《連載:浸水1カ月 茨城・取手双葉》(上) 「まさか」経験値の壁 地域の弱点、初動も「不十分」

住民の救助に当たった椚木消防署の大越勇さん。「水は深い所で胸の高さまであった」=取手市双葉

台風2号や梅雨前線の影響による大雨で、茨城県取手市双葉地区の600棟近くが浸水してから3日で1カ月がたった。想定を超えた内水氾濫で被害が拡大。かつての県内有数の新興住宅地は約60年がたち、高齢化が加速。コミュニティーの維持を懸念する声も上がる。

濁った水がじわり、じわりと家々に迫る。前日からの大雨で、双葉地区では、かつてない光景が広がっていた。

「目印にしていた車が見るたびに沈んでいく。流れもないのに水は増え続け、不気味だった」

救助活動に当たった市消防本部椚木消防署副署長の大越勇さんは当時を振り返る。

6月3日未明、住民から「床上浸水しそう」と消防に通報があった。大越さんらは別の現場から急行し、午前3時前に到着。住民らに2階へ「垂直避難」するよう呼びかけるとともに、排水用ポンプの稼働状況を確かめた。

市消防本部から応援が着き、大越さんらはボートで救助を開始。夜が明けると、住民からの救助要請が一気に増えた。

深い所では男性の胸まで浸水し、足元は見えない。「住民が側溝やふたの外れたマンホールに落ちるかもしれない」。車も次々と立ち往生した。地元の消防団は交通整理を行い、住民たちは地区の自治会館で救助者の一時受け入れを担った。

消防では、寝たきりのお年寄りや障害者など自力避難の難しい住民の情報はなく、水をかき分け、ひたすらメガホンで声をかけた。同市では主に同地区の57世帯計90人が救助された。大半が高齢者だった。

前日夕、市は大雨警報の発令を受け、副市長を本部長とする応急処理本部を設置した。24時間体制で避難所を運営し、移動式ポンプで排水も続けた。同本部設置から3日後、市長を本部長とする災害対策本部に格上げした。

この間、住民への災害情報は発信されなかった。

約1100世帯のうち、600棟近くが床上・床下浸水した双葉地区に防災行政無線は流されず、避難指示もなかった。自治会館から約10キロ離れた避難所への高齢者らの移動も消防が担った。

市幹部は「消防との連携が密だったとは言い切れない」と不手際を認めた。市の初動対応について、中村修市長も「不十分だった」との認識を示した。

「これまでは大雨が降っても、半日もしないうちに水は引いた。これほどになるとは」。経験値を超えた被害規模に住民や消防、市関係者らは「まさか」と口をそろえる。

周囲を牛久沼や小貝川、水田や用水路などに囲まれた同地区。過去に内水氾濫の通報があった箇所をまとめた市の「内水実績ハザードマップ」では、地区の半分が赤丸で囲まれる。

一方で、市は避難情報を出す基準を設けていなかった。内水氾濫は予測しにくく、今回の初動対応につながったとする。認識されていた地域の「弱点」が露呈したと言える。

今回、水が引くまでに2日間を要した。不審に思った市消防本部の中村幸男警防課長がドローンを飛ばして見たのは、牛久沼からの越水に加え、周囲の用水路や水田から地区に流れ込む水。体験したことのない規模の内水氾濫だった。

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