入院患者虐待で同僚6人逮捕「どうすれば償えるか」 発覚から3年、職員たちの告白 医療への志が…「諦め」に

虐待事件が発覚する前から神出病院で働く職員ら。初めてマスコミに口を開いた=神戸市西区神出町勝成

 「患者を人として見られていなかった…」。神出病院の虐待事件は発覚から3年が過ぎた。当時から勤める職員4人が取材に応じ、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。

 同僚6人が逮捕された。そして自分たちも虐待の一端を担っていた後悔と、罪の意識は消えない。一方で、病院が抱えていた問題が洗い出され、初めて「希望を持って医療に携われるようになった」と言う。

 だからこそ、事件について、当時の内情について「今なら話せる」と思った。

    ◇   ◇

 ナースステーションに、事件後に就任した院長や、看護師、作業療法士ら20人ほどが集まった。

 入院患者への対応を話し合う「カンファレンス(会議)」。事件後の病院改革で導入された一つだ。

 「言葉は出ないけど理解はできるようです」「ハンドサインで意思は伝えておられる。こちらも勉強してみよう」。患者1人に1時間ほどをかけ、育った環境や、障害、特性、トイレ時の課題などを出し合い、どう治療を進めれば退院できるか道筋を立てる。

 取材に応じた4人は「事件まで、医師と看護師が患者について話し合う場はほぼなかった」と振り返る。

    ◇   ◇

 3年半前の2019年12月の早朝、当直明けだった40代の精神保健福祉士、仲田健吾(仮名)は、突然来た警察官に告げられた。

 「今から職員を逮捕します」。院内の家宅捜索で案内を任され、うろたえるしかなかった。その時、わいせつ事件で逮捕された看護助手の押収動画から6人の虐待行為が明らかになる。

 6人の名前を聞き、40代の看護師、佐藤リツコ(仮名)は愕然(がくぜん)とした。「みんな頑張っているように見えた。本当は、彼らを知ろうとしていなかった」

 虐待現場となったのは一般病棟の通称「B4」。1987(昭和62)年に建てられた4階建ての最上階にあって、看護師は担当の25人ほど以外はあまり立ち入ることがなかった。

    ◇   ◇

 B4によく出入りしていた50代の作業療法士、吉田雄司(仮名)は「自分もあそこで看護師をしていたら、感覚がまひしていたかもしれない」と自問する。

 B4には59床があり、当時55人ほどが入院していた。その多くは精神疾患の病態が悪化した患者たちだ。突然暴れたり、けんかをしたり、いつも騒然としていた。「人が足りず、労働の質、量がとんでもない。患者の気持ちに寄り添ってあげられる状態でなかった」と当時の状況を明かす。

 40代の看護師山本竜也(仮名)もかつてB4にいて、大変さは知っていた。ただ、事件前はよりひどくなっていた。時々用事で立ち寄ると、靴底が床にねばつく。掃除にも、手が回らないというのだ。組織は確実に壊れていた。

 虐待を知って「ありえない」と感じた。医療を志した人の行為とは到底思えない。「残ったわれわれはどうすれば償えるか」

    ◇   ◇

 4人に共通していたのは「諦め」だったという。自分の業務だけをこなし、頑張りすぎず、上司に反論せず、他部署に関わらない。

 職員たちの告白から伝える。

© 株式会社神戸新聞社