登場人物を通して、丁寧な態度を心がける姿勢や頑固な面、家族や地元を大切に想う気持ちの強さなど、ミナンカバウ族の性格的特徴もよく表現されている。さらに、うろたえる主人を妻が落ち着いて諭すなど、母系社会の影響を受けてか思慮深く頼もしい女性の姿も窺える。

作品内では当地名物の卵茶やクトゥパット・サユールなどミナンカバウ名物も登場する。卵茶はアヒルの卵の黄身を泡状に溶いてお茶と混ぜる飲み物で、お茶版カプチーノのようなクリーミーな飲み口を味わえる。クトゥパット・サユールは朝食などによく食されるが、米粉を蒸した餅状のものに野菜とココナッツミルクなどを煮込んだスープをかけて食べる料理だ。

ミナンカバウ族伝統料理、クトゥパット・サユール

作品内はほとんどミナンカバウ語が使用され、インドネシア語の字幕がつく。ミナンカバウ民族同士では同語を使用するが、ジャカルタから来た客と話すときはインドネシア語を使用するように使い分けているところはリアル感がある。ミナンカバウ語は単語がインドネシア語と共通する場合でも、語尾が「0(オー)」に変化することが多い。例えば肯定する際に使う「ハイ」の「イヤァ(IYA)」が「イヨォ(IYO)」に、「数字の3」は「ティガ(TIGA)」が「ティゴ(TIGO)」になるなど。インドネシア語とは異なった発音や話調で、本作品はこれらの雰囲気を味わうにはいい機会ともいえる。さらにはコメディらしく、大阪弁で犬のチャウチャウを使った言葉遊び「チャウチャウ、チャウンチャウ…」のミナンカバウ語版のようなユニークな言葉遊びも登場し楽しめる。

作品の指揮をとったパウル・アグスタ監督はジャカルタ生まれだが、父親(作家のレオン・アグスタ)はミナンカバウ族で、作品舞台のシギラン村は父親の出身地だったことから選ばれたという。出演俳優やスタッフもほとんどがミナンカバウ族あるいは出身者で揃えて撮影が進められた徹底ぶりだ。

ちょうど1年前に公開された、コメディ映画「ドキドキするけどいい気分」(Ngeri-ngeri Sedap:Netflixインドネシア版で配信中)も北スマトラ州のトバ・バタック族の特徴や伝統風習を的確にコミカルに描いた快作だったが、ミナンカバウ族の性質をうまく表現した今作品「オンデ・マンデ!」はそれに匹敵する。物語が若干似ているが、それだけに喜怒哀楽の表現の仕方が前者は直接的、後者は控えめと明確に民族の違いからくる性格傾向が対照的に描かれ、各作品でそれぞれの民族の特徴・性質がうまく捉えられている。

随所に織り込まれたマニンジャウ湖畔の風光明媚な風景、コミカルな中に人情味あふれるドラマを通して、ミナンカバウ文化の世界を十分堪能していただきたい。

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