躁と鬱を行き来する哀しき殺人ヒロイン誕生 A24『Pearl パール』は狂おしいほどの映画愛にあふれたホラー映画

『Pearl パール』© 2022 ORIGIN PICTURE SHOW LLC. All Rights Reserved.

“ひとりよがり”な演技は退屈か?

役者を志さす人々は、それぞれ「やってみたい役」があるのではないだろうか? 例えば、ジョディ・フォスターの『ネル』(1994年)。自分だけの言語を使い、社会から隔離された山奥で暮らす少女の物語だ。

フォスターの嬉々とした熱演ぶりはアカデミー主演女優賞にノミネートされるほどだった。しかし、フォスターの「私の芝居を見てくれ」と言わんばかりの不思議少女芝居に、多くの観客が拒否反応を起こしてしまったのだ。かくして『ネル』は、“芝居はすごいが退屈な映画”という評価が大半を占めることになった。

だが、フォスターの『ネル』のように“ひとりよがり”で終わらず、“演じ手”と“観客”どちらにとっても楽しい作品が生まれることがある。それが『Pearl パール』だ。

映画好きの心をわしづかみにした前作『X エックス』

70年代スラッシャーとサイコビディの融合と評された『X エックス』(2022年)の前日譚となる本作は、主人公パールを演じたミア・ゴスの独壇場である。

豆知識として“サイコビディ”について説明しておくと、ウザい女性や老人にまつわるホラー/スリラー作品のこと。海外では“Hagsploitation(ババアエクスプロイテーション)”と呼ばれ、今日ではとても問題のある呼称となっているジャンルだ。

とはいえ『X エックス』は、老けメイクを施したミア・ゴス演じる老婆パールが若者を殺戮する内容であり、ビディホラーを地で行っていた。さらに『悪魔のいけにえ』(1974年)に代表される往年のスラッシャーや、アンディ・ウォーホルの『ブルームービー』(1969年)といったポルノ映画からの引用は、常人では成しえない異様な雰囲気を醸し、往年のホラー映画やエクスプロイテーション映画好きの心をわしづかみにしたのである。

前日譚としての『Pearl パール』

さて『Pearl パール』は、『X エックス』の殺人老女パールの若き日の話。彼女が“あの農場”で狂気じみた生活を送るようになったのは何故か? が描かれる。『X エックス』をしっかりと観ていれば解るが、パールは不幸な人間として描かれており、けっして狂人ではない。パールの気が触れていることを知っているのは観客のみであり、メタ的な視点で見れば本当に可哀想な人間なのだ。

ストーリーは終わりが見えているので、とてもシンプル。舞台は1918年、場所は『X エックス』でも舞台となったテキサスのとある農場だ。

戦争に行ったきり連絡が途絶えている夫、厳しい母、車椅子生活で体が動かない父、金持ちの義母と義妹……。鬱屈とした生活に辟易しているパールは街の映写技師と出会うことで、農場生活から脱することを強く願うようになる。

そんな折、地方を巡回するショーのオーディションがあることを聞きつけたパールは、 オーディションへの参加を強く望むが、母親に「お前は一生、農場から出られない」 と諫められ……。

そして物語は『MaXXXine』へ

本作には悲壮感が漂う。そのくせ、スクリーンから香る雰囲気は明るい。何故か? あろうことか、監督のタイ・ウェストは映画狂ぶりを発揮し、パールの物語に『メリー・ポピンズ』(1964年)や『オズの魔法使』(1939年)を引用し、さらにファンタジック丸出しのゴリゴリなテクニカラー色彩で描いているのである。

本作は『X エックス』がパンデミックによって制作が止まっていた時期に、監督のタイ・ウェストとミア・ゴスが思いのままに書き上げた脚本が基だ。彼女が『X エックス』でパールと主人公マキシーンの2役を演じることになったのは、この前日譚を書き上げたことに端を発している。そして、これが続く3作目の『MaXXXine(原題)』に繋がっていく。

よって、本作および『MaXXXine』は、タイ・ウェストとミア・ゴスがやりたい放題やってのける映画なのだ。

監督の狂気じみた映画愛が炸裂

まずは、タイ・ウェストの狂気じみたこだわりだ。構図を『オズの魔法使』から徹底的に引用。キャラクターもひねた置き換えを行って、“ドス黒いオズの魔法使い”に仕上げている。例えば、カカシはそのままカカシ、意地悪な母は西の悪い魔女、車椅子で放心している父は心がないブリキ男といった具合だ。

ついでにドロシーの犬は、ワニに置き換わっている。ついでにワニの名前はシーダだが、これが劇中に登場する映画ポスター『シーザーの御代(英題『クレオパトラ』) 』(1917年)の主演女優セダ・バラ(Theda Bara)から拝借している。バラは当時、アメリカのセックスシンボルとして名をはせた女優であり、おそらくはパールやマキシーンと照らし合わせたものと考えられる。

さらに、パールが映写技師にひっそりと見せてもらえる映画は『フリー・ライド』(1915年)。ポルノ映画の原点作品だ。たった10分の作品だがメチャクチャ卑猥である。こういった作品をブチ込んでくるタイ・ウェストの映画への情熱には感動を覚える。

ミア・ゴスが「演じるべくして演じた」はまり役

そして出ずっぱりのミア・ゴス。躁と鬱を行き来し、常に情緒不安定なパールを見事に演じている。パール自身「自分は何かがおかしい」ことに気がついており、それを気にしながらも自分の欲望に逆らえない。この「生まれ持った性」に対するジレンマを演じることは、映画デビュー作『ニンフォマニアック』(2013年)から10年にわたってやってきたことだ。

本作における彼女の芝居は、その集大成。まさに「演じるべくして演じた」役である。なんといっても5分以上にわたる独白シーンは、心身の調子が悪い時に観てしまうと、もらい泣きしてしまうかもしれない。

ウェストとゴスのやりたい放題は『MaXXine』へと続いていく。かつてウェストは『キャビン・フィーバー2 』(2009年)の制作を巡ってプロデューサーと衝突し、業界では使いにくい監督と烙印を押されてしまっていた。盟友アダム・ウィンガード(『ゴジラvsコング』ほか)には遅れてしまったが、『X エックス』から続く3連作でしっかりと巻き返しを図ってほしい。だって、こんな映画愛に満ちたホラー映画を撮れる監督は他にいないのだから。

文:氏家譲寿(ナマニク)

『Pearl パール』は2023年7月7日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

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