<書評>『都市で故郷を編む 沖縄・シマからの移動と回帰』 新たな沖縄の共同性論

 本書は、著者が30年間という年月をかけ、備瀬の人びとと共に海や浜、畑で汗を流し、来訪を心待ちにされるような関係性を築きながら丹念に編み込んだ、卓越した沖縄地域誌である。備瀬の集落が観光開発によって大きく変容した現在、かつての集いや祭りの場を記録した本書の意義は大きい。

 本書には、同郷者同士の親しい語らいを通じて、故郷の記憶が鮮やかによみがえる様子が描かれているのだが、本書もまた、備瀬の人びとに尽きせぬ語らいをもたらし、集合的記憶の継承と生成に貢献するであろう。後進の研究者にとり、本書は沖縄フィールドワークの手本となるが、本書のキーワードのひとつである「まねる」ことを本書に対して試みるのは容易ではないはずだ。

 一章「紡績工場にできた同郷のたまり場―戦前期、シマ出身女工の体験」、二章「移動の人生と共同性―戦中期フィリピン移民のライフヒストリー」、三章「開発と同志の重なる場―メッキ工場群と関西地区備瀬同志会」という本書の前半部分では、戦前、戦中と戦後というそれぞれの時代に、大阪・堺の大和川紡績における女工、フィリピン・ダバオの麻山における出稼ぎ農民、そして大阪におけるメッキ工場の起業者がたどってきた経験が描かれる。当事者による生活史の語りと研究者による観察の響き合いのもとに、四章「ならいとずらしの連環―那覇・新天地市場の形成と展開」、五章「語りあいのなかの〈故郷〉―同郷会に集う老年期の女性たち」では社会心理学的な考察が導き出されていく。そして終章「共同のかたちを編みなおす」では、現代の視点から全体像が俯瞰(ふかん)され、改めて「共同性」とは何かということが掘り下げられる。「シマからの移動と回帰」という視点ならではの、新たな沖縄の共同性論が提示されている。

 筆者は、海外でも調査をしてきたという。「世界の備瀬んちゅ」を描く続編を望む。

 (野入直美・琉球大准教授)
 いしい・ひろのり 1965年茨城県生まれ、茨城大教授。著書に「根の場所をまもる―沖縄・備瀬ムラの神人たちと伝統行事の継承」など。

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