相次ぐ集中豪雨 避難情報のみで命は救えない 危険な土地に住む人 “ゼロ” を目指す「逆線引き」とは

広島県内で150人を超える犠牲者を出した西日本豪雨…。中でも多くの人の命を奪ったのが「土石流」です。建物をなぎ倒しながら斜面の住宅地を流れ下る土石流。そのスピードは、時速20キロから40キロに達します。

広島県内で32人が犠牲となった1999年の6・29豪雨災害をきっかけに、国は、土砂災害の危険が高い場所を「土砂災害警戒区域・特別警戒区域」として指定を開始しました。今ではハザードマップなどで誰でも情報を得ることができるようになりました。

一方で土砂災害によって犠牲となるケースは、後を絶ちません。西日本豪雨では、広島県内で土砂災害により犠牲となった人のおよそ9割は、土砂災害の危険エリアに指定された場所でした。

2018年までの20年間に全国で土砂災害により犠牲となった人のうち、およそ9割は土砂災害の危険エリアに指定された場所やその周辺で被災しています。

西日本豪雨では、気象情報や避難情報の出し方が大きな議論となり、その後、災害の危険度を5段階で示す「大雨警戒レベル」の導入につながりました。一方で土砂災害、特に土石流から命を守るためには、避難行動を促すだけでは限界があることもあらためて指摘されています。

こうした中、西日本豪雨以降、広島県や市町は、災害リスクが高い場所に暮らす人々が、将来的にゼロになることを目指す「逆線引き」という取り組みを加速させています。

RCCウェザーセンター 末川徹 気象予報士
「雨の影響で急な坂の上からは水が流れています。9年前、大きな被害のあった現場です。当時の映像と比べると様変わりしていて、空き地が目立ちます」

2014年8月、広島市北部では、1時間に100ミリを超える猛烈な雨が降り、土石流が頻発。77人が犠牲となりました。中でも被害が集中したのが、安佐南区の八木・緑井地区です。阿武山のふもとに広がるこの2つの地区だけで66人が命を落としました。

梅林地区 復興まちづくり協議会 畠堀秀春 さん
「昔は山すそから離れて住んでいたはずだったが、どんどん宅地開発されて…」

1960年代ごろから若い世代がマイホームを求めて移住してきたと話します。復興まちづくり協議会の 畠堀秀春 さんが、甚大な被害をもたらした要因の1つに挙げたのが、「行き過ぎた都市開発」でした。

梅林地区 復興まちづくり協議会 畠堀秀春 さん
「需要と供給のバランスで、土地を買う人がたくさんいた。安い・安価だから。立地が悪そうで高台は展望がいい。下に『市街化調整区域』があったはず。ここからは、宅地開発しないよと…」

土地は、無秩序な開発を防ぐため都市計画法に基づく「線引き」がされています。「市街化区域」は宅地に使えますが、「市街化調整区域」では宅地に使うことができません。

八木・緑井地区に初めて「線引き」されたのが1971年。山の斜面まで宅地化されたことがわかります。およそ40年後の2014年では、線引き自体は大きく変わっていないものの、マンションなどの建設がさらに進みました。

結局、山の谷で発生した土石流の出口にあたる住宅地を直撃し、多数の死者を出すことになったのです。こうした都市型の豪雨災害を受け、広島県は対策に乗り出しました。

地権者(福山市での説明会)
「評価(資産価値)がどのぐらい下がるのか。われわれが納得できるような『災害対策のために協力してください』と言ってくださいよ。それが知りたいんですよ」

広島県は、去年から広島市や福山市など13市町と連携し、土砂災害の危険が特に高い地権者を対象に説明の場を設けています。将来的には「市街化区域」を制限し、宅地開発を制限する「市街化調整区域」の範囲を徐々に広げていく方針です。

危険な場所に住む人たちを平地などに誘導する、これまでと反対の手法を「逆線引き」と呼びます。

末川徹 気象予報士(緑井3丁目)
「近くには田んぼがあって人の生活圏内です。坂を登っていくと、このあたりも『逆線引き』の対象で竹林が広がっています。背の高い竹が並んでいます。土砂崩れが発生したら危険です」

さらに、別の場所でも…

末川徹 気象予報士(緑井8丁目)
「土砂崩れを防ぐためでしょうか。緑色のネットが敷かれています」

広島県内では、まず先行的におよそ500か所が逆線引きされます。

畑の一部が「逆線引き」対象の住民
「逆線引きはもともと、国が決めたこと。家を建てることはない。家を建てるわけではないので土地はそのままに。数十年後にはどうなるかわからない」

近くの別の住民にも話を聞きました。

「逆線引き」対象近くの住民
「地下に水が流れ込んだらズルっと崩れそう。自宅も大きな被害を受ける…と恐怖感はある」

男性によりますと、逆線引きにしている目の前の急斜面は2014年の広島土砂災害で小規模な崩壊を起こしていたといいますが、県が調査した結果、「地すべりなどの心配はない」と伝えられたそうです。

「逆線引き」対象近くの住民
「山すそに住んでいる人は、できれば安全なところに移りたい。しかし、経済的な理由や事情があるので簡単に移れる状況ではない」

仮に転居したとしても「行政からの補償が見込めない」「地域コミュニティを簡単に手放せない」といった声があることも事実です

八木地区に住む畠堀さんは、この問題について「逆線引きの対象者だけでなく、地域全体で考えるべき課題」だと話します。

梅林地区 復興まちづくり協議会 畠堀秀春 さん
「世代を超えて、どんどん危険な場所から離れていく。土砂は、高い所から低い所に流れてくる。そのコースに家を建てている人は『行政から転居してください。すぐではありませんよ』と声をかける。そうしたルールは、みんなが同じ方向を向いて考えること」

八木・緑井地区は、住宅密集地の急な坂道そのものが土砂の流れ下るルートになり被害が拡大しました。その対策として、土砂が流れてくる “タテ方向” ではなく、山の斜面に対して “ヨコ” に逃げるための避難路「長束・八木線」の整備も大詰めを迎えています。

梅林地区 復興まちづくり協議会 畠堀秀春 さん
「危険な所に住んでいるという意識を持たねば。それぞれの生命と財産を守るために、逆線引きは必要なルールだと思う。」

「逆線引き」の広島県の取り組みについて、RCCウェザーセンターの 末川徹 気象予報士が解説します。

RCCウェザーセンター 末川徹 気象予報士
逆線引きとは『災害リスクの高い土地の利用を抑制していく』取り組みです。広島県内では、経済成長・人口増加などが進み、「市街化区域」を山の斜面まで広げてきました。山の斜面には「土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)」と呼ばれる危険な地域がたくさんあります。近年の都市型災害を受けて、今度は「市街化区域」をせばめていくことで土地の利用を制限していく取り組みです。

今後の県の計画です。現在、山林や畑といった人が直接住んでいない土地から逆線引きされています。おおむね20年後には、県内に約1万か所ある「市街化区域(レッドゾーン内)」を、原則として開発が認められない「市街化調整区域」にすべて編入します。

50年後には、世代交代が進み、住む人が “おおむねゼロ” の状態を目指します。被災した住民に話を聞くと、土砂災害を受けて別の土地に転居したものの、新しい土地にとけ込めない高齢者たちが少なくないとのことです。「逆線引き」は、地域全体でのサポートも考えないといけないなと感じました。

広島県の都市計画課は、逆線引きとなる土地の所有者について、「個別でも相談に応じる。それぞれ市町の都市計画部局に問い合わせてほしい」としています。

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