eスポーツで“両脳タイプ”に ゲームジャンルで異なる脳への影響、認知症予防に期待

ビデオゲームをスポーツとしてとらえた「eスポーツ」と脳波データを組み合わせて高齢者の認知症予防に役立てるプロジェクトが始まった。計測機器を開発するNOK(エヌオーケー)、生体データ関連のアプリケーションを提供するリトルソフトウェアの2社が中心となり、脳科学に詳しい九州産業大学准教授の萩原悟一氏と、西日本工業大学講師の古門良亮氏らが効果検証などに協力する産学連携の体制だという。6月30日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催された「LIVeNT2023 eスポーツビジネスEXPO」では萩原氏、古門氏、NOKの木村泰介氏の3人が、eスポーツと認知症予防についてトークセッションを行った。

認知症1000万人時代へ

厚生労働省などの推計によると2012年時点で認知症高齢者は、65歳以上の7人に1人にあたる462万人。2025年には675 万人、増加ペースが早ければ2050年までに1000万人を超えるとする予測もあるという。

社会保障費の増大、介護者の不足といった社会課題の深刻化を防ごうと、同省は認知症の予防と健康寿命の延伸に取り組んでいる。そこで近年、注目されているのが「フレイル(虚弱)」という考え方だ。

フレイルとは健康な状態と寝たきり・要介護の状態の中間に位置する、心身が徐々に衰えていく段階を指す。高齢者の場合は加齢による身体機能の低下と認知機能の低下が同時に進行する危険性がある。

例えば認知機能の一部が正常ではなくなると、注意力が低下したり、複数のことを同時に行うことが難しくなったりして歩行中に転んでしまいがちになる。これに筋肉量が減って思ったように足が上がらなくなるなどの運動機能低下が重なれば、転倒のリスクはさらに高まる。

九州産業大学准教授の萩原悟一氏

けがをして運動する機会が減ると筋力はますます減少して、運動する意欲も減退するだろう。フレイルから寝たきり・要介護状態への進行が加速する“負の連鎖”を引き起こしてしまう恐れもある。萩原氏は「eスポーツで脳機能を維持して、安全に歩行する習慣が身についたら、けがをしにくくなると仮説を立てています」と話している。

eスポーツ、ジャンルで効果に違いも

eスポーツ業界の熱気の高まりとともに、認知症予防にeスポーツが効果的だとする研究が進められているが、古門氏によるとゲームが人間に及ぼす影響を調べる研究は50年ほど前から続いているという。特に有名なのが2013年に発表された、自動車を操作する「NeuroRacer(ニューロレーサー)」というシリアスゲーム(医療や教育など娯楽以外の目的で作られたゲーム)を使った実験だ。

「コントローラーで自動車を動かしながら特定のサインが出たらボタンを押すゲームを60~85歳の高齢者がプレイしました。トレーニングを1カ月間続けると20代よりも(複数の作業を並行して行う)マルチタスク能力が高くなっただけでなく、トレーニングをしなくても半年間は効果が維持したのです」(古門氏)

西日本工業大学講師の古門良亮氏(写真中央)

こうした先行研究に対して、プレイするeスポーツのジャンルによって脳の状態が変わりうることを、NOKとリトルソフトウェアの実証実験が示唆している。

大阪府東大阪市で2月から3月にかけて、70~80代の男女9人に太鼓を叩くリズムゲーム、ボーリングをするスポーツゲーム、カーレースゲームを遊んでもらい、帽子型のウェアラブル端末で脳波を計測。得られた生体データをもとに「注意力」「脳活動」「学習力」を数値化して、体験者を右脳タイプ・左脳タイプ・両脳タイプに分類した。感覚や感情にかかわる右脳と、計算や論理を司る左脳の両方をバランスよく使える両脳タイプは認知症になりにくいという。

3つのゲームを体験した後の脳波を調べると、リズムゲームとレースゲームで特に学習力が高まることが分かった。また、チームメンバーとの一体感を感じられるスポーツゲームを行うと右脳が活発になる傾向があることから、左脳タイプの人がスポーツゲームを遊ぶと両脳タイプになり、認知症を予防できる可能性が示された。NOKによると「足りない栄養素をサプリメントで補う」感覚だという。

脳波を計測して「注意力」などを数値化し、脳のタイプを知らせるアプリケーション

コースの特徴を認識しつつ周りと競争するカーレースゲームは左脳と右脳を使うため、NeuroRacerの実験と同様に認知機能の向上が期待できるという結果だったが、ゲームに慣れていない人が体験した場合はプレイそのものにストレスを感じてしまって十分な効果が出なかった。リズムゲームについては個人差が大きく、左右どちらの脳を使っているのか見極めにくいとした。

実験を始めたとき、両脳タイプは体験者の17%だったが、終了時には83%に増加。リラックスしたときに発生するとされる脳波の「アルファ波」が強まる傾向も確認されて、NOKリトルソフトウェア、萩原氏と古門氏はeスポーツが高齢者の心身に良い影響をもたらすと結論づけた。今後、簡易的な装置で脳波を計測して、脳の特定の部分をピンポイントで活性化させるeスポーツを提案するプロジェクトを進めるという。

高齢者に遊んでもらうには

eスポーツが認知症予防に役立つとするエビデンスは集まりつつあるが、高齢者が積極的に、継続してeスポーツをプレイできる環境を作るという課題が残っている。現在は専用のゲーム機がなくてもスマートフォンでeスポーツを楽しめるが、ボタンを指先で感じるといった特徴的なフィードバックが脳波に影響している可能性もあり、スマホの画面を触ったりなぞったりするゲームアプリに関する研究はこれからだという。

萩原氏は「(70年代後半に大ブームとなった)『スペースインベーダー』の世代がシニアになっています。以前と比べてゲームへの抵抗感はなくなっているのではないでしょうか」と話し、高齢者eスポーツの浸透に期待感を示した。また、同じレースゲームでも、実際のカーレースをリアルに再現したものより、アイテムを使って相手を妨害するといったパーティーゲームの側面があるものの方が効果が見込めると述べて、認知症予防に特化したゲームの開発も求められるとした。

脳波を測る機器を装着したNOKの木村泰介氏。

NOKの木村氏は「スポーツクラブに設置すると会員が利用するのでは。体力の衰えから高齢者が退会するケースを減らせれば、スポーツクラブ側にとって経営上のメリットがある」と話した。そのほか、郵便局などの高齢者が集まりやすい施設やゲームセンターに機材を設置するアイデアもあると展望を語った。

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