下平監督率いる大分トリニータが今、アツい!怪我人続出も「ゼロトップ&偽サイドハーフ」の新布陣でJ1昇格圏を維持。

後半戦の開幕ゲームは、悔しい結果となった。

明治安田生命J2リーグ・第22節の大分トリニータvsジェフユナイテッド千葉の一戦は、リーグ戦4連勝を狙う大分が60分にPKから先制する。終盤は5バックで逃げ切りを図ったが、89分に追いつかれて1-1のドロー決着。土壇場で勝ち点3を逃した。

4連勝とはならなかったものの、この引き分けでリーグ戦6戦無敗(3勝3分)とした大分は、22試合を終えてJ1自動昇格圏内の2位につけるなど好調だ。

6戦無敗の期間に生まれた新布陣(ゼロトップと偽サイドハーフ)とそのキーマンといったピッチ内の事象に加えて、ホームゲームの入場者数増加を目論むクラブの施策にも迫った。

直近5試合の基本システム

まずは、直近のリーグ戦5試合での基本システムおよびメンバーを見ていこう。

守護神は足元の技術にも優れる西川幸之介で、4バックは右から第20節・ザスパクサツ群馬戦で好アシストを見せた上夷克典、守備の要であるペレイラ、セットプレーのターゲットになる安藤智哉、正確な左足でチャンスメイクする高畑奎汰の4人。3バック採用時に左ストッパーのレギュラーだったデルランは、クローザーの任務を全うする。

ビルドアップで重要な役割を果たすダブルボランチは、今季リーグ戦全試合出場中の弓場将輝と出場機会を増やしつつある池田廉のコンビ。ほかにもアカデミー出身で18歳の保田堅心、トップ下と兼務する野村直輝、配球役の野嶽惇也らタレントが揃う。

ケガ人が相次ぐ2列目は、右から大卒ルーキーの松尾勇佑、攻撃の中心を担う野村、強みである推進力と得点力が光る藤本一輝というユニットが基本形に。長期のリハビリを乗り越え復帰した渡邉新太、各年代の日本代表でプレーしてきた屋敷優成が後半途中からエネルギーを注入する。

1トップは本来2列目のアタッカーである中川寛斗が起用され、広範囲を動いて崩しへ関与する“ゼロトップ”として機能している。いわゆる9番タイプのストライカーであるサムエルと伊佐耕平は、ゴール前で迫力あるプレーを披露。中川とは異なる特性を生かし、攻撃に幅をもたらしている。

ピンチをチャンスに変えた巧みな用兵

リーグ戦22試合を終えて、J1自動昇格圏内の2位につける大分トリニータ。安定感のある戦いぶりには、2022シーズンより指揮を執る下平隆宏監督の存在が欠かせない。

下平監督は最終ラインからのビルドアップを約束事とし、今季は3バック(3-4-2-1)を基本布陣に設定。ビルドアップ時にダブルボランチのひとりがアンカー気味にポジションを取り、もうひとりがシャドーの位置まで上がることで相手守備陣を混乱させる形を取り入れるなど、崩しのアイデアが光る戦術家だ。

その指揮官は、第17節のV・ファーレン長崎戦で4バック(4-2-3-1)を試合開始から採用。ダブルボランチの一角で先発出場した野嶽惇也が「長崎は、大分が3バックでくると予想して準備するだろうということで、メンバーを入れ替え4バックシステムで臨んだ」と試合後に明かしたように、相手のスカウティングの裏をかく目的があったようだ。

続く第18節のブラウブリッツ秋田戦でもスタートから「4-2-3-1」で臨むと、第22節のジェフユナイテッド千葉戦まで「4-2-3-1」が基本形となった。興味深いのは、この間に1トップでスタメン起用された選手が大きく様変わりしたことだ。トップ下の選手も併せてまとめると以下の通りとなる。

  • 第17節 vs 長崎 ⇒ 1トップ:宇津元伸弥/トップ下:野村直輝
  • 第18節 vs 秋田 ⇒ 1トップ:サムエル/トップ下:野村
  • 第19節 vs 甲府 ⇒ 1トップ:伊佐耕平/トップ下:中川寛斗
  • 第20節 vs 群馬 ⇒ 1トップ:中川/トップ下:野村
  • 第21節 vs 岡山 ⇒ 1トップ:中川/トップ下:野村
  • 第22節 vs 千葉 ⇒ 1トップ:中川/トップ下:野村

第17~19節までは1トップに9番タイプのセンターフォワードを配していたが、第20節からの3試合は本来2列目のアタッカーである中川を最前線で起用。中川が広範囲を動いて崩しへ関与する“ゼロトップ”を採用したのだ。

この背景について下平監督は、「ゲームのほうはケガ人の事情もあり、ゼロトップのような形で入った」と群馬戦後にコメント。ケガ人を踏まえてのモノだったとのことだったが、殊勲の決勝点をマークした藤本一輝は以下のように手ごたえを口にしていた。

「ゼロトップのような感じで(中川)寛斗くんとノムくん(野村 直輝)が自由に動いて、ビルドアップに関わってくれたので、そのぶん距離感近くやれた。サイドを取れたときも距離感がよく、相手がなかなか飛び込んでこられないところで短くボールを動かして、相手を押し込めていた」

チーム全体でケガ人が相次ぎ(クラブの公式リリースによれば、5月以降で7人)、特に攻撃陣は茂平、宇津元、町田也真人、梅崎司が離脱中。台所事情はかなり苦しいと言える。しかし、そのピンチを「中川のゼロトップ起用」というチャンスに変え、大卒ルーキーの松尾勇佑を右サイドハーフに抜擢した指揮官の巧みな用兵は、素晴らしいの一言に尽きる。

中川が最前線で躍動した群馬戦から千葉戦にかけて、ビルドアップの質もさらに向上しており、キーマンとなっている背番号5の働きぶりは次のセクションで詳しく述べたい。

“ゼロトップ”と“偽サイドハーフ”

前述した「4-2-3-1」で最大のキーマンが、1トップで起用されている中川寛斗だ。

中川の持ち味は、前線からの献身的なプレスなど豊富な運動量とアジリティ&判断力を生かして相手守備陣のギャップに入り込む動きである。最大の武器である運動量を守備面、つまり前線からのプレスだけではなく、中盤に降りてビルドアップへ関与させる形でも活用する。下平隆宏監督の柔軟な発想と相次ぐケガ人という苦しい台所事情が「中川のゼロトップ起用」を生んだと言えよう。

背番号5は最前線を基本的な持ち場としつつ、ビルドアップの局面ではボランチの位置まで降りて、組み立てに参加する。相手のアタッカーがビルドアップを分断しようとボール保持者にプレッシャーをかけるなか、中川は迷いなくスッと中盤に降りて、パス回しの潤滑油になる。

常にフリーマンとなってピッチの至る所に顔を出して、各ゾーンで数的優位を作り出す。その判断力はまさに職人芸で、局面を一気に進める中距離のパスも攻撃のアクセントになっている。

1トップの中川が中盤に降りてビルドアップへ関与する場合、前線の枚数は1枚減る形となる。そこで存在感を示すのが、トップ下の野村直輝と左サイドハーフの藤本一輝だ。

10番を背負う野村は、トップ下を主戦場に、サイドハーフとボランチにも対応する万能型ミッドフィルダー。パス、シュートなど攻撃センス全般に優れ、派手さはないが、中川と同じく的確な判断力が光るタイプだ。プレースキッカーとしても優秀で、指揮官が全幅の信頼を寄せている。

チームトップのリーグ戦5ゴールを記録している藤本は、左サイドハーフをメインポジションとしつつ、ペナルティーエリア内に侵入する動きを繰り返すことで“ゼロトップ”の構造上の問題をカバーしている。“ゼロトップ”では本来エリア内にいるべきフォワードが中盤に降りているため、特に工夫がなければ、攻め込んだ際にエリア内の枚数が不足してしまう。“ゼロトップ”を務める選手が空けたスペースを、味方が活用することで、はじめて機能するのだ。

大分トリニータ入団後の藤本はサイドハーフまたはウィングバックでの起用が主となっているが、元々はセンターフォワードの選手。それゆえ、サイドに配された今も、エリア内での動きはお手の物だ。第20節のザスパクサツ群馬戦で決めたヘディング弾は、それを証明する一撃だった(動画6分6秒から)。

フォーメーション上は左サイドのアタッカーだが、実際はエリア内で勝負強さを発揮する。“偽サイドハーフ”とも形容できる藤本の存在なくして、現在のゼロトップシステムは機能しないと言っても過言ではない。

その藤本と左サイドでコンビを組むアカデミー出身の高畑奎汰は、今注目すべきサイドバックだ。ストロングポイントは正確無比な左足で、クロスもプレースキックも絶品。今季マークしている3得点のうち、直接フリーキックから2ゴールを決めるなど左足の破壊力は抜群だ。

とりわけ第5節のジェフユナイテッド千葉戦で沈めた無回転系のフリーキック弾は圧巻だった。

藤本と高畑は、従来の「3-4-2-1」においては、左ウィングバックのポジションを争うライバルだった。現行の「4-2-3-1」では、藤本と高畑をスムーズに共存させることが可能となっており、強力な左サイドは大きな武器となっている。この点は、4バックを採用するメリットのひとつだと言えるだろう。

異例の「解説付きトレーニング映像の公開」

最終ラインからのビルドアップを徹底する大分トリニータに対し、ハイプレスやマンツーマン気味のディフェンスで対抗するチームが増加傾向にあるなか、中川寛斗のゼロトップシステムでポゼッションの質をさらに高める。進化を遂げる大分が目指すのはもちろん、2021シーズン以来となるJ1の舞台だ。

2位と好調のチームを待ち受けるのが、次節からスタートする強敵との3連戦だ。第23節のジュビロ磐田戦(アウェイ)、第24節の町田ゼルビア戦(ホーム)、第25節の清水エスパルス戦(ホーム)と難しい相手が続く。磐田と清水はJ2屈指のタレント力を誇り、町田は首位を快走中だ。どの試合も一筋縄では行かないはずだ。

町田戦と清水戦はいずれも中3日で開催される厳しい日程だが、この2試合をホームのレゾナックドーム大分(レゾド)で戦えるのは大きなアドバンテージだろう。J1昇格への試金石になる極めて重要な3連戦を戦い抜くには、サポーターの後押しが不可欠だ。

今季の大分は「毎ホームゲームの入場者数1万人超」を目標に設定し、「#レゾド1万人」のハッシュタグとともに様々な施策を講じている。例えば、平日ナイターに開催される町田戦は「ノー残業デー応援企画!第2弾!」という企画を実施する。

サポーター本人が会社(または学校など)に勤めている(通っている)ことを証明できるものを掲示し、クラブ公式LINEの友だち追加またはTwitterフォロー画面を掲示することで、対象の座席を通常価格よりも安価で購入できるキャンペーンだ。ちなみに、第1弾は第9節のレノファ山口戦で行われており、この時の入場者数は5,744人だった。今回は首位の町田が相手ということで、前回以上の数字を期待できそうだ。

そして、大きな注目を集めているのが、岩瀬健ヘッドコーチによるTwitterでのトレーニング映像の公開である。

映像だけでも十分貴重なのだが、特筆すべきはトレーニングの狙いを映像内およびツイート内で解説していることだ。トレーニングの一部や「イングランド式シュート練習」の模様をYouTubeで公開するクラブはあるものの、戦術的意図を説明した動画の公開は異例だろう。対戦相手に手の内を明かしてしまう恐れもあり、映像公開に伴うリスクを考えれば、そう簡単に踏み切れるモノではないはずだ。

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ピッチ内では魅力的なポゼッションスタイルを展開し、ピッチ外では「解説付きトレーニング映像の公開」などサッカーの楽しさを多方面から発信して集客につなげる。地方クラブのお手本とも言える様々な取り組みとともに、豊富な引き出しを持つ下平隆宏監督および岩瀬ヘッドコーチの戦術アプローチを引き続き注視したい。

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