小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=25

 縄煙草をくゆらせながら八代は言った。

「海興会社の宣伝文句みたいですな。が、わしにはお先真っ暗ですわ。どんな希望が持てますか」

「それは徐々に体得すっとですばい」

「ミソもクソも一緒くたにされる人間関係に、辟易してまんねが」

「そこが面白いとですたい。過去の肩書きなんか全部捨てて、一介の労働者として働く。中には肩書きにこだわる人もいるけど……そうだろう、巡査部長」

 八代はろれつが怪しくなっている。

「部長ではありませんよ」

「軍隊では除隊すれば一階級昇級するでしょう。あれと同じで、ブラジルへ移住すると、みんな適当に格上げしよるたい」

 二人はとりとめもない話で、日頃の鬱憤を晴らし、意気盛になっていた。

 

大根草

 

 コーヒー園の収穫作業は終り、除草期に入っていた。律子がいつものように早仕度をして庭にでると、そこに東隣りのベネジッタがいた。律子を待っていたらしい。大柄でだみ声を出す黒人の娘で、お人よしの癖に物を盗る癖があった。かなり頑固な盗癖である。庭先にタオルを干しておくと、それを掠めて、二、三日すると平然と自分のものにしているのである。返せと言われても、自分のものだと頑張って応じない。

 そんなことが度々あって、律子は耐えられず、そのことを彼女の母親に訴えた。母親も娘と同じ名前の女丈夫である。夫は若い女と出奔した。彼女は、事ある毎に子供たちに当たり散らしていた。

 その日も虫の居所が悪かったのだろう。律子から話を聞いたベネジッタは、娘を庭に呼び出し、その罪をなじった。娘は泣きながら盗んだのではない、貰ったのだと言い訳をする。彼女は口角泡を飛ばし、履いていたタマンコ(木靴)で娘の尻を力任せに打った。娘はさらに声高に抗議するが、一向に詫びないものだから、母親は馬の鞭を取り出して振り廻す。その様はじつに地獄絵だ。

 律子は、自分が訴えて惹き起こした親娘喧嘩ででもあり、見るに見かねた。二人の間に割り込んで仲を取りもった。何度かそんなことがあって、不思議なことにベネジッタは律子に特別の親しみを寄せるようになった。腫物に効くといっては薬草を届けてくれたり、身体に棲みついたベルネ虫を上手に絞り出してくれたりもした。

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