<レスリング>【2023年世界選手権代表選考プレーオフ・特集】出場選手の声(女子)

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(2023年7月1日、東京・DOME TACHIKAWA TACHIHI)


 

 ■女子76kg級・鏡優翔(東洋大=2-2のスコアながらラストポイントで勝利)「緊張感が明治杯とは比較にならないほどありました。試合は苦しい展開となりましたが、やってきた練習はだれにも負けていない自信はあった。自分を信じてきたのが勝因かな、と思います。明治杯までもしっかり練習してきて、自信はあったのですが、プレーオフとなると(別です)。2週間しか空いてない中でも勝たなければならなかった。戦術も変えなければならないし、緊張感は高かったです。攻撃だけではなく、デフェンスも練習した2週間でした。

 世界選手権の最重量級でオリンピックの切符を取るのは甘くない世界だと思います。それでも、金メダルを取って代表枠を取り、パリでも金メダルを取ります」

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 ■同・茂呂綾乃(山梨学院大)「明治杯での2試合は、ともに攻めることができずに負けました。今回は最初にタックルを取れましたが…。負け惜しみと言わると思いますが、自分の中では勝っている試合。足を取られながらもバックを取って4―0になったと思いましたが、チャレンジがかかって…(チャレンジ成功で2-0のままで再開)。

 誰がどう見ても勝ち、という試合ができなかった自分にイライラしています。自分ではポイントと思っても、審判が認めてくれなければ自己満足。自分の弱さだと思います。パリ・オリンピック出場は90パーセントくらい厳しくなったと思いますけど、まだ18歳。ロサンゼルス大会を目指せる年なので、ロサンゼルスは必ず私が行く、と思っています」


 

 ■女子68kg級・石井亜海(育英大=明治杯準決勝で敗れた森川に2-1でリベンジ)「勝ったときは、めちゃうれしかったです。勝ったから言うわけではなく、実力は自分の方が上だと思っていました。明治杯で負けても、そう思っていました。それをどう出すか。気持ちの問題だと思っていました。明治杯の準決勝で負けて、3位決定戦をどうするかを問われて(プレーオフにそなえて棄権の選択もあったが出場)、出場を決めたときから、もう気持ちは切り替わっていたと思います。そのときから、今日の結果は決まっていたんじゃないかな、と思います。

 試合内容は、よくなかったとは思います。カウンターを取られたらどうしようか、と思ったり。プレーオフという状況では、それが正解かもしれませんが…。68kg級は、川井友香子さんが62kg級から上げ、72kg級から古市雅子さんが下げ、激戦区でした。その階級を代表させていただくことになり、その人たちの思いの分、絶対にオリンピックの出場枠を取りたい。自分が取ったのなら、自分がパリに行くように頑張りたい」

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 ■同・森川美和(ALSOK)「自分が勝つ、という気持ちを持って、明治杯での課題を修正してマットに上がりました。チャンスをなかなかつかめず、チャンスのときにはポイントを取れなかった。相手の構えがしっかりしていて、警戒もされて得意なパターンに持っていけなかった。情けないし、応援してくれた人たちに申し訳ないです。まだ、本当に弱いな、と思います。

 東京オリンピックのときはプレーオフで負けて、もう一回悔しい思いをしたくない、と思って臨みました。1試合を勝ち切れない自分の弱さがある。絶対に勝てる、というところまでもっていきたい。パリ・オリンピック出場の可能性はほとんどなくなってしまいましたが…。今は悔しくて何も考えられませんが、非オリンピック階級で世界選手権へ行ければいいかな、と思います」


 

 ■女子57kg級・櫻井つぐみ(育英大=ラスト1秒でのがぶり返し、チャレンジの末に逆転)「ここで勝つために多くに人にサポートしてもらい、挑むことができました。試合は本当に厳しく、思うような展開にならなかったのですが、最後は気持ちでポイントを取れた。応援の声が聞こえ、それが力になりました。(勝敗を分けたラスト1秒のがぶり返しは)冷静に極めることができましたが、ポイントかどうか分からなかった。(チャレンジ用の)ビデオを見て、返ったかなと思いました。

 東京オリンピックのときは、予選の全日本選手権に出ることもできませんでした。観客席から見ていて、すごい緊張感だと思って見ていました。オリンピックに近づけた、と思います。パリ・オリンピックに出る気持ちを強く持って世界選手権を闘いたい」

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 ■同・南條早映(東新住建)「何も考えられません。自分のレスリングは攻めるレスリング。最初から最後まで強い気持ちで攻める、という気持ちを持って臨んだのですが、駄目でした。最後は、守ったわけではないと思います。原因は分かっていないです。世界選手権への代表がかかった大会、応援してくれている人のためにも勝ちたかった…。今後のことは、まだ考えていません」

 

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