社説:原発処理水放出 理解得る努力が足りぬ

 東京電力福島第1原発の処理水海洋放出を巡り、国際原子力機関(IAEA)が「計画は国際的な安全基準に合致する」との報告書を公表した。

 原子力規制委員会は完成した同原発の海洋放出の設備について、7日に使用前検査の合格を示す終了証を東電に交付する方針を示した。

 岸田文雄首相にとっては、放出を判断する条件が整う形になる。政府と東電は目標とする「夏ごろ」の放出開始に向け、国内外への説明を加速させるという。

 だが、風評被害を心配する漁業者の反対は根強い。忘れてはならないのは、2015年に政府と東電が福島県漁業協同組合連合会に「関係者の理解なしに、いかなる(処理水の)処分もしない」と約束したことだ。

 海洋放出の大前提である。

 漁業者らの最大の懸念は、科学的に問題はないとしても、国内外の理解は進んでおらず、不安を感じる消費者らが福島の魚を敬遠しないかという点にある。

 これまで理解を広げるために、政府と東電がどれだけ努力をしたと言えるだろう。むしろ不信を募らせるような対応を繰り返してきたのではないか。

 浄化済みとした処理水にトリチウム以外の放射性物質が残っていたり、全漁連会長が菅義偉首相(当時)に反対を伝えた直後に海洋放出を発表したりした。

 放出設備の工事も一方的に進めるなど、既成事実を重ねる手法が不信に拍車をかけた。なし崩し放出への懸念は当然であり、溝を埋めるのは容易ではない。

 IAEAの報告書は人や環境に与える影響は「無視できるほどごくわずか」と評価し、グロッシ事務局長は中国や韓国、米国、フランスなど多くの国が同様に処理水の海洋放出をしているとした。

 だが、「お墨付き」を与えたわけではない。海洋放出は日本政府による国家的決定であり、報告書は「その方針を推奨するものでも、支持するものでもない」という立場である。

 そもそも漁業者や国内外の根深い疑念は、あえて被災地の海洋に流す必要性や妥当性、今後何十年にも及ぶ安全管理への不信感に他なるまい。

 スケジュールありきで押し切ることは許されない。

 岸田氏は「高い透明性を持って国内外に丁寧に説明していきたい」と述べた。科学的、技術的な説明にとどまらず、漁業者らの状況にしっかり向き合った対応が求められよう。

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