Mr. Melody【杉真理 最新インタビュー①】僕はずっと “アンチ歌謡曲” です  情念が嫌いなんですよ。冷静な顔をして歌いたいと思っています。

5月5日に初めての自伝となる『魔法を信じるかい ミスターメロディ・杉真理の全軌跡』(DU BOOKS刊 / 著:杉真理 構成:佐々木美夏)が発売。昨年リリースされた『Mr. Melody~杉真理提供曲集〜』も好評な日本屈指のメロディメイカー杉真理。今回の自伝は、杉の半生を綴ったと同時にビートルズオマージュに溢れた一冊であり、音楽の素晴らしさを後世に伝える福音書のようでもあり、人生の指南書でもある。今回はこの本の発売を記念してインタビューを行った。音に導かれた人生の中を綴られたメロディのように、ここで語られる言葉も多彩な表情を見せる。本の内容に触れながら杉真理の音楽性を深掘りしたインタビューを3回に分けてお送りします。

「縁」と「偶然」に導かれた自伝「魔法を信じるかい ミスターメロディ・杉真理の全軌跡」

―― まず、自伝を書こうと思ったきっかけを教えてください。

杉真理(以下杉):去年、提供曲集(『Mr. Melody~杉真理提供曲集~』)を出すことになりまして、その時に曲の解説を自分で書きました。書き終えた時に、自分のサイトの年表も止まっていることを思い出して、自分史というものを書いてみようかなと。それで書き出したと同時に音楽ライターの佐々木美夏さんから電話があって、「杉さん、自伝を書きません?」と言われて…。

―― 偶然ですか?

杉:そう! えっ、このタイミングでと思って。それまでは自伝なんてもうちょっとジジイになってからいいや、と思っていましたが、今なら記憶が鮮明だし、これはもしかしたら導きがあったのかなと思いまして。

―― この本にも「縁」と「偶然」についてプロローグに書かれていて、今のお話もこの部分にリンクしていると思いました。この「縁」とか「偶然」を「必然」と感じることはありますか?

杉:ありますね。言い方を変えると「必然」になると思っています。たとえば、シンクロニシティという言い方もあるし、科学から見ると別の言い方があるだろうし、そういう目に見えない糸というのは絶対にありますね。

―― 杉さんがこれまで音楽を続けていく中で、そういう部分が何度も訪れていたと思いますが。

杉:めちゃくちゃありますね。この本の装丁も友達の和代人平(わしろじんぺい)君という友達に描いてもらったものですが、案のひとつに「魔法を信じるかい」というタイトルに決まったとき、以前のアルバム『LOVE MIX』に使った和代君が描いたイラストにしようかな… と考えていた矢先、和代君から個展の誘いのメールが来て。僕が「実はさぁ…」と言ったら、彼は彼で「今回の個展は杉ちゃんのこと思い出して描いた絵がメインなんだよね」と。

最終的には自分の限界や自分のダメな部分に向かっていくのがロック

―― 杉さんといえば、“ポップマエストロ” という印象を抱く人が多いと思いますが、僕にはそことは違う印象もあります。杉さんとの出会いは14歳の時の『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』でした。それが初めてのロックンロールとの出会いでした。それで「Nobody」とかを聴いて、普通の中学生だった僕みたいでもロックンロールでいいんだと思わせてくれました。

杉:嬉しいです。昔からロックンロールは、ハングリー精神のような部分がないとダメみたいに言われていました。だけど、2000年代に入って、あるライターさんが「杉さんはロッカーだよ!」と言われて。僕はポップな音楽、ロックな生き方を目指しているところがあったので、音楽の形態はポップですが、ロックンロールとかロックって、そういう音楽形態で語るものではないなと思えてきて。

僕が若かった頃はロックって言うと、男性的な部分が大きかった印象がありました。だけど、ビートルズの演奏で女の子がキャーキャー叫ぶ映像を見て、女性的な直感、何も考えずに行く! という要素が必要だと思うようになりました。さらに、一度踏み込んだら頑固に目移りしないという男性的な部分もロックに必要な要素ではないかというのが自分の中で理解できたんです。確かに今は、女性的、男性的という発言に難しい部分があるとは思いますが。

「女性がキャーキャー叫ぶのはロックではない」という価値観が僕の小さな頃にはずっとありました。でも今は両方見てきて、自分でも実際やって、どちらの要素も必要なのがロックンロールだと思うようになりました。だから、ロックンロールと言ってもらえると僕は嬉しいです。

―― つまり、ここがロックンロールの原動力という部分ですよね。

杉:男性はどうしても頭で考えてしまう、理屈で考えてしまう。昔の自分にもそういう部分があって、反応が遅い。女性は感覚的にパッと行くよね。これがロックの大事な部分だと思っています。

ロックは向かっていくものだと思いますが、最終的には自分の限界や、自分のダメな部分に向かっていくのがロックかなと思っています。つまりは自分自身ですね。

―― 一般的には体制に抗うのがロックだと思われがちですが、実は突き詰めていくと…。

杉:そうなんですよ。体制って変動的なものでしょ。体制が変わればどうなの? ロックはできないの? ということになりますよね。そういう相対的なものではなく、もっと絶対的なものをロックンロールって言うのかな、と僕は思っている。

―― そのロックを体感したビートルズのアルバムの中で、最初の出会いが『FOR SALE』でしたよね。このアルバムの中にはチャック・ベリーの「ロック・アンド・ロール・ミュージック」をはじめ、ビートルズがカバーした50年代の曲も収録されています。彼らがカバーしていたビートルズ以前の音楽は、ご自身の音楽にどのような影響を及ぼしましたか?

杉:初めはオリジナルなのか、カバーなのかは分からなかったです。その後、遡ってオリジナルを聴くと「古臭いな」と。今も50年代のロックンロールには古臭さを感じています。

―― ビートルズがこの時代の楽曲を蘇らせたことに魅力を感じているということですね。

杉:そういうことです。もちろん嫌いではないです。逆にもっと昔の音楽の方が魅力を感じます。例えば、1920年代、30年代のフレッド・アステアが出てくるような音楽の方がなぜか惹かれますね。

―― そこは、杉さんのメロディに表れていると思います。懐かしいけど、新しいと感じるものが多いので。

杉:ありがとうございます。そうですね。

―― 今回の自伝はビートルズオマージュでもあると感じました。それで、先ほどの話に戻りますが、ビートルズを観て泣き叫ぶ少女について、なぜそうなるのかという疑問が90年のポール・マッカートニーのライブを観て理解できたと書かれていましたが。

杉:自分がもし女の子だったら「キャー」って言っていただろうなと。そこは大事なアンテナなので。自分も本来持っていたけれど、そうはならなかった。自分のアンテナの存在を理解していなかったと思います。

ゴキゲンで個性的な友達がたくさんできた福岡時代

―― 頭で考える前に一歩踏み込むという音楽の素晴らしさでもありますよね。この本にはビートルズに衝撃を受けたことを前後して、幼少期からのお話も詳しく書かれていますが、「ゴキゲンで個性的な友達がたくさんできた」という福岡で過ごした高校時代の話も聞かせてください。

杉:小学校、中学校は東京だったので、それに比べると福岡は音楽の流行についても遅れているのかな? と思っていたのですが、福岡独特のしっかりとした音楽的土壌がありました。福岡の音楽は “めんたいロック” のように一括りにされがちですが、福岡の人って、人と一緒にされたくないんです。褒められながらも「あいつとは違うけんね」と絶対思っている。独立心が強いんです。

―― 福岡の人たちは、周りに左右されない独自のアンテナがありますよね。杉さんが住んでいた時代は照和(博多の伝説的なライブハウス)にフォークグループがたくさん出ていた頃ですか?

杉:そうですね。不思議なことに福岡のラジオ局では年末にポップスのベスト100みたいな番組をやるのですが、シングルカットされていないビートルズの曲がガンガン上位に入ってくる。福岡ってビートルズ好きな人が多いんだなって思いました。

―― そういうメディアの影響力も福岡の音楽的土壌を形成するのに大きな役割を果たしているということですね。

杉:メディアというか、メディアの中の個人ですね。メディア全体ではそういう動きは全くなかったです。その人の「俺は他と違うけん!」という強い思いが福岡人の気質ですし。

―― そんな土地でどのような音楽的影響を受けましたか?

杉:はじめは東京の番組の電波を拾って聴いていました。実は東京発信のものを中心に聴いていましたが、地元のチューリップというバンドは無視できないぐらい素晴らしかったので。

―― ビートルズフォロワーのバンドとしてですか?

杉:そうですね。あの頃、ああいう音楽性のバンドはいなかったですし、大きな感銘を受けました。

歌謡曲はポップスを飲み込んでしまうぐらいの強さ、したたかさのある音楽

―― それで、大学で東京に戻られるわけですよね。その頃はアンチ歌謡曲だと書かれていていましたが、今はどうですか?

杉:僕はずっとアンチ歌謡曲です。本当のことを言うと、当然慣れ親しんでいるわけだし、嫌いではないです。でも、歌謡曲って今も昔もすごいパワーを持っています。得体のしれないパワーがあって、ある時はポップスを飲み込んで、これは歌謡曲と言い切ってしまうぐらいの凄さ、したたかさがある音楽です。でも、若い頃にそれを認めてしまうと、そこに組み込まれるようで…。

70年代はポップスという言葉もいい意味で使われていない時代でした。ポップ=コマーシャリズム=迎合している音楽というね。そういう時代がありました。いつの間にかポップスも歌謡曲のテリトリーになって、今は歌謡曲が何なのか分からない時代になっていますよね。もちろん今は受け入れられますが、当時は警戒していました。

それと、日本の音楽独特のじっとりしたところとかも苦手でした。日本人ならではの湿度のある情念を感じる音楽みたいなね。感情過多は当時からトゥ・マッチだったので。僕みたいに湿度の低い音楽でデビューしたのに「もっと感情を入れて!」と言われ続け、そっちに行ってしまった人もいっぱいいるわけです。

―― 今の感情過多というお話で、杉さんの音楽にすごい熱量を感じますが、情念をまったく感じません。

杉:そうなんですよ。情念が嫌いなんですよ。冷静な顔をして歌いたいと思っています。

第2回「大瀧詠一、佐野元春、竹内まりやを語る」につづく

カタリベ: 本田隆

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