小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=26

 ジョン・デ・バーロ(アカカマド鳥)が鳴いていた。見上げると庭先の木にパン焼き窯を小さくした形の巣があった。二羽の小鳥はその巣を繕っている。忙しそうに泥で固めていた。
 終日の労働に追われて、律子たちは自然の変貌に気を配る余裕もない日々ではあったが、山の樹々はすでに緑の芽を育んでいる。乾期も終りを告げていたのだ。
「空が灰色で太陽が赤い。こんな蒸し暑い日が続いて、ジョン・デ・バーロが鳴くと雨がくるよ」
 と、ベネジッタは言った。
「ほんとう?」
「ケール・アポスター?(賭けようか)」
「やめとく。ベネジッタの勘にはかなわんから」
 コーヒー樹の枝にも小さな蕾が無数に見え、早いのは開きはじめていた。
「雨期に入る前から、どうして植物は春を知るんだろうね」
「大自然の法則ですって。幹の中に蓄えられた養分が、その時期になると、忘れずに発芽を促し、雨の後、必ず開花するんだね」
 二人は話を交わしながら、除草の仕事場に着いた。まず鍬の刃を鑢で研ぐ。草の根を削りやすくするためである。
 そこは《大根畑》と呼ばれている低地で、立ち枯れたコーヒー樹が多く、反対に雑草が繁茂し、野生化した大根が群生していた。以前住んだ日本人の蒔いた種が自然生えを繰り返すもので、他の雑草とともに一メートル以上に伸びて、薄紫の花を咲かせていた。
「ジャポネース(日本人)の野菜も、こうなると始末が悪いね」
 一畝横で鍬を振るっているベネジッタの声だ。
「昔からここに日本人が住んでいたの」
「そんな昔でもないさ。ここでは一年に何回も花をつけ種を落とすんだから」
 ベネジッタは話しながらも、器用に腰のバランスを取って、次々と雑草を削りながら前へ進んでいく。その動作は精巧な機械のように見えた。
 律子は歯を食いしばりながら力いっぱい鍬を振って刺草を切る。背丈ほどもある草が倒れると足で踏みしだく前に、胴から足に絡みつき、チカチカと肌を刺す。まだ治りきっていない腫物に触れると飛び上がるほど痛い。
 三〇度を超す炎天下での労働で、顔から胸にかけて汗が流れ、仕事着を濡らす。しかし、そんなことを気にしてはいられない。眼前の敵とも見える雑草を次々と切り倒して行かねばならない。

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