マスク越しに見た 故・北別府学投手「彼だけの1球じゃない」 達川光男さん ラジオで語る 広島カープ

記録にも記憶にも残る名投手・北別府学 さん(享年65)。その球を捕手として受け止め続けた 達川光男 さんが、ラジオ番組に出演し、マスク越しに見た “球道者” の姿を鮮やかに語りました。

石橋真 アナウンサー
広島カープの長い歴史を考えたときに日本一に到達する場面―。達川さんももちろんその中にいらっしゃいましたし、すぐに思い浮かぶのが、北別府学 さんです。6月16日、天国に旅立たれましたけど、北別府さんと達川さんのちょっと懐かしい音声を聞いていただければと思います。

野球解説者 達川光男 さん
ありゃりゃ。すごい用意…

実況 1992年7月16日 ナゴヤ球場
今夜は1回から8回まで投げました。球数は130、打者28人、被安打は6、そのうち1本が5回の大豊のホームランでした。与えたフォアボールは1つだけ。奪った三振は3つ。内野ゴロ8つ、内野フライ4つ、外野フライ6つ、1失点の北別府。4点リードがありました。

しかし、マウンドにあえて 山本浩二 監督は、大野豊 投手を送り出しました。その大野投手がアウトを2つ取りました。200勝へ、あとアウト1つです。2アンド3からパウエルへ7球目。打った、ショートゴロ。野村がツーバウンドで取った。1塁へステップ踏んで、送って、試合終了。この瞬間に広島東洋カープ・北別府学投手のプロ入り通算200勝達成であります。プロ野球史上、22人目。北別府学投手の通算200勝達成であります。オールスター前、最後のゲーム、中日-広島戦は5対1、カープが勝ちました。

今、北別府学投手に200勝お祝いの大きな花束が贈られました。そして今、その北別府の200勝をマスクを通して支えてきた達川捕手から北別府学投手へ200勝達成の大きな花輪が贈られたところであります。

石橋真 アナ
北別府投手が通算200勝をマークしたゲームの音声を聞いていただきました。覚えていらっしゃいますか?

達川光男 さん
いや、グラウンドにいたんで、わかりません。ラジオ聞きながら、できないじゃないですか。いや、石橋アナウンサーの声もなかなか聞かないけど、ベテランの 上野隆紘 アナウンサーなんか声が大きいから、キャッチャーを守っていても聞こえたよ。「2ストライク・1ボール」とかね。昔はストライクから先に言うから。

石橋真 アナ
旧広島市民球場のときですよね。

達川光男 さん
「達川、インコースに寄りました」って、おい、バッターに聞こえるやないか。「インコースに構えました」って大きな声で、わずか5~6メートルですよ。

石橋真 アナ
(ラジオ実況席があるのは)バックネットですから。

田口麻衣 アナウンサー
テレビ中継のときに映っていましたからね。

達川光男 さん
だから歴代の解説者がどうだの、こうだのいうのも聞こえますよ。

石橋真 アナ
今の通算200勝、最後に北別府さんに花束を渡されたのが達川光男さんというシーンでした。北別府さんとはもう何度も、何百回・何千回もバッテリー組まれましたし、何万球と受けてきましたもんね。

達川光男 さん
一番たくさん受けたんじゃないかなというところですけど、そうは言っても、最初に受けられたのは 水沼四郎 さんであったり、RCCの解説者をされた 道原裕幸 さんだったり、そういう方の支えが最初にあって、若いころに北別府をうまく、「こんなピッチングをするんだぞ」と。特に20勝したときは道原さんがそうとう出ましたからね。その後にわたしが受け継いで、水沼さんが中日にトレードになって。だから、わたしが受けたのは10年ですよ。

石橋真 アナウンサー
そうですか。でも、すごくお2人がバッテリーを組まれた印象が色濃く残っていまして、北別府さんの性格であるとか、なんかすごく求道者のような形で周りも全て寄せ付けないような雰囲気を感じていたんですけど、実際に受けてらっしゃって、性格とか、どんな雰囲気だったんですか?

野球解説者 達川光男 さん
今、石橋さんがいろんな人から伝え聞いて、それは間違いないです。もう本当にね、北別府が登板する日、誰もロッカー3メートル以内は近づかない。黙ってスーッと。それで離れたら、わあわあと。「うるさいのお。聞こえるじゃないか、ここまで」いうぐらい。ぼくは時々、行って、「おい、北別府のロッカーに聞こえるぞ。静かに、静かに」と言って…。もう本当に瞑想というか。旧市民球場のロッカー、本当に入ったらびっくりするようなロッカーですよ。板ですよ。そこで座布団を敷かずに硬いところにずっと座って、修行僧のようにじーっと集中するというか。

サインもね、時々、頼まれるじゃないですか。たとえば東京からきょう来て、きょう帰る人とかおるじゃない。「北別府さん、サインもらえんですかね」って、1枚ぐらいしてくれやと思ったこともありましたけど、絶対しない。絶対に誰にもしない。もう、それがわかっているから誰も頼まない。北別府のロッカーにそうだね、ぼくの背ぐらい色紙がたまっているときがあったよ。

石橋真 アナ
やっぱり野球一直線、野球だけに向き合って…

達川光男 さん
もう全然。ロッカーもびっくりするぐらいきれいですよ。

石橋真 アナ
そうなるとプライベートの北別府さんだとか、たとえば息抜きで飲みに行ったりとか、誰か一緒に連れ立ってということはなかったんですか?

達川光男 さん
いや、ありましたよ。津田恒実 とか、山崎隆造 とか仲がいい人いましたよ。マネージャーもあったし、あと裏方の選手を、ブルペンキャッチャーとか、そういう方を連れて食事へ行っていましたよ。選手同士で行くのは、もうほぼしないです、いろんな意味で。

石橋真 アナ
ライバルだったりもしますし…

達川光男 さん
それもあるし、やっぱりレギュラーが決まっているといいながらも控えの選手もいたり、いろいろいるから。やっぱりピッチャーで投げていて、ファインプレーばっかりしてくれればいいんですが、エラーをすることもあるし、いろんなことがあるから、やっぱり勝負に徹していたというところがありますね。

石橋真 アナ
いやあ。逆にそういう姿って本当にファンの心をつかむような…。「北別府、すごいね」っていう声もすごく聞きますし、著名な方からも。「北別府さん、すごいね」っていう雰囲気でしたか。

達川光男 さん
もう本当に彼は広島球団のために全身全霊を込めて1球を、彼の1球1球は本当にそんじょそこらじゃないですよ。ラーメンでいえば3日~4日、スープを煮込んで煮込んで煮込んで、ようやくできあがったものを売り出すという感じで、北別府の1球はブルペンからもう始まっていました。ブルペンからというよりも家、家庭から始まっていました。睡眠・食事、その他のいろんなことから。

だから奥さんが最後、主人が亡くなったときのあいさつ文に「ボールより重いものを一切、持ちませんでした」と。ボールより重いものを持つと、ちょっと狂うから微妙に。わが子でさえ、3人子どもさんがいらっしゃったと思うんですが、一度も抱っこしていないと。

石橋真 アナ
でも、それぐらいに自分の仕事である野球を、決して邪魔するわけじゃないですけども、そういう考え方で突き進まれたってことですね。

達川光男 さん
奥さんでさえ、「この人、おかしいんじゃないか」と。常識的に考えて、わが子を抱かない親なんているのかというぐらい。だけど、それぐらいストイックというか、野球に、1球に命をかけていたという。

田口麻衣 アナウンサー
すごい情熱。

野球解説者 達川光男 さん
というよりも、彼の1球は自分だけの1球じゃないと。カープ球団のオーナーをはじめ従業員の方、そして選手の生活がかかっているわけですよ。そしてファンの…、勇気と感動を与えるというぐらいのボールだった。

石橋真 アナウンサー
「自分だけのじゃない」とおっしゃったじゃないですか。今、ぱっと思い出したのが、1991年のカープ-ライオンズとの日本シリーズ初戦先発、沢村賞を取った 佐々岡真司 。でも、秋山・清原・デストラーデにボコボコに打たれた。3回途中、ノックアウト。

これ、どうしようかっていう状況で第3戦が北別府先発、1対0で負けたけども、内角をズバズバ突いていた。それを見ていた佐々岡真司さんは、こういう投球をすれば抑えられるんだと思って、迎えた第4戦でほぼ完璧な投球内容。受けていたのは、達川光男さん。北別府さんのああいう投球をすれば抑えられるんだと佐々岡さんがすごく参考になったっていうのは、先日、話を聞きました。

達川光男 さん
ササ、キャッチャーが悪いって言えや、おまえ。

石橋真 アナ
そんなことないですよ。

達川光男 さん
いや、あの初戦は佐々岡、気の毒だった。もうボールも持てないぐらい疲れ果てていた。最後の阪神のダブルヘッダーで彼、中3日で来てたんですよ。4日じゃないんですよ。中3日が8回まで投げていて、結局、8回を投げ切れなかった。1対0で。セーフティーバントされて、ピンチヒッターにオマリーが出てきたんです。そしたら 山本浩二 さんが、初めてそのシーズン、いつもは 安仁屋宗八 さんが来るんですが、山本浩二さんがトコトコ、トコトコって走ってきた。速く走れって思いながら…。

マウンドヘ来て、野手全員集めて、佐々岡に「ササ、もう1イニングだ。がんばれ」と。「この回だけ、がんばったら大野(豊)を用意しとるから」と。「だいじょうぶか?」と言ったら「だいじょうぶです。行きます」と。ダメだと言えや、ダメなのになあと、受けているぼくは思ったわけ。ぼくも選手の立場上、「もうダメです」とは言えんから、しょうがないなと監督がそう言うならと。

みんなで輪が解けて、山本浩二さんとわたしがマウンドから3歩ぐらい降りたところで、山本浩二さんが「タツ、本当にだいじょうぶか?」と言うた。わたしは「いや、だいじょうぶじゃないと思いますよ」と言うたんですよ。「早う言え、おまえ」って。聞かんけえ、言えんだけで。そしたらベンチに向かって安仁屋さんに、安仁屋さんはピッチングコーチだったから、山本浩二さんがこうやって左、大野を用意せえって。大野はいちおうキャッチボールはやっていたけど、5~6球投げて、タッタッタッと来て、ビシッと抑えて、最後9回は3者連続三振。

田口麻衣 アナウンサー
達川さん、よく覚えてらっしゃいますね、その1つひとつのシーンを。すごすぎます。

達川光男 さん
覚えとるって、まあ、ふつうでしょう。仕事は覚えておかんと。

石橋真 アナ
球を受けていて、やっぱり疲労がたまった佐々岡さんが日本シリーズでなかなか…

達川光男 さん
あれはかわいそうだった。満塁ホームランを打たれたんですよ。3ボール・2ストライクからフォアボール出すぐらいならホームラン打たれえと思って、インコースからスライダーを回したんですよ。そしたら本当にホームラン打たれたよ。

石橋真 アナ
でも、その後を受けた3戦目の北別府さんが負けはしたけども、もちろん勝てばよかったんだけども、しっかりと次につながるお手本のような投球したからこその翌日登板の佐々岡さんにつながる。そういう面で、北別府さんの意識はわかんないですけど、全体・トータルでいろんなものを伝えてきたんだなと、ぼくは感じたんです、北別府さんの存在って。

達川光男 さん
いや、そうなんですね。今まで話したことないんですが、その後、たいへんなことがあった、北別府が1対0で負けた後に。その日のゲームの後にわたしがレガース(防具)をはずしていたら、江夏豊 さんがちょうど解説で来られていたんです。ダーッと降りてきて、江夏さんにめちゃくちゃ怒られました。

「タツ、おまえ、何回言うたらわかるんか。おまえ、秋山への配球言うてみろ」って言うから、「はい。初球、スライダーです」。「2打席目」「初球、スライダーです」「3打席目」「初球、スライダーです」「4打席目」「初球、スライダーです」。で、初球をホームラン打たれて、1対0で負けたんですよ。

「あれほど初球の入り方を気をつけろと言ったろう。おまえ、4球続けるのはいいが、なんでボールから入らんのか」と、えらく怒られてしまって。「すいません」って、半分泣きそうなかったですよ。それが、佐々岡の次につながる。

石橋真 アナウンサー
まあ、でも、それぐらいにキャッチャーはたいへんな仕事だし、そこにちゃんと要求したとおり北別府さんはしっかり投げ切ることも信頼ありますもんね。

野球解説者 達川光男 さん
ボール半分、中に入っちゃった。それまでも絶対にきっちり、もう本当、どっちでもいいボール。

田口さん、コントロールのいいピッチャーと、コントロールの悪いピッチャー、そこそこよ、全く悪かったらダメだけど、どっちが楽だと思います?

田口麻衣 アナウンサー
キャッチャーとして?

達川光男 さん
アンパイヤ。

田口麻衣 アナ
アンパイヤとして? これはたぶん、問題の出し方的に悪いピッチャーだと思います。

達川光男 さん
そのとおりです。ボールとストライクがはっきりしているんで。北別府のようにどっちでもいいボールばっかりだったら、「うーん、どっちでもいいのお」。「今のどうですか?」「どっちでもええわ。ボールにしたよ」って。

「今のどうですか?」「今のもどっちでもいい」「そろそろ、どっちかにしてくださいよ」いうようなことで。「お願いしますよ、次」って言ったら「ストライク」って言い出して。「ボール? えっ、縫い目1つ?」と言うたら、「何言うとるな。半紙1枚じゃ」。

石橋真 アナ
すごい。

田口麻衣 アナ
えっ? プレー中にその会話?

達川光男 さん
会話しちゃいけないけど、昔はアンパイヤとキャッチャーで、わたしは前を向いて独り言。お互いが独り言を言ってんのよ。独り言を、独り言で返してんのよ。

石橋真 アナ
今、こう振り返っても全然、色あせることないし、すごく新鮮な感じもしますし、たぶん北別府さんの話ひとつとっても、もう全然、話が尽きることはないんですけども。達川さん、まだまだ、しゃべり足りないと思います。申し訳ないです。また別の機会で…

達川光男 さん
時間ないね。じゃあ、最後に1分で急ぎます。美空ひばり さんがいらっしゃいましたよね。歌手界の女王というあの方が、北別府の巨人戦の投球を見て、感動したといって北別府のファンになった。だから、ひばり邸に投手陣とわたしがおまけで3~4回ぐらい呼ばれましたよ。生で「リンゴ追分」を歌ってくれましたよ、カラオケなしで。

わたしらはみんな、カラオケで。白武佳久 があまりにも下手だったんで「白武くん、二度とわたしの歌を歌わないでね。わたしが歌うわ」と言ってアカペラで「♪リンゴの花びらが…」を歌ったんです。で、わたしが最後に「ひばりさん、歌うまいですね」って。「あなた、わたしをバカにしないで」って言われたということで、お後がよろしいようで。

石橋真 アナ
すいません。お忙しい中、きょうはありがとうございました。プロ野球解説者・達川光男さんにたっぷりとお話をうかがいました。

(RCCラジオ「おひるーな」 7月6日放送より)

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