木村拓哉と山口智子の名作ドラマ「ロングバケーション」が圧倒的に優れている理由  90年代を代表する大ヒットドラマといえばロンバケ!

新・黄金の6年間 ~vol.8
■ ロングバケーション
脚本:北川悦吏子
主演:木村拓哉 / 山口智子
放送開始:1996年4月15日

“ロングバケーション” を象徴する台詞とは?

「オレさ、いつも走る必要ないと思うんだよね。あるじゃん。何やってもうまくいかない時。何やってもダメな時。そういう時は、言い方変だけど、神様がくれたお休みだと思ってさ。無理に走らない、焦らない、頑張らない――」

―― ドラマ『ロングバケーション』(フジテレビ)の第2話で、木村拓哉演ずるピアニストの瀬名秀俊が、山口智子演ずるアラサーモデルの葉山南にかけた言葉である。結婚式当日、婚約者に逃げられ、仕事も上手くいかず、日がな一日パチンコ屋で過ごした南をいたわるために。同ドラマのタイトル “ロングバケーション” を象徴する台詞でもある。実は瀬名自身、ピアニストとして冴えない日々を過ごしており、自らにも言い聞かせるWミーイングになっている。

余談だが、『ロングバケーション』というタイトルは、かの大滝詠一御大の名盤『A LONG VACATION』が元ネタである。もともと同ドラマの亀山千広プロデューサーは、主題歌を大滝サンに頼む予定だったが、曲が仕上がらず、時間切れ。仕方なく、タイトルのみ了解をとって拝借した。ちなみに、翌年(1997年)、亀山Pが手掛けた連ドラ『ラブジェネレーション』(フジテレビ)で、“主題歌:大滝詠一” は実現する。「幸せな結末」である。

僕は、いいドラマとは、いい台詞に、いい役者に、いい音楽が流れるドラマだと思っている。その意味で、ドラマ『ロングバケーション』は最高だ。脚本:北川悦吏子。90年代の彼女は、実に打率8割の凄腕のバッターだった。『あすなろ白書』や『愛していると言ってくれ』など、ラブストーリーにおける男女のリアリティあふれるやりとりやウィットを書かせたら、彼女の右に出る者はいなかった。

共演陣も豪華絢爛、木村拓哉が連ドラ初主演

役者陣も最高だった。W主演の一人、木村拓哉―― キムタクは1993年、『あすなろ白書』(フジテレビ)でブレイクして、『若者のすべて』(同)、『人生は上々だ』(TBS)とキャリアを積んで、意外にも本作が連ドラ初主演。一方の山口智子は、93年の『ダブル・キッチン』(TBS)でキャラを開花。つづく『29歳のクリスマス』(フジテレビ)と『王様のレストラン』(同)もヒットさせて、満を持して本作へ。まさに、“竜虎相搏つ” のごとく、連ドラ界の男女の二大スターが揃った。

また、共演陣も豪華絢爛。竹野内豊、稲森いずみ、松たか子、りょう、広末涼子―― と、いずれも後に主役クラスで活躍する役者たちを、まだキャリアの浅い段階で抜擢した亀山Pの先見の明たるや。今、改めて本作を見返すと、そのオールスターキャストぶりに驚く。

そして―― 音楽である。主題歌「LA・LA・LA LOVE SONG」は、久保田利伸 with ナオミ・キャンベルのクレジット。ハイセンスなミディアムテンポのポップチューンであり、メインキャスト6人がストリートバスケに興じるタイトルバックもオシャレだった。ちなみに、時のスーパーモデル、ナオミのキャスティングは、久保田利伸がニューヨークで暮らすマンションに偶然、彼女も住んでおり、エレベーターで意気投合。歌唱は久保田のみで、ナオミは間奏でフレーズを囁いている。同曲はミリオンセラーを記録し、1996年の年間3位に輝いた。

更には、劇伴だ。同ドラマは瀬名が要所要所で弾くピアノがストーリーのフックになっており、音楽が極めて重要な意味を持つ。全話に渡って登場するクラシックの名曲の数々もいいが、同ドラマの珠玉は、キムタクが実際にレッスンを受けて弾いた「Close to you〜瀬名のピアノ」を含む、オリジナルサウンドトラックである。日向大介率いる音楽ユニット「CAGNET」が手掛け、同ドラマの世界観を見事に作り上げた。こちらもミリオンを売り上げ、日本におけるドラマのサントラ史上、『冬のソナタ』に次ぐ歴代2位のセールスを誇る。

高視聴率の連ドラが頻発した “新・黄金の6年間” その頂点とも言える「ロングバケーション」

そう―― 奇しくも今日、7月1日は、今から27年前の1996年、ドラマ『ロングバケーション』の最終回の1週間後にあたる。まだ、ドラマの余韻冷めやらぬなか、同日付のオリコンランキングで、シングルの1位に主題歌「LA・LA・LA LOVE SONG」(久保田利伸 with ナオミ・キャンベル)が初の栄冠。

アルバムでも、劇伴の『「ロングバケーション」オリジナル・サウンドトラック』(CAGNET)が自己最高の2位と、文字通り音楽の世界でも同ドラマが席捲。そんな記念すべき日なのだ。

「新・黄金の6年間」とは、僕が今年に入って、当リマインダーで連載しているシリーズコラムのタイトルである。バブル崩壊後の1993年から98年に至る6年間、主にエンタメの世界で、新しい才能たちが輩出された現象をそう呼ぶ。例えば、テレビ界では、若き脚本家たちが台頭して、高視聴率の連ドラが頻発。その頂点とも言えるのが、1996年4月クールに放映された『ロングバケーション』だった。

新・黄金の6年間は、「スモール」、「フロンティア」、「ポピュラリティ」など、いくつかのワードで語られる。ざっくり言えば、それは、前の時代とは真逆の “反バブル” とも言える現象だった。1980年代末のバブル時代―― マーケットは「メガ(巨大)」「東京」「アバンギャルド」等のワードが先導。その象徴の1つが1989年、東京・芝浦に誕生した超・巨大クラブ空間の「GOLD」だった。

それに対して、ドラマ『ロングバケーション』の掲げる世界観はやさしい。バブル時代、栄養ドリンク剤「リゲイン」のCMコピー「24時間戦えますか?」の正反対とも言える「ロングバケーション(神様がくれた長いお休み)」――。同ドラマは特段、大きな事件が起きるわけでも、主人公らが毎夜、流行りのナイトスポットに繰り出すわけでもない。淡々と進みつつ、メインキャストたちが交わす等身大のやりとりに、僕らは堪らなく惹かれたのである。

例えば、第1話のラスト。些細なことからケンカして、部屋を飛び出す南――。だが、瀬名は南の遺した荷物の中に、彼女の履歴書を見つける。そして、今日が彼女の誕生日だったことを知る。ピアノに向かう瀬名。外を歩く南。そのとき、窓からハッピーバースデーの音色が聴こえ、思わず立ち止まる――。

南「人前で弾かないんじゃなかったの?」瀬名「クリスマスと誕生日は特別」

―― これだ。劇的な事件は起こらない。でも、だからこそ僕らは『ロンバケ』に惹かれる。ちなみに、この第1話の世帯視聴率は30.6%。世にいう、月曜の夜に街から若者が消えた「ロンバケ現象」は、ここに始まる。

鍵になるのが「いい台詞」と「いい音楽」

『ロングバケーション』―― 物語の構造自体は、さして難解じゃない。元ネタは1977年のアメリカ映画の『グッバイガール』(監督:ハーバート・ロス)である。元カレに振られ、ひょんなことから元カレの友人と同居生活を始め、初めは互いに反発しながらも、次第に愛を育むフォーマットは基本、同じ。屋上をオシャレに使った演出もよく似ている。

むろん、それはパクリじゃない。優れた過去作品を発掘し、現代風にアップデートする作業をエンタメ業界では「クリエイティブ」と呼ぶ。優れた作品の作り手は、どれだけ優れた過去作品を知っているかと同義語である。実際、同ドラマの脚本の北川悦吏子サン、亀山千広プロデューサー、チーフ演出の永山耕三監督―― 皆、無類の映画狂である。

ただ、2時間の映画と違って、テレビの連ドラは10〜11話と長い。それだけ長い話をお茶の間に見てもらうには、「この先、どうなるのか?」の興味(ラブストーリーだと、2人はくっつくのか?)だけでは持たず、1つ1つのシーンに共感してもらうしかない。その時、鍵になるのが、先にも揚げた「いい台詞」と「いい音楽」なのだ。

ドラマとは、作りものである。だが、僕らは作りものと知った上で、物語の登場人物に共感したり、時に涙を流したりする。それは、役者が演じる1つ1つのシーンが本物だから。とあるシーンで、何を語るか。その時、どんな空気感か。それが役者の台詞であり、劇伴でかかる音楽である。少なくとも、それら一瞬一瞬のシーンに嘘偽りはない。限りなくリアルに近い。それが、リアリティ(現実感)。僕は、優れたドラマとは、どれだけ「リアリティ」を用意できるかにかかっていると思う。

いいドラマを語る指標に、脇役の存在感もある。メインキャスト以外に、どれだけ血の通った人物を作れるか。その点、『ロンバケ』は登場人物すべてが魅力的だ。例えば、稲森いずみ演じる、南の後輩の桃子は時々ドキッとする名言を吐く。第9話で、ピアノを諦めることにした瀬名を改心させようと、簡易ピアノであの曲――「Close to you」を練習する南。自分でも、なぜここまで瀬名のことを考えるのかよく分からない。この時の桃ちゃんの台詞がいい。

「私、男女の友情なんてないと思います。男女の友情っていうのは、すれ違い続けるタイミング、もしくは永遠の片思いのことを言うんです」

また、第7話で、涼子(松たか子)をめぐり、真二(竹野内豊)と溝ができたるう(りょう)は、カレの真意を確かめるために、瀬名のピアノ教室にやってくる。この時、瀬名は真二が自分の部屋にいて、涼子には会っていないと、るうを安心させる。この時の、るうの言葉もいい。

「瀬名さん、いい人だけど、いい人でやさしいけど、いろんな人に優しくて、いろんな人ちょっとずつ傷つけてるんですよね」

ドラマとは作りものである。だが、1つ1つのシーンに投じる役者の思いは本物

最後に―― ドラマ『ロングバケーション』の伝説のシーン、第1話に登場するスーパーボールキャッチの話を。南の婚約者だった朝倉は酔うと、街中のガチャガチャをする癖があり、そのスーパーボールも戦利品の1つだった。顔には出さないが、南の大切な思い出の品でもある。ふと、部屋の片隅に転がるソレを見つけ、手に取る瀬名。何かを思いついて、窓を開ける――。

瀬名「いいもん見してあげる」南「何?」瀬名「これ、落とすの」南「それで?」瀬名「投げたら、ちゃんとここへ戻って来る」南「うそだねー! 3階だよ、ここ」

ボールを思いっきり、下に投げる瀬名。次の瞬間、弾んだソレはちゃんと手元へ帰って来る。有名な話だが、ここは1カットで撮影されており、リアルに成功したことが分かる。キムタクによると、リハーサルなしの一発勝負だったらしい。「うっそー!」―― 子供のようにはしゃぐ南。「やらせて」と次は彼女がチャンレンジして、見事にキャッチする。

言うまでもなく、ボールは南の前から姿を消した朝倉のメタファーである。健気に、彼が戻って来ると信じる南への瀬名のやさしさだろう。「ほら、ちゃんと戻って来るから」と。だが、このシーンには続きがあり、南が調子に乗って3度目に挑むと、非情にもボールは窓の向こう側へと弾みながら離れていく。「あっ……」と、切なくその光景を眺める2人。この時にかかる劇伴が「Close to you」である。

ドラマとは作りものである。だが、1つ1つのシーンに投じる役者の思いは本物。そこに、嘘偽りはない。そして、お茶の間はそんなリアリティに共感する。

ドラマ『ロングバケーション』とは、そんなドラマである。

カタリベ: 指南役

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