「イルカに乗っても届けに行くよ」 飯塚さんデザイン、みどりさんのロンボクコーヒー

ロンボク島で暮らしながら、ロンボクの自然や人々を温かいまなざしで描き続けた、画家の飯塚正彦さん。2016年には、同じロンボク島に住む岡本みどりさんの依頼により、ロンボクコーヒーのパッケージ・デザインを手がけました。飯塚さんとみどりさんの二人で作り上げたデザインには、二人のロンボクへの思いが詰まっています。ロンボクのコーヒーと一緒に味わってみてください。(文・池田華子、写真・岡本みどり)

コーヒー豆を焙煎するみどりさんの姑のサディアさん### ロンボクコーヒーは家庭の味

ふわっと甘いカカオや、さわやかなショウガが香る。ロンボク島北部レンペック(Rempek)の農家から、ジャカルタへ取り寄せたコーヒー。パウダー状に細かく挽かれた粉にお湯を注ぎ、粉を沈殿させてから飲む。しっかりした苦みに、カカオやショウガの風味が、ほんのり。フレイバーコーヒーほど香りは強くなく、味はまろやか。昔ながらのインドネシアのコーヒーに、気持ちがほっと安らぐ。

ロンボク島では、コーヒーは自家焙煎が基本で、それぞれの家庭の味がある。岡本みどりさんは2012年にロンボク島へ嫁いで来て、それを知った。姑のサディアさんは、家の外の炊事場で、薪の火に素焼きの鍋を置いてコーヒー豆を煎っていた。味がまろやかになるように、コーヒー豆に生の米を加えて煎るのが一般的。それぞれの家に、それぞれのブレンドがあり、サディアさんは米とショウガを焙煎の途中で加えていた。丁子やカカオを入れる家もある。

「強すぎるコーヒーを飲めない私でも、母のコーヒーはあまりきつくなくて、飲めた。ロンボクコーヒーなら、私のような『コーヒーを飲めない層』にも売れるんじゃないかな、と考えたのが、販売しようと思ったきっかけ」と、みどりさん。サディアさんのお小遣い稼ぎにもなるように、「おふくろの味」として、サディアさんのコーヒーを売り出そうと考えた。

みどりさん宅で使うコーヒー豆は、リンジャニ山麓のレンペックで採れたロブスタ種だ。レンペックのコーヒー農家と知り合いになり、そこからコーヒー豆を仕入れるようになった。リンジャニ登山口のスンバルンは標高が高く、アラビカ種のコーヒーが採れるが、レンペックではロブスタ種のみ。ロンボクで一般家庭に出回っているのは、ロブスタ種だ。アラビカ種に比べると雑味がある。

みどりさんいわく、「カフェで飲むアラビカ種のコーヒーを、すっきりした澄まし汁とすると、家で母が自家焙煎するロンボクのコーヒーは味噌汁。野菜から出汁が出ました、みたいな……」。確かに、ただの嗜好品というより、「コーヒー豆に、体に良いショウガや香辛料を加えて、出汁を取りました」とでも言いたくなるのが、ロンボクの家庭のコーヒーなのだ。

みどりさんの付けたブランド名は「ロンボクコーヒー サマサマ」(Lombok Coffee Sama-Sama)。「サマサマ」は「一緒に」という意味のインドネシア語で、「(私一人じゃなくて皆と)一緒にやりたい」という気持ちを込めた。

みどりさん(左)とサディアさん。一杯のコーヒーを手に### 飯塚さんに絵を依頼

2016年、「ロンボクコーヒーを販売したい。そのために飯塚さんの絵を使わせてほしい」と飯塚さんに話を持ちかけたところ、「パッケージ・デザインはできない」と断られてしまった。「コーヒー販売なんて非現実的な話だ、と思われたのかもしれない」と、みどりさん。しかし、その後、サディアさんのコーヒーの話をブログに書くと、それを読んだ飯塚さんから、「(あなたの)本気度がわかった。ごめん、やるよ」という連絡が来た。

みどりさんのリクエストは、①「ロンボク産」で、②「姑が売っている」コーヒー、という2点がわかるパッケージ、というもの。

最初に上がってきた絵は、海の波がデザイン化され、イルカの姿も見える。ジルバブを着けた女性が「どんぶらこ」と、波かイルカの上に乗っている。頭にはざるを載せ、その中には黒い点が盛り上がっている。絵のタイトルは「わくわく」で、「飯塚さん、わくわくして描いたんだろうな」とみどりさんは思ったそうだ。

みどりさんの修正リクエストは、次の3点だった。

①コーヒーは、山・大地の産物なので、「海」ではなくて「土」にしてほしい。
②女性に目が欲しい。
③ざるの黒い点がコーヒー豆だとわかりにくいので、ざるをコーヒーカップに変えてほしい。

飯塚さんからは、イルカを入れた理由として、「ブログを読んで、一生懸命やっておられるなー、と思ったから。『イルカに乗ってでもコピ(kopi=コーヒー)を届けに行くよ、というイスラム女性の心意気』(を表した)」と説明された。

「『おめめ』の件ですが……」と飯塚さん。「目は、岡本さんが描きませんか?」という思いがけない提案をされた。「画竜点睛」と言うように、ドラゴンも、最後に目を入れて完成させる。「お母さんをいつもそばで見ているのは岡本さんだから」と言われた。

面白いのは、ざるを手で押さえている女性の体が「S」の字に見えたので、「(Sama-Samaの)『S』を入れてくれたんですね」とみどりさんが言うと、「そうじゃないです」と飯塚さんは一蹴。しかし、後になって、「そのつもりじゃなかったけど、Sを強調してみました」と、「S」の形は活かされることになった。

「イルカは要るか?」

こうした話し合いを経て出来た第2案では、背景に、ロンボク島の象徴であり、コーヒー豆の産地でもあるリンジャニ山がそびえる。だが、背景は山に変わったものの、下にはまだ「波」が残っている。飯塚さんにとって、「海」「波」そして「イルカ」は、欠かせないロンボク島の風物だったのかもしれない。

第二案。背景が山に変わった。下は波が残る

こちらは、下は大地のイメージだが、周囲にイルカが2頭

もう一つの案の方では、下の波は消えたが、周りにイルカが残っている。イルカの件は、その後も、「イルカは要るか?」というギャグになっていたそうだ。「イルカはいない方がスッキリする。残念だけど……」(みどりさん)と、最終的にはカットされた。

女性が頭に載せている物は、ざるから、わかりやすいコーヒーカップに変わった。

こうしてついに、最終案が決定した。背景のリンジャニ山は、「最高です。シルエットのこれだけでわかる」と、みどりさん。コーヒーカップを頭に載せて運んでいるのが、「すごくインドネシアの人、ロンボクの女性っぽい。この姿にしてくれてうれしい」。あぐらをかいて座っている様子も、「ここの人っぽい。ロンボクの人をずっと見てきた人が描いた絵だと思う」と語る。

目はどっちが入れた?

みどりさんから、最後の細かい修正依頼を聞いて、「わかりました」と飯塚さん。約束した日は、2016年7月29日だった。みどりさんが、この日に飯塚さん宅を訪ねると、円だけを描いた白い紙が用意されていた。そして、みどりさんの目の前で、原画を描いてくれた。床に座り、紙を床の上に置いて、飯塚さんは左利きなので、左手で筆を走らせる。円の中に、女性、山、雲を描いていく。

原画を描く飯塚さん

床に置いた紙に左手で。コーヒーカップの持ち手を描いているところ

描きながら、みどりさんと飯塚さんは、いろんな話をした。絵や芸術の話、人生哲学、飯塚さんの「美学に反するのでやりたくない」といった話。「僕は『Yes』っていう絵を描きたいんだ」と、みどりさんが飯塚さんから聞いたのも、この時のことだった。

こうして出来上がった絵を見て「本当にありがとう、と思った」と、みどりさん。「『なんでイルカなんやろ?』から始まって、最終的には、自分が逆立ちしても描けない絵が出来た。山と大地、土の力がもらえるような気がする。力強さと優しさを感じる」。

無駄のないシンプルな線だけで描かれているが、リンジャニ山のシルエットに、ロンボクのイスラム女性の姿、そしてコーヒーカップと、伝えるべき点を見事に伝えているデザインだ。目をどちらが入れたかは、みどりさんはどうしても記憶にないと言う。

出来上がった最終デザインの原画

飯塚さんの絵のスタンプを押した袋で販売していた「ロンボクコーヒー Sama-Sama」。手作り感が温かい### いつかまた飯塚さんの絵を

みどりさんは、この絵でスタンプを制作し、コーヒーを入れる紙袋に手で押し、コーヒーを販売していた。しかし、2018年8月に起きたロンボク地震で、コーヒー販売はいったん休止することになった。サディアさんが地震でトラウマになり、体調を崩してしまったのだ。2020年9月、サディアさんは亡くなった。

今もまだ、みどりさんのコーヒー販売は休止中だが、将来的に考えていることはある。「飯塚さんの絵に対して、いい加減なことは誓えない。いつか胸を張って『準備が出来た』と思える時が来たら、また、飯塚さんのこの絵を使いたい」とみどりさん。

「イルカに乗ってでもコピを届けに行くよ」の日が来るのを待つ。

レンペックのコーヒー農家で

ロンボク島レンペックのコーヒーは、下記で購入できます。
Rempek Coffee
WA:0877-6528-5881
※WA内にカタログあり。料金は送料別。送付に時間のかかることがあります。どれにするか迷ったら、「Kopi jahe」(ショウガ入り)、「Kopi coklat vanila」(カカオ入り)、「Kopi classic / kopi mix beras」(米入り)がお薦め。

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