JR東日本・南武支線の「何かとお願いされる」駅は、浜川崎だけではなかった

 【汐留鉄道倶楽部】神奈川県川崎市内の尻手(しって)駅と浜川崎駅を結ぶJR東日本の南武支線。日中は40分に1本しか電車が来ない〝都会の秘境路線〟だが、東海道貨物支線と一部で線路を共有する物流の大動脈でもある。終点の浜川崎は、南武支線と鶴見線の駅が一般の道路を挟んで独立しており鉄道好きにはよく知られているが、途中駅の小田栄(おださかえ)、川崎新町、八丁畷(はっちょうなわて)もなかなかユニークだった。とにかく「何かとお願いされる」駅なのだ。

南武支線の浜川崎駅。頭上の巨大な高架(廃線)には、かつて貨物列車が走っていた

 かつては山手線でも活躍した205系の2両編成の電車に乗り、南武線の川崎駅の隣、尻手から営業距離で4・1キロ、わずか7、8分で工業地帯の雰囲気が漂う浜川崎に到着した。ホームの両側に線路があるが、今は片方のみの発着。木組みの柱がレトロ感たっぷりの屋根の下を通って出口に向かうと、さっそく「スイカやパスモなど、交通系ICカードで鶴見線へお乗り換えのお客様は、改札機にカードをタッチしないでください」との「お願い」のアナウンスが繰り返し流れていた。少し離れている鶴見線の浜川崎駅とは一つの駅の扱いで、南武支線の使用中のホームが2番線、鶴見線のホームは3番線と4番線になっている。

 特殊な構造になったのは、成り立ちと関係がある。まず1918年に東海道貨物支線の浜川崎駅が開業。26年には鶴見臨港鉄道(現在の鶴見線)、そして30年には南武鉄道(現在の南武線)の支線が乗り入れ、それぞれの駅を造った。そうなると駅が「三つ」あるはずだが、実は南武支線には行き止まりのホームとは別に鶴見線に合流する線路があり、その先に広がる貨物の仕分け線の脇に「日本貨物鉄道(株)浜川崎駅」と手書きの看板を掲げたJR貨物の駅があった。

 浜川崎から2分で小田栄に到着。再開発で大規模マンションが建ち並び、ショッピングセンター、ホームセンターも近い。浜川崎からちょっと来ただけで、郊外のニュータウンのような光景が広がっているのにはびっくりした。小田栄駅は、このエリアの人口急増を受けて2016年3月に誕生。JR東日本と地方自治体が連携して低コスト、短期間で開業させる「戦略的新駅」の位置づけで、その後設置の効果が認められたとして20年3月に「本設化」された経緯がある。

 浜川崎の駅が「三つ」なら、小田栄は「二つ」と言えなくもない。シンプルな〝駅舎〟と簡易改札機がある上り線、下り線用のホームが、道路(踏切)を挟んで対角線上に存在する。「千鳥式」と呼ばれる形で、路面電車以外では珍しいという。上りホームの改札機には「こちらは、浜川崎方面 尻手行きホームは、踏切を渡った先のホームです」との、誤乗車防止の「お願い」が貼ってあった。

小田栄駅。後方には大規模なマンションが見える

 次の川崎新町も小田栄から2分ほど。住宅地にある普通の駅だ。ただ線路の分岐がかなりややこしく、尻手方では並走していた東海道貨物支線の複線と南武支線の単線の計3線が浜川崎方面(上り)3線、尻手方面(下り)1線の計4線に再編。そしてホームを抜けた浜川崎方では、上りの3線がポイントを伝って1線にまとまり、貨物支線と南武支線が完全に合流した上下の複線となっていた。

 駅の周囲には緑が多く、ホームは貨物列車の撮影ポイントだ。構内には「ホームで撮影されるお客さまへ」との尻手駅長名の「お願い」があった。フラッシュ撮影、三脚の使用、線路際での撮影、他の乗客への迷惑行為を禁止した後で「マナーを守って最高の一枚を」のうれしいひと言が添えられていた。

川崎新町駅。何の変哲もない駅舎だが、貨物列車狙いの撮り鉄がよく訪れる

 さらに2分で八丁畷へ。南武支線の独特な駅の中でも、その個性は浜川崎と並んで「横綱」「真打ち」級だろう。高架ホームでは「スイカ、またはパスモなど、ICカードでJR線から降りられたお客様は、青い改札機にカードをタッチしてください」と「お願い」の放送。浜川崎ではタッチするな、ここではタッチしろとはどういうことだ!と軽く突っ込みを入れながら「南武線から降りたらタッチ!」と大書きされた簡易改札機にパスモをタッチして階段を降りた。

 1階の普通の自動改札機でもう一度タッチして(ここでの引き去り額はゼロ)、駅の外に出た。三角屋根の趣がある駅舎には「京急電鉄 八丁畷駅」の看板が。すぐ横の踏切を、京急のスマートな電車がひっきりなしに往来している。何も知らなければ、京急線単独の駅にしか見えない。「南武支線」を想起させるものを探しに駅に戻ったところ、時刻表とJR線の券売機があった。そのすぐ横に「列車の本数が少ないため、南武支線の時刻表をご確認の上、乗車券をお買い求めください」との「お願い」(何個目?)を見つけた。

八丁畷駅。跨線橋にしか見えないところに南武支線のホームがある

 改札の先には、京急の「横浜・三浦海岸方面」のホーム。複線の線路を挟んで反対側の「羽田空港方面/品川方面」のホームに行くには、階段を上って南武支線のホームを通り抜けなければならない。京急線の頭上を直角にまたいでいる南武支線のホームが、京急線の相対式ホームの連絡通路になっているのだ。

 それを知って南武支線のホームで観察していると、「南武線に乗るときタッチ!」の黄色い簡易改札機には触れずにすいすい歩く人が結構いた。決して広くないホームに、南武支線の電車を待つ人、通り抜ける人。そのすぐ横を、スピードを落としているとはいえ長大編成のコンテナ列車が通過する。

 ホームドアはなく、接触事故が起きないかちょっと心配になったが、壁には「ホームよし」と縦に大書きしたステッカーが貼ってあった。その意味するところは「ホームを歩く際は、貨物列車に十分ご注意ください」という「お願い」かもしれない。

 ☆共同通信・藤戸浩一 新潟地区で運用されたE127系の南武支線投入が決まり、6月5日に鎌倉車両センター中原支所で撮影会が行われた。営業運転開始のスケジュールはこの原稿の執筆時点では発表されていないが、各駅には鉄道ファンが集まることが予想される。尻手駅長のメッセージ(八丁畷駅にも同じものが掲示されていた)をしっかり胸に刻み、安全に楽しく撮影しましょう。

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