キース・ジャレット 『メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー』 から25年

1996年10月 イタリアでのソロ・コンサート・ツアー中に異変を感じ、慢性疲労症候群と診断されたキース・ジャレットは、ほぼ2年間の活動休止を余儀なくされた。

2年後の1998年 11月14日 、キースはゲイリー・ピーコックとジャック・ディジョネットの助けを借りて自宅に近いニュー・アークでコンサートを開き、念願のカムバックを果した。

その1ヶ月後の12月に自宅のピアノで録音したのが本作である。『メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー』というタイトルが表わす様に2年間の闘病生活を献身的に支えた(当時の)愛妻ローズ・アンに捧げられたアルバムになっている。

ジャケットのライナーに書かれているキース自身の短い謝辞が全てを物語っている。

For Rose Anne,
Who heard the music,
Then gave it back to me.

ほとんど全てのツアーに同行し、キースの身の回りを世話して来たローズ・アンは観客と一緒にコンサートも聴いていた。観客の反応や自分自身の感想をキースにフィードバックする大切な役割もこなして来た。その彼女の存在は、2年間の療養生活でますます大きなものになっていった。

1曲目の"I Loves You Porgy"から10曲目の"I'm Through With Love"まで、ただただシンプルに一音一音を愛でる様に大切に弾くキース。

いつもの饒舌でダイナミックで聴き手をどこまでも連れて行ってくれるあのキースはここにはいない。しかし、何の飾り気もない音で普段着のキースが語りかけるその物語の中に病気との闘いをくぐり抜けて来たピュアな心境が表れている。
その傍らには、きっとローズ・アンがいたに違いない。

それから20年後の2018年、キースは2度の脳卒中を発症し左手の麻痺という後遺症に見舞われる。二度と演奏出来ないだろう、というニュースが世界中のファンを驚かせた。

右手だけのキース・ジャケットを誰が想像し得ただろうか。慢性疲労症候群の時とは別次元の闘病生活を余儀なくされた。しかし、右手だけでスタンダードやビバップの曲を弾く最近の動画を観る限り、やはりキースは並みのピアニストとは違うことがはっきりわかる。右手だけでスウィングし、独自のグルーヴを生み出しているのだ。弾き終わった後「もう一本、手をくれえー!」と叫ぶ元気も取り戻している。何よりも、フレンドリーになったことが嬉しい。

<YouTube:The Keith Jarrett Interview

そのリハビリ生活を陰で支えているのが現在の奥様、顕子さんだ。昔から日本が好きで数多くの名演を残して来たキース・ジャレットは、いま日本人の奥様にサポートされている。

Written By 五野洋
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【リリース情報】

キース・ジャレット 『メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー』
2023年5月30日発売
UHQ-CD:UCCE-9342/3 ¥3.960(税込)
CD購入はこちら→https://store.universal-music.co.jp/product/ucce9381/

 

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