小川航基、町野はどうなる!?欧州に挑戦した「185cm以上」の日本人ストライカー6名

町野修斗(湘南ベルマーレ)のホルシュタイン・キール移籍が発表され、小川航基(横浜FC)のオランダ行きが近付いている。

町野は185cm、小川は186cmとどちらも長身のストライカー。昨今の日本代表はスピード型の選手が優勢だが、彼らが活躍すれば新たな競争や論争が生み出されることであろう。

そこで今回は、過去ヨーロッパに挑戦した日本人の大型ストライカーたち(185cm以上)を振り返ってみよう。

鈴木 武蔵(ガンバ大阪)

身長:185cm
経歴:ベールスホット(ベルギー)

U-17日本代表では南野拓実(現モナコ)らとポジションを争った鈴木武蔵。ジャマイカ人の血を引く彼はその手足の長さからティエリ・アンリに例えられた逸材だった。

プロ入り後は伸び悩んだが長崎で“アジアの大砲”高木琢也監督、札幌でミハイロ・ペトロヴィッチ監督の指導を受けて急成長し、日本代表入り。

2020年夏には勢いそのままにベルギーのベールスホットへ移籍した。

「背番号10」が示す通り期待は大きく、チームは一時首位に立つなど1シーズン目は26試合6ゴールとまずまずの成績を残した。

ただ翌シーズンは一転して不調に陥り、25試合1得点。チームが2部に降格したため退団し、ガンバ大阪へと加入している。

矢野 貴章(栃木SC)

身長:187cm
経歴:フライブルク(ドイツ)

39歳になった現在も現役としてプレーしている矢野貴章。

アルビレックス新潟でエースとして活躍し、2010年ワールドカップでメンバー入り。岡田武史監督曰く「パワープレー要員」としての選出で当時は“サプライズ招集”と伝えられた。

大会後、さらなる飛躍を誓いドイツのSCフライブルクへ。ただ当時はセネガル代表FWパピス・シセという怪物ストライカーがいたため出場機会は限られた。

1年半で15試合0得点に終わり、2011年末にクラブを退団。その後、他クラブへの移籍も模索したが契約には至らず日本へ帰国している。

平山 相太

身長:190cm
経歴:ヘラクレス・アルメロ(オランダ)

国見高校時代に大活躍した平山は、プロ入りを拒否して筑波大学へ入学しサッカーファンを驚かせた。

しかし大学時代に参加したワールドユース(現U-20ワールドカップ)で実力差を痛感し、大学を休学してオランダへ。ヘラクレス・アルメロと契約を結んだ。

ヘラクレスではデビュー戦でゴールを記録(動画 2:17~)。10代ながら1年目から31試合8ゴールという記録を残し、大きな期待を集めた。

ただ2年目に監督が代わり立場が一変。わずか1試合の出場で退団して日本へ帰国し、以来再び海外のクラブでプレーすることはなかった。

木下 康介(京都サンガ)

身長:190cm
経歴:フライブルク(ドイツ)、(スウェーデン)、シント=トロイデン(ベルギー)など

木下は横浜FCユース在籍時にマンチェスター・シティからオファーを受けた逸材だ。

プロ契約を結んだドイツのフライブルクでは芽が出なかったが、スウェーデン2部のハルムスタッズで29試合13ゴールを記録し再び脚光を浴びる。

その後ベルギー1部シント=トロイデン、ノルウェー1部スターベクと渡り歩き、帰国後は浦和レッズ、水戸ホーリーホックでプレー。

浦和では結果を残せなかったが、水戸では昨季38試合12ゴールをマーク。その活躍もあり、今季からJ1の京都サンガF.C.でプレーしている。

ハーフナー・マイク

身長:194cm
経歴:フィテッセ(オランダ)、コルドバ(スペイン)、ADO(オランダ)など

昨年限りで現役を退いたハーフナー・マイクは、最も活躍した日本人の長身ストライカーであろう。

Jリーグ黎明期の名GKディド・ハーフナーを父親に持つサラブレッドは、父の祖国オランダのフィテッセ時代にウィルフリード・ボニーとコンビを組みゴールを量産。

2012-23シーズンに32試合11得点、2013-14シーズンには32試合10得点を記録した。

その活躍もあり名門フェイエノールトからオファーも受けたが、スペインのコルドバへ移籍。ただ後年「間違った選択だった」と振り返ったように結果を残せなかった。

それでもオランダ復帰後、父親ディドの古巣であるADOで自己最多の16ゴールを記録。父の祖国では一定の成績を残すことに成功している。

指宿 洋史(アデレード・ユナイテッド)

身長:195cm
経歴:セビージャ(スペイン)など

指宿は柏レイソルのユースからプロを目指していたものの、トップ昇格を逃してスペインへ渡った。

スペインではジローナやサラゴサB、サバデル、セビージャ・アトレティコ(セビージャのBチーム)と下部リーグでプレー。

そこで結果を残したことでセビージャのトップチームに帯同し、2012年1月にはベティス対セビージャの“アンダルシアダービー”でリーガデビューを飾った。

ただトップチームでの出場はこの1試合のみ。2014年からは逆輸入の形式で日本に戻り、アルビレックス新潟、ジェフユナイテッド千葉、湘南ベルマーレ、清水エスパルスでプレーした。

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2022年1月からオーストラリアのアデレード・ユナイテッドに在籍しており、2022-23シーズンは24試合7得点を記録している。

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