<書評>『おきなわ音楽の父 宮良長包ものがたり』 継承見据え将来を展望

 みずからの「信念」をいかに貫くか…という点で、時代に足跡を刻む人物はその生きざまにおいて共通する。まさに「おきなわ音楽の父」と称される宮良長包(1883~1939年)も、ゆるぎない信念の人、情熱の人だった。そんな彼の生きざまから、著者がいたく共感したであろう長包エッセンス(音楽人、アイデアマンでユニークな教師、斬新さ、人間愛あふれる人物)が本書にはギュッと詰まっている。そして何よりも、本書を読んで感じることは「次世代」に継承したいという著者の情熱だ。だからこそ本書は、一般の読者はもちろん小学生のみなさんが手に取っても読みやすくわかりやすいはず。さらに長包作品を解釈するうえで貴重な聴き取りが盛り込まれ、演奏者にも必読の書である。

 著者は長包研究の第一人者であり、長きにわたって数々の社会的発信(著作、映画製作、コンサート企画、顕彰碑建立、宮良長包音楽賞創設等)を繰り広げてきた。生誕140年を迎えた2023年、長包を直接知る世代も不在となった昨今、長包メロディーの継承は新たな局面を迎えている。沖縄戦も体験者が少なくなり戦争体験を継承する課題と同様に、長包メロディーの継承を見据えたところに本書がある。

 そして本書では、相当吟味して注釈がほどこされている。単なる伝記としてのみならず、琉球処分後まもなく生まれ育った長包が激動の近代日本の渦にどのように立ち向かって生きてきたかが、注釈を読むことによってありありと伝わるだろう。さらに本書の巻末には「顕彰碑・作曲歌碑」のマップが添えられ、沖縄本島・久米島・宮古島・石垣島・小浜島・鳩間島・与那国島という空間性のもとで、長包メロディーの舞台が広がっている。

 沖縄という地平が外部と接触をもち、閉ざされないかぎり、いつの時代も「標準化・画一化」、そして「地方化・固有化」のベクトルが、どうバランスをとっていくのか…が課題となる。これからの将来、沖縄音楽がどのように進んでいくのかを展望するうえでも貴重な一冊となるはずだ。

(三島わかな・洋楽受容史研究者)
 みき・たけし 1940年石垣島生まれ。琉球新報社編集局長、副社長を歴任。主な著書に「沖縄・西表炭坑史」「空白の移民史―ニューカレドニアと沖縄」など。

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