故・蜷川幸雄のもと10年…演出家・藤田俊太郎の「ルーツ」とは

ミニマムな朗読劇の『ラヴ・レターズ』から、華やかなミュージカルの『ジャージー・ボーイズ』まで、幅広い舞台の演出を手掛けている藤田俊太郎。

舞台『ヴィクトリア』で演出を務める藤田俊太郎

日本の演劇界に大きな影響を与えた演出家・蜷川幸雄さんの元で長年助手を務め、演出家としての単独メジャーデビューは33歳とやや遅咲きながら、今では引く手あまたの人気演出家に成長した。その演劇人生のルーツや、「世界一の俳優」と尊敬する大竹しのぶと組んだ一人芝居『ヴィクトリア』について語ってもらった。

取材・文/吉永美和子 写真/バンリ

■ 「最初は写真家か、映画監督になりたかった」

──作家と兼任ではなく、演出のみに専念する演出家は今でこそ多いですが、藤田さんが演劇をはじめた頃は、まだ少数派だったと思います。演出家になろうと思ったきっかけは、なんだったんでしょうか?

最初は写真家か、映画監督になりたかったんですよ。その勉強がしたくて東京藝術大学に入ったんですが、授業の一環で仲間たちと現代アートを目指した映像作品を撮るうちに、演技に興味を持ちました。その流れで、演じている自分を撮影する、セルフ・ポートレートを撮るようになったんですが、そうすると「俳優の気持ちってどうなんだろう?」と考えるようになりまして。

演出家を志したきっかけについて語る藤田俊太郎

そこで、大学で演劇評論家の長谷部浩先生の講義で演出作品を観て「これだ!」と思った、蜷川幸雄さんのスタジオのオーディションを受けて、合格しました。

──それって俳優の入口としては、いきなりエベレストの5合目ぐらいから登りはじめるぐらいのハイレベルだったのでは。

はい。周りのレベルが高く、やっぱり1年ぐらいで、この俳優の皆さんと戦うのは無理だ、と(笑)。とはいえ、なにかを表現する世界にはいたいと思って、蜷川さんに相談すると、演出や演出部、創る側の魅力を教えてくださいました。今までの自分は写真を撮るときの引いた視線・・・いわゆる鳥の目と、役者という虫の目の両方を持っている。その2つの目線が必要な「演出」という場所なら、もしかしたら答えがあるかもしれないと思いました。

──そこから2015年までかなり長い間助手を務めることになりました。

約10年助手としての日々を過ごしましたが、濃密すぎて本当にあっという間だったな、という体感です(笑)。僕は高校生のときに「他者とどう関わればいいのかわからない」という対人恐怖症のような状態になって、学校を中退してるんです。でも「みんなで一緒にものを作ります。なんでも言いたいことを言い合いましょう」という演劇の現場はすごく魅力的だったし、特に演出家として関わるようになって自分の居場所を獲得することができた。この気持ちはなくならないと思うし、演劇に接している限りは、それが僕の希望になり続けると思います。

インタビュー中、師匠である蜷川幸雄さんとのエピソードは尽きることはなかった

──たしかに「藤田さんは話し合いに時間をかける」と、俳優さんがみんなおっしゃってますね。師匠の蜷川さんは、トップダウンという印象があったのですが・・・。

僕は蜷川さんと違ってカリスマじゃないんで(笑)、その発想はもともとありませんでした。ただ、船頭としてその現場にいるという自負は、持ってなきゃいけないとは思っています。

■ 「蜷川さんのことは毎日のように思い出す」

──蜷川さんから学んだ、一番大きなことってなんでしたか?

すべてですね。生きること、生き続けることのすべて・・・と言いつつも、いまだに学んだことで言語化できないことが多いです、崇高すぎて。ひとつ確かなのは、自分にあれだけ厳しい方に僕は会ったことがないし、自分に厳しくないと、あれだけの場所にはたどり着けない。蜷川さんのことは毎日のように思い出すけど、おっしゃっていたことの意味が、まだ自分はひとつもわかっていないという気もしますし、それを知りたいからがんばっています。

──それもひとつの、演出を続ける理由に。

なっていますね。近づきたいと思います。遠すぎるんですけど(笑)。蜷川さんの言葉は、痛烈なものからやさしいものまで、ちゃんとノートに取ってあるんですが、今それを読み返すと、戯曲の読み方、言葉との向き合い方、世界との対峙の仕方を、蜷川さんは全力で伝えようとしてくれていたんだな、と思います。今回の『ヴィクトリア』でも「ああ、あの言葉はそういうことか」と気づかされることが多かったです。

今回、藤田が演出を手掛ける舞台『ヴィクトリア』(撮影/宮川舞子)

──いろんなジャンルを手掛けていますが、どんな現場でも演出家という船頭として、絶対に外してはいけない核であるとか、共通している方針みたいなものはありますか?

「信じること」ですね。一緒にものを創る俳優、プランナー、スタッフ、カンパニーの皆さんを信じることがすべてです。皆さんの仕事には尊敬しかないです。

──めちゃくちゃ謙虚な理由が。

もちろん意見を言い合えば、軋轢みたいなことも生まれるけど、それすらも「演劇」である、と。それを乗り越えたときにこそ、おもしろいものや、新しい価値観が生まれると思っています。あとは、戯曲を信じ言葉と対峙しながら、演出の新たな切り口を見つけることも、絶対的なものですね。今の時代に上演するのに、どういう風に切り込めば、お客さまのいろんな感情を呼び覚ますことができるのか? というものを、演出家としてきちんと提出する。切り口、演出プランが決まったら、あとはプランを信じて自信を持つということも、大事だと思います。

演出家としての「役割」について話す藤田俊太郎

──それでいうと、今回の『ヴィクトリア』の切り口は?

シンプル、ですね。大竹さんがヴィクトリアとして当たり前に存在して、お客さまに想像力を渡すという、劇場規模の大きな意味での信頼関係を、どうすれば持ちつづけられるか? ということです。これは20世紀を生きた女性の一生を描いていて、(上演時間の)1時間10分のなかに、人生のすべてがあると言っても過言ではない。その可能性を信じたうえで、お客さまに手渡す。大竹さんやプランナー、スタッフ、カンパニーの皆さんとシンプルな世界観を目指して、自分たちが思ったことをなんでも言い合うということを、大事にして作りました。

■ 「やり続けていたから、奇跡にめぐり会えた」

──『ヴィクトリア』は、20世紀を代表する映画監督の1人である、イングマール・ベルイマンの作品です。精神を病んだ女性の人生を、ひとり語りだけで表現しなければならないうえに、時代も舞台もあちこちに飛んでいくし、かなりハードルが高かったのでは。

これほどお客さまの想像力に、ゆだねなければならない作品は稀ですね。だから逆に、音楽もシーンチェンジもほとんどなくして、演劇の非常にプリミティブな魅力と向き合うことを課しました。

舞台『ヴィクトリア』は大竹しのぶの一人芝居で繰り広げられ、彼女にとっても約21年ぶりの挑戦となる

──東京公演がはじまっていますが(6月30日で終了)、お客さまの反応はいかがですか?

集中力が必要な舞台ですけど、終演後観客の皆さんが、興奮した状態でお帰りになっているので、非常に喜んでくださってるのではないかと思います。大竹さんによって息を吹きかえしたり、新たな魅力を発見した役柄って、非常にたくさんあると思うんですけど、ヴィクトリアもその1人に・・・大竹さんにしか演じられない魅力に溢れていると感じます。

──このあともいろんな舞台の予定が詰まっていますが、まだ挑戦していないジャンルや作品で、ぜひやってみたいというものはありますか?

それはもちろん、たくさんあります。チェーホフもシェイクスピアもきちんと演出したいと思っています。「まだ始まっちゃいねぇよ」って、とある名画の台詞にありましたけど、まだまだこれからだと思います。やっぱり大事なのは、やり続けるってことなんです。今回もやり続けていたからこそ、僕にとっては特別な存在のベルイマンの戯曲を、大竹さんと日本初演作品を創作する、奇跡にめぐり会えたわけですから。

舞台『ヴィクトリア』の劇中シーン(撮影/宮川舞子)

──蜷川さんの現場でしばしばご一緒していた大竹さんと、ついに! という感じですよね。

とある海外の作品をやったときに、上演時間をコンパクトにするため、あらかじめ台詞をカットした台本で稽古をしていたんですけど、大竹さんがとあるシーンの稽古をしていて「台詞がつながらない気がするけど、(カットした部分は)どうなってるのかな?」って、翻訳家さんに聞いたんです。1ページぐらいある台詞を、その場ではじめて見せたら、数分で覚えて、その直後の稽古で一言も間違えずに言ったんですよ。その場にいたみんな感動して泣いてましたね。

伝説的女優・大竹しのぶとの出会い、そしてともに創作できたことを「奇跡」と表現する藤田俊太郎

──大竹さんの伝説はいろいろ聞いていますが、やっぱり尋常じゃないです。

現場では誰にでもフラットに接するけど、蜷川さんに負けないぐらい自分に厳しい方でもある。2人が見ていた景色に、僕も行きたいと思っています。これからも努力を続けるだけだと思っています。

──最後に、これから3都市ツアーがひかえている『ヴィクトリア』の見どころを。

劇場で観客の皆さまに本当に特別な体験を与えてくれる大竹さんと、ものすごく雄弁で研ぎ澄ました、珠玉の作品を作ることができました。美しくて狂おしい物語ですが、女性賛歌のメッセージ、ユーモアや希望もあって、すごく前向きになれる舞台だと思います。「損はさせません!」どころか、得るものしかないので(笑)、ぜひ劇場でお会いしましょう。

兵庫公演は7月5・6日に「兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール」(兵庫県西宮市)、京都公演は7月8・9日に「京都芸術劇場 春秋座」(京都市左京区)にて。チケットはS席8000円ほか(現在発売中)。

舞台『ヴィクトリア』

【兵庫公演】
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール(兵庫県西宮市高松町2-22)
期間:2023年7月5日(水)・6日(木)
料金:S席8000円、A席6000円、B席4000円

【京都公演】
会場:京都芸術劇場 春秋座(京都府京都市左京区北白川瓜生山町2-116)
期間:2023年7月8日(土)・9日(日)
料金:S席8000円、A席6000円、学生&ユース2000円(座席範囲指定あり)

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