「常識や価値観が、がらがらと崩れ落ちた」海外に出た医師らが気付いた〝魅力〟 コロナが突きつけた地球規模の脅威「他国の状況にもっと目を向けて」

ザンビアの病院の受付の様子=2021年11月19日(清原さん提供)

 日本は世界保健機関(WHO)などを介して発展途上国の医療の環境改善にたくさんお金を出してきた。ただ、その規模の割に人材はあまり出していないと指摘されている。現在、途上国で活動する日本の医療従事者たちは「他国の状況にもっと目を向けてほしい」と訴えている。新型コロナウイルス感染症が地球規模で流行するなど、海外の状況を把握する必要性は増しているが、彼らが強調するのはそれだけではない。日本とはまったく異なる環境で医療に携わることで、「価値観が変わる瞬間がある」という。海外に飛び出した若手の医師らが感じた「日本では得がたい魅力」とは。(共同通信=村川実由紀)

市村康典さん=2021年9月(国立国際医療研究センター提供)

 ▽銃弾
 国立国際医療研究センター国際医療協力局の市村康典さん(42)は、日本で呼吸器内科や感染症内科の医師として経験を積みながら、アジアに渡った。
 WHOの事業に関わるメンバーとしてカンボジアに行き、現地の結核患者の割合を把握するため、カンボジアの5万人規模の調査に関わった時、あることに気付いた。特定の年代の男性だけが、異常に少ないのだ。
 参加したこの年代の男性の胸部のレントゲンを撮らせてもらった。すると見慣れない影がうつっている。驚いてレントゲンをよく見ると、体内に金属製の銃弾が。この男性だけでなく、この年代ではかなりの割合で体に銃弾が残っていたという。その理由は、この国の歴史にある。
 カンボジアでは1970年代、過激な共産主義革命を試みたポル・ポト派が多数の国民を虐殺。その政権崩壊後も、長く内戦状態が続いた。
 「日本で戦争というと昔の話だけど、カンボジアなどの国々にとっては、そういう歴史的なものが、年代別の人口割合などに色濃く残っていることを実感した」

フィリピンで結核調査をした際の受付の様子=2016年2月(市村さん提供、画像を一部加工しています)

 ▽診断と治療
 フィリピンで結核調査をした際は、30代半ばのある女性が強く印象に残っているという。その女性のレントゲンを撮った、同行していたレントゲン技師が異変に気付いた。
 「明らかに、何か変な影が写っている」
 結核ではなく、乳がん。しかもかなり病状が進行していた。
 急きょ診察した現地の大学病院の医師は「すぐに治療をしないといけない」といい、紹介できる病院を女性に伝えた。
 ところが、女性は治療をかたくなに拒んだ。「家族がいるし、私が村を離れたら、誰が子どもたち家族の面倒を見るんだ。今まで確かに胸が変だとは思っていたが、病院には行けない」
 費用の問題も大きい。そこで現地の医師が「僕が治療費を出す」とまで言い、とりあえず1回だけ受診することに決まったが、女性がその後、どうなったかは分からない。
 市村さんは、やりとりを聞きながら、ここでも驚いた。「日本では診断イコール治療ですが、途上国だと全く別なんです。たとえ診断できても、治療につながらないことは多い。日本では考えられないことが多かった」

 

清原宏之さん=6月15日

 ▽砂ぼこり
 歯科医師の清原宏之さん(35)も何度か渡航して、海外で医療に携わった。アフリカのザンビアで病院の機能を整える支援のために行った際は、思うようにいかないケースばかり。まず、電子システムが全然動かない。インターネットがつながりにくい。古いパソコンでメンテナンスもされておらず、コンピューター上でボタンをクリックしても、次の画面になかなか移らない。
 「道路があまり舗装されていないせいか、砂ぼこりが入り込んで医療機器がすぐに故障する。停電も多く、復旧した際に壊れてしまうこともあった」
 「日本では当たり前だと思っていた常識や価値観が、ガラガラと崩れ落ちる瞬間に何度も立ち会った」という。「途上国では、そもそも診断をできる人が少ない、という問題もあります。たとえばカンボジアは東京都より人口が多いのですが、病理診断ができる人は5人ぐらいしかいない。患者も健康に関する教育を十分に受けていないどころか、文字が読めない人も多い。基本的なこともなかなか伝わらない。だから支援が必要なのです」

岡山で新型コロナ集団感染への対応の様子=2020年12月(市村さん提供、画像を一部加工しています)

 ▽ガラパゴス化
 海外で活動してきた市村さん、清原さんは、新型コロナの流行が拡大した2020年以降、日本国内で医療や地方行政の仕事にそれぞれ携わった。感染が落ち着いた後で海外に戻った後、日本の課題がはっきり見えるようになったという。
 市村さんが指摘するのは、海外に出て行く日本人が少なさだ。
 「日本はガラパゴス化しやすい傾向がありますが、他国の状況にも目を向けてほしい。大陸で地続きの国は、他国でどんな病気が多いのかなどを気にしている。日本は島国ですが、飛行機があり、海外との人の往来も激しくなったので、いろいろな感染症が持ち込まれるリスクが高まっています。
 新型コロナウイルスの流行もそうした影響がありました。海外の状況をもっと参考にして、例えば、はしかや結核など、過去に流行した感染症に関しても患者が出るかもしれないといったことにアンテナを張る必要があります。他人事ではない。昔より海外は近くなっている。ただ、日本から海外に出る人は少ない。WHOなど国際機関のスタッフも、日本人は多くない」

ザンビアの病院前で話す清原さん(右)=2021年11月18日(本人提供)

 ▽個人的にも財産
 一方で、海外に出て行くことによって、個人も大きな利益を受けると話す。
 「異なる環境に出ることは大きな刺激になる。日本では得にくい経験をすることは、自らの財産になります。エボラウイルスへの対応など国内ではまだ経験のない感染症などの対策に関われることもあります」
 日本の医療技術の国際展開の際の懸け橋にもなり得るという。国際的に活躍できる人材を増やすには、どうすればいいのか。市村さんが考えるのは、受け皿だ。「海外に行った人が帰国後、就職先に困らないような体制がもっと充実すれば良いですね」

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